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7-5 発射

恒星暦569年9月5日

第3独立ミサイル連隊本部


 訓練、というクレジットが入っていない命令が超光速通信で届くのを見たのは、当直士官にとってははじめてのことだった。

「受領キーを。」

 幾つかの生体情報を組み合わせた受領キーを副直に求める。

「では、1,2,3で解錠するぞ。」

 そして最後は声を合わせての解錠。

「1,2,3。」

 副直と声を合わせて解錠ボタンを押す。2人の声紋と指紋と虹彩をシステムが受け付け、プリンターに紙が打ち出される。


「…ミサイル発射命令だ。」

 連隊は、異星人との戦争に備え、24時間当直を取っていた。とはいえ、現在は日勤の勤務時間中。判断をする上の階級が居る。

 当直士官はすぐに連隊長につながる赤い電話を取った。副直がさっと瓶を渡す。震える手で瓶を受け取った。気が利く副直は瓶の蓋を開けてくれていた。

「…連隊長、当直将校のマリク少佐です。」

 当直室に常備されている液体胃薬を呷ってから、マリクは声を出した。副直に目をやると、彼女は十字を切りながら胃薬を呷っていた。

「…待ってくれ。…いいぞ。」

 同じ行動を取っていたらしい連隊長の声は掠れていた。

「…ミサイル発射命令を受けました。…はい。もちろん確認しました。連邦主席からです。」

 通信文を見ながらマリク少佐は連隊長とやり取りをした。


 エルフとの全面戦争。

 当直将校も連隊長も直感した。

 それ以外を考える習慣はない。自分達が発射ボタンを押すときは、人類種が居住する惑星系にエルフが惑星破壊兵器を向けた時。

 そう教育されている。

 敵の惑星に向けてミサイルを発射する。当然、こちらも狙われている。ミサイルを発射した後、脱出用の高速艇で職員は退避することになる。

 そのあとは知らない。

 自分達がいる恒星系は破壊されるはずだ。もう近くにエルフの惑星破壊ミサイルを飛ばしてきているはず。いや、自分達がいる恒星系だけではない。

 自分達が発射ボタンを押しているということは、人類が居住する惑星系にエルフが惑星破壊ミサイルを飛ばしていると言うこと。

 彼らが手を抜くことは想像できない。全て破壊されているだろう。その代わり、こちらも彼らを道連れに滅ぼしてやる。人類が地上にいた時以来の相互確証破壊。

「命令を確認。…発射弾数1発。独立発射。」

 発令発射であれば信号を受信次第の発射であるが、独立発射を命令されているため、全ての手順を確認後当直将校がちょうど良い、と思うタイミングでボタンを押すことになる。

「発射段数1発、独立発射。」

 副直が復唱する。

「目標、…え。」

 当直士官は、座標値を見て、目を疑った。目をこすり、座標値を口にする。

 副直は、当直士官の仕草に驚く。エルフに対して発射することを戸惑う人間は、ミサイル連隊には配属されない。

「復唱、目標…え~!]

 副直も、座標値をみて絶叫する。あり得ない座標値が連邦主席から指示されていたのだ。

「ヤコフ…連邦主席は本気か?」

「コンスタンス・スミス中尉。それは僕らが考える話じゃない。」

 この一瞬で10歳ほど老けた顔でマリク少佐は副直に首を振った。手順書を確認し、ミサイル発射に向けた準備を進めていく。

「早く、君も手順書を開いて動くんだ。」

 だが、副直は固まって動こうとしない。


「何をしている。」

 固まって動こうとしない副直にマリク少佐はイライラと話しかけた。だが、スミス中尉は手順を確認しようとしなかった。

「…ここは、ここは…私の故郷なんだ。あそこには、まだ兄夫婦も、両親も住んでいる。」

 マリクは天を仰ぎ、暫く目を瞑った。5秒心の中で考えるな、考えるな、と繰り返す。それから、ペアになって久しい副直将校の顔を見る。

 どちらかの当直要員がミサイル発射命令を拒否することは、当然ミサイル発射マニュアルに記載されている。まずは口頭で説得する。

「我々が軍人である事は認識しているか。」

 ブルネットの髪をかきむしり、スミスがこちらを見ている。助けを求める目だった。

「分かっています。しかし!」

 マリクは、椅子から立ち上がると5メートル離れたスミスの所に歩み寄った。それから、跪いてスミスの瞳を見据えた。

「大丈夫、これはきっと抜き打ちの訓練だ。」

 スミスが発射ボタンを押すことを拒否した場合、マリクにできることは一つだけだった。


 できるだけ軽い口調で若者を安心させる台詞を口にする。

「聞いたことがある。ミサイル連隊が機能するか確認するため、自分の出身地か自分の家族がいる惑星に向けて発射命令を下す訓練がたまにある、と。」

 頼むから自分にこの若者を殺させないでくれ。

 マリクは神に祈った。この命令が正しいか正しくないかは考える話ではない。軍人として、マリクは当直士官として最高指揮官からの命令を実行する義務があった。

 とはいえ、目の前の若者を射殺して、副直用のボタンを押した後、正直として発射ボタンを押すなど真っ平だ。

「…本当ですか。」

 藁にもすがるようにスミスはマリクの手を取った。冷たく湿った手。だが、その握力は吃驚するほど強かった。

「ああ。だから迷うな。頼む。」

 頼むからこの子を殺させないでくれ。

「本当ですね。」

 スミスの言葉にマリクは頷いた。本当に迷ってくれるな。君の脳漿をこの部屋にまき散らしたくない。

 スミスは、大きく深呼吸を始めた。マリクは、その様子を見て椅子に戻る。

「1,2,3でボタンを押すぞ。」

「…はい。」

 ごめん、そんな訓練聞いたこともない。そんな非人道的訓練を行っていたら、ミサイル連隊での命令が軽くなってしまう。

 マリクは、スミスに心の中で謝った。

「連隊長殿、これから発射します。1,2,3,発射。」

 二人はボタンを押すと、すぐに椅子から離れ脱出用の高速艇に駆け出した。発射されたかの確認はしない。それは彼らの仕事ではなかった。 

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