8-1 転換
恒星暦569年9月12日
メダリア星系
マチダ鎮定艦隊司令長官は悩んでいた。
命令から連邦政府としての方針を読み、過去の施策に基づいた連邦の対メダリア施策を出先の立場から妄想した。それは良い。
司令長官の仕事は日常を維持するだけではない。色々な妄想をし、その妄想を踏まえた対策を部下にさせることも立派な仕事だ。
ただ、今回は、その妄想を脳内、参謀たちへの宿題で止めることができず、具体な行動を起こしてしまった。勝手に惑星住民を艦隊に収納しようとしたことは少しばかりまずかったかもしれない。もう何日にもなるが、まったく上手く進まない。
内命を予想して艦隊士官につきものの引越準備を始めたは良いが、内命の気配すらなく、家族が引越準備に非協力的で、準備が進まないようなもの。引越くらいならキャンセル料金を払えば笑い話で終わるが、軍を動かしたとなると下手をしたら擅権と認定されることとなる。擅権と認定された場合は通常死刑か無期徒刑というのが相場だ。いや、対エルフ最前線での擅権は死刑だろう。
それを避けるためには、適当な言い訳を考えなければならない。
だが、それはそれ。連邦はメダリア星系を滅ぼすつもりのはずだ。首脳部の考えそうなことを想定した場合、それしかあるまい。なので、擅権と認定されない程度に護民の使命を果たすなら、演習名目で可能な限りの人員を宇宙空間に引き上げなければならない。…そのはずだ。大きく間違ってはいないはず。
「うまくいかないものだな。」
遮音シールドの中でケンイチはアデライードにこぼす。
何もかもがうまくいっていないことを相談するため、今もアデライードと会合している。
「当たり前よ。理由も分からないのに、軍の作戦行動に自発的に協力する人間なんているわけないでしょ。私だって協力できない。」
高等弁務官も非協力的な態度を崩さない。
「収納が上手くいかないと」
「だから、その収納って言葉が出てくる考え方が上から目線を通り越しているの。自覚しなさい。」
最後までアデライードは言わせなかった。
「う~、アデライード、聞いてくれないか。」
ケンイチは、腰に手を当てて顎を突き出しているだろう現実のアデライードに向けて、懇願した。
「何よ。」
仮想空間でのアデライードは、その時の気分によって姿を変えていた。
今日の姿は、よりによって亡妻が結婚した当時の姿。声もそれにあわせている。今日は若かった頃の姿で会いましょう、と言われ、士官学校を卒業して一緒にデートをした頃の姿で現れたケンイチとしてはたまらない。
「30秒だけ黙って聞いてあげる。」
お淑やかな亡妻が、声はそのままに今のアデライードの口調で赦しを与える姿に、別の意味でケンイチの胃は激しく痛んだ。
「連邦がこの惑星を放置すると思うか?」
考えをまとめ、ケンイチはアデライードに話しかけた。わざとらしく、亡妻の姿のアデライードは腕時計を確認する。
「私にはそうは思えない。連邦は、この星系を放置するわけがない。エルフに媚びを売った連中だ。二度と馬鹿なことが起こらないように徹底的に反乱の可能性を潰すはずだ。保安省出身の君が高等弁務官をしているのはそのためだろう。我々は君たちをバックアップするためにここに来たはずだ。」
亡妻の姿をしたアデライードは笑みを浮かべた。仕草で続きを促す。
「なのに、だ。」
ケンイチは、語気を強めた。
「詳細は言えないが、艦隊主力はこの星系から可及的速やかに離れるよう命令を受けている。」
とうとう、ケンイチはカードを切ることにした。軍機漏洩と言われかねないラインを踏み出すことにしたのだ。
「エルフがすぐ沖合にいるのに?あり得ない。連邦政府は何時から護民の任務を忘れたの?」
律儀に30秒の沈黙を守ったあと、アデライードは吐き捨てた。決して亡妻が使わなかった語調にケンイチの胃は更に痛む。
「メダリアの人類種を見捨てる気?馬鹿じゃない!…でも、そうなの…ね。」
言葉を続けようとして、アデライードは連邦政府の意図を推察した。
叛乱を最大都市が起こしただけなら、過去の前例を踏まえた統治政策でなんとかなっただろう。ケンイチが口にしたように、そのためにアデライードはここにいる。
寄生型エイリアンの存在も、惑星封鎖でなんとかなっただろう。幸いなことに、艦隊はここにいる。
エルフどもの存在も、沖合に艦隊を張り付かせなんとかなっている。連邦政府の存在意義は、護民と強弁すればなんとかなっただろう。
だが、エルフと連携して叛乱を起こした実績があり、更に悪いことに寄生型エイリアンの存在が確認され、とどめにエルフが艦隊を張り付かせている。連邦政府としては不良債権である惑星系。
二つならともかく、三つのピースが揃ったとき、連邦の誰かがくだらないことを考えたのだろう。
誰だろう。閣僚で下らないことを口にしそうなのは、財務省担当大臣くらいか。いや、保健省か?
損切りを考えたんだろう。
でもどうやって?
アデライードの心を読んだかのようにケンイチが続きを口にする。実際、心はある程度パラメータで読むことはできた。仮想世界では、ある程度心の状態は可視化できるのだ。
「それは分からない。少なくとも、鎮定艦隊司令長官としての私は、護民の任務を忘れることはない。この惑星系がどうなるかは分からないが、そこに住む人類種を一人でも多く救いたいと考えている。」
この呪われた星に住んでいた自分の子供や孫は救えなかったけど。
ケンイチは声に出さずに続けた。
「でも、どうやって連邦政府は不良債権を切り捨てる気かしら。エルフさんたち、いらっしゃい、とでも言うの?1000年続く平和条約でも結ぶ気なのかしら。」
アデライードは改めて疑問を口にした。
「わからない。でも、彼らならやりかねない。僕が中央にいて、ターゲットがここでなかったなら、そんなに抵抗もなく命令に従って、具体的な手段を見つけたはずだ。」
ケンイチは、アデライードの冷たい視線に、失言を悟った。
「…前から思っていたけど、貴方って本当に長いものには巻かれる人ね。どうしようもないほど最低。ケンタ君が貴方の近くにいるせいで、どんどん貴方みたいになっていく気がする。」
容赦ない罵声をケンイチは耐えることにした。もうしばらく我慢したら、彼女は具体的な提案を始めるはずだ。あと2分?3分?
「…いいでしょう、話に乗ってあげる。でも、擅権は駄目。もう少し洗練させた理屈を用意なさい。そうすれば私も鎮定艦隊との共同訓練にもう少し協力してあげる。」




