7-3 横暴
7-3
恒星暦569年9月10日
惑星メダリアと宇宙空間の間の何処か
大量のアンドロイド達が無人輸送艦に積載され、検疫措置を始めてから3日が経っていた。
地上では、高等弁務官が強権を発動し、片っ端から妊婦や未成年の家族をかき集めようとしたが、なかなか上手くいかない。
連邦の基地に移送され、極寒の強制収容所惑星に移送される、という噂がまことしやかに流れていたからだ。連邦は、子供や若者という未来をこの星から奪い去り、この星系を滅ぼそうとしている。
惑星封鎖をされている、という事実も住民達の認識を混乱させていた。惑星から出るな、と言いつつ軍の訓練に協力するために惑星外?
そのせいか妊婦や未成年の家族の7割近くが出頭を拒否していた。おかげで脱出基地には閑古鳥が鳴いていた。それでも3割が協力しているため、地上では大混乱が発生していた。
「次の段階に移る必要がある。」
若者が少なくなった高等弁務官事務所の一室に座り、アデライードはケンイチと仮想空間サイトで会合していた。全てを監視している情報省を除き、仮想空間サイトを覗き見るものはいない。
「あまりにも皆の反応が薄すぎる。」
ケンイチの言葉は、まるで地上の高等弁務官側の失態と言わんばかりであった。もちろん、本人にはそのつもりはない。
「何故、が分からないから、どうしようもないでしょう。」
アデライードは、これだから軍人は、と心の中で続けた。胎内の子を労り、無理はしていない。一方で薬品で無理をしている様子がありありとしているケンイチは、地上時代と同じ歳の取り方をした外観となっている。そのせいか、彼がどうも気が短くなりがちなようにアデライードには思えた。
何をこんなに焦っているのだろう。アデライードは不思議でならなかった。
「済まない、何故、は言えないんだ。」
ケンイチが目を伏せる。高等弁務官に伝えられないとは、余程の事だった。エルフとの戦争か、別の異星人との戦争か。
「…まあいいわ。あなた方の訓練への参加状況は、叛乱を起こしたばかりのこの地上では悪くないわ。」
検疫措置に引っかかった人間は今のところいない。軍と高等弁務官事務所が主導する脱出計画が上手くいっていないのは、ひとえに旧メダリア市民が連邦政府を信じていないからだった。
「こうなったら君に宇宙に出てきて貰う。」
ケンイチは、大真面目な顔で宣言した。アデライードは、仮想空間内ではあったが、腰に手を当て馬鹿な事を口にする夫を睨みつけた。
「は?地上の行政責任者が?高等弁務官事務所の若手は半分近くもう宇宙空間に移動しているのよ。」
高等弁務官事務所の手が絶望的に足りていない。連邦軍の計画に協力しつつ通常の業務を処理することがどれだけ大変かケンイチは分かっていない。
…そういえば、地上から移動した人たちから、まったく何の連絡も無い。高等弁務官事務所から移動した人間も、連絡一つよこさない。
「そうだ。君が宇宙空間に行けば、地上の連中も大変なことが起きそうになっていると分かるだろう。」
思いつきで訳の分からないことを口にするな。
喉元まで出掛かった罵声を笑みに変え、短く問う。
「私が高等弁務官って知っている?」
ケンイチは、理解した顔をしていなかった。命令と服従の世界の連中はこれだから、とアデライードはケンイチに説明を追加する。
「幾ら惑星封鎖をされているとは言え、なすべき通常業務もあるの。でも、軍に協力して職員はいないの。」
分かっていない軍人に続ける。
「高等弁務官は護民官でもあるの。今は私が課長クラスの判断もしているから何とかまわっているの。その守るべき連邦市民を捨てて私に逃げ出せ、と?そんな事をしたら、地上で連邦政府の信頼は地に落ちるって分かってる?」
アデライードの言葉はケンイチには届いていないようだった。訳の分からない回答を真顔でしている。
「分かっているさ。だが、君たちは我が艦隊の演習に協力してもらっている建前だ。高等弁務官が連絡調整に宇宙空間に行って何が悪い。」
アデライードは絶句した。この男は本当に何を言っている。
…どうも、自分がもっている情報とケンイチがもっている情報にすさまじいほどの断絶があるようだ。辺境の高等弁務官ごときには連邦政府が何を考えているか分からない。何をしでかそうとしているのかも分からない。何日か前から、えらく連邦政府の対応が冷たくなっていた。こちらは理由を教えてもらえていないが、ケンイチは何かを知っている。
「…ちょっと休憩しましょう。サトコちゃんの具合はどうなの?」
これ以上話を続けていたら、会談の成果が上がらなくなってしまう。アデライードはそう判断すると、休憩を宣言した。仮想空間の景色が仕事モードから休憩モードに一変する。話題を変えるため、地上から救出された義理の孫の容態の心配を口にした。
「集中治療室から退室して、現在はシーラさんと同じ巡航艦に乗せている。」
ケンイチは当然のようにこたえた。
「巡航艦に?」
やはり、ケンイチは何か知っている。輸送艦でも強襲揚陸艦でもなく巡航艦。
「そうだ。その船の特設スペースでシーラさんにはサトコちゃんの面倒を見て貰っている。仲良く過ごしているようだよ。…ほら。」
監視カメラの映像が転送される。パーテーションで区切られた環境で二人が笑顔で会話をしている様子が見えた。軍施設に部外者を迎え入れているから仕方が無いとは言え…
「こうやって様子が見えるなら、高等弁務官事務所の若手職員家族とも連絡は取れない?」
監視カメラにマイクが仕込まれているなら、こちらのメッセージを伝えることもできるはずだ。ソフト次第では何とでもなるはずだった。
ケンイチは、答を用意していたかのように、すらすらと言葉を紡いだ。
「彼らは監視されていることを知らされていない。そして、彼らと我々は区画が別だ。ついでにいうと、現在我々は最前線にある。軍の行動を漏洩される危険は最小限にとどめなければならないので、協力者に連絡手段を与えていない。よって、彼らとは通信はできない。」
これだから軍人は!
気分転換の休憩であり、今は雑談中である、ということを踏まえてもアデライードは嘆息した。
そりゃ、住民達は協力しない。何故、を知らされていないどころか、現在軍に協力した人間の動きがまったく分からない。
そんな状態で軍は、住民が協力すると本気で思っているのだろうか。私にだって分かっていることは、軍が何らかの理由で未来ある人々を中心に…
「私が宇宙空間に赴いても、同じ扱いを受けるのかしら?」
アデライードは宇宙空間へ赴くようにせかす夫に皮肉っぽく確認した。
「そうだな、君も高等弁務官である前に妊婦だからね。例外を認めるわけにはいかない。さて、そろそろ真面目な話をしようか。」
ケンイチは、何を当然のことを、とでも言うように、休憩を打ち切った。
…ますます宇宙に今行く理由がなくなったわね。




