7-2 宣言
恒星暦569年9月7日
惑星メダリア
天空もそうだが、地上は大混乱に陥っていた。7日深夜に各個人の情報端末に、カペー高等弁務官の姿が映り、惑星統治法第14条に基づき非常事態下にある、とだけ通知がなされた。
連邦惑星統治法第14条に基づく連邦高等弁務官宣言。
現時点を以て、惑星メダリアは非常事態下にあることを宣言する。各員は爾後発せられる高等弁務官の命令を遵守すること。
なお、非常事態下における反政府行動等秩序を乱す行動については、現地軍最高指揮官の協力を得て、これを断固鎮圧する。
ほとんどの住民は、それで通知が終わる。深夜の発令に、住民達は何が起こったのか心配になった。FAQはすでに準備されていた。だが、問い合わせ窓口担当のアンドロイド達に連絡が殺到する。
妊婦や未成年の家族には続きがあった。
連邦惑星統治法第34条第1項に基づく連邦高等弁務官緊急命令。
惑星メダリアに居住する未成年及びその家族(ただし、その親及び尊属を除くその2等親の親族に限る)並びに妊婦及びその家族(ただし、その夫及びその子供に限る)は可及的速やかに旧連邦軍基地に出頭すること。
なお、手荷物は一人あたりトランクケース1つまでとする。ペットの持参は許可しない。
ちょっとした広さであるため、今日の今日とまでは記載されていないが、命令末尾には、この命令を遵守しないことにより発生するいかなる不利益も連邦政府は関知しない旨記載されていた。
この命令は、通知された人間が拡散したことにより、惑星中にひろまっていった。この命令にはFAQは作成されていなかった。
連邦高等弁務官からはメダリア星系内の連邦最上級士官に対し、連邦惑星統治法第234条に基づく支援要請も公式に発せられている。
これは、事前の私的な通信で根回しされていた。
「アデライード、統治法14条を宣言してくれ。これしか住民を救う方法はない。」
具体的な話を一切せずに、いきなり条文のテキストと逐条解説を見るように告げてきた艦隊司令長官に、接客中の高等弁務官は顔色を変えた。
すぐに笑顔で相手を追い出し、盗聴防止措置を取った後、艦隊司令長官に真顔で詰め寄る。
「どういうこと、それに14条って。」
条文も、逐条解説の中身も認識していたアデラードが言葉を続けようとすると、艦隊司令長官は手を上げ止める。
「時間が惜しい、皆までいうな。今より未来を優先する。34条で住民を連邦軍基地に集めてくれ。順位は未成年とその親兄姉、妊婦と胎児の親兄弟。次は若い順。連邦職員、市民、占領地域の住民の区別はしない。君も例外ではない。拒否する場合、現地軍最高指揮官の権限で君に招集をかける。」
14条や34条が適用された前例は、異星人との戦時中に限られていた。今は平時。
いや、非常時か。でもそれを軍が強要するとは。
アデライードは怒りを込めた目でケンイチを見る。連邦高等弁務官の所掌する惑星内での統治権への明確な干犯だった。
「済まない、僕たちも詳細は知らされていない。だが、何となく察することができる。」
どうも、ケンイチは事情を知っているらしい。惑星封鎖では済まないようなことがこの惑星に発生する、と謎かけをしてきた。
「全てを救うことはできないが、可能な限り守るべき民間人を救いたい。」
話を聞け、と言われても、理屈が成り立たなければ行政は動かせない。
デライードはケンイチの言葉の合間を縫って会話の主導権を奪う。高等弁務官ともなれば、階級社会の軍人から会話の主導権を奪うことは訳もない。軍には反抗的な労働組合も温い服務規則もない。
「貴男、自分が言っていることが分かっているの?大義名分は?私も行政官なのよ。思いつきで仕事はできない。」
だが、相手はここ暫く同居している内縁の夫だった。ああ言えばこう言いいすぎたかな、少し後悔する。
「何でもいい。だが、脱出者を我々は阻止しなければならないと命令を受けている。なので、脱出者ではなく軍事訓練の協力者又は強制徴募、という名目を考えている。エルフが攻めてくる、という事なら徴募の方が楽だがね。」
「惑星封鎖は?」
自分の要請で始まった行動を思い出させる。
ケンイチは肩をすくめた。
「もちろん、惑星封鎖は続ける。脱出は認めない。だが、例外規定で高等弁務官と現地軍最高指揮官が認める者は除く、とある。その規定を拡大解釈する。」
「…防疫措置は?」
この事態に陥った原因を口にする。
「基地には爆発物検索と全身検索機能を持つ機器を1時間以内に設置するよう命じている。最初は10台程度だろうが、艦隊内で工作させる。5000台程度は最終日にはなっているはずだ。」
最終日、という言葉も気になるが、もっと気になる話もあった。
「それでもすり抜けたら?」
それが恐ろしいから惑星封鎖をしなければならないのだ。
全身検索は有効であるはずだ。だが、あの寄生生物が人体でどのように繁殖するかは知られていない。かつて見た記録映像では、惑星セダスでは排卵管が体内に刺され、直径5センチほどの卵が体内に埋められていた。
メダリアでは離島ごと破壊措置を取ったため、同じか新種かアデライードには判断しようがなかった。
「すまない、君たちが乗るのは、軍艦だ。被害極限をさせてもらう。被弾して一区画全滅なんてよくあることだろ?」
これだから軍人は。
アデライードは、ケンイチが動かす口に焦点をあわせた。脳内ではその一言にとどめ、どう段取りを指示するか考えはじめる。
「良いでしょう。でも一応チェックはしなければならない。検査機器と検査要員は大量に必要よ。我々はなんせ、350万人いるの。」
ケンイチは、肩をすくめた。
「問題ない。短時間の軍事行動であると認識している。君たちの不便は最低限となるよう努力するよ。」
軍の最低限を経験しているアデライードは、軍人が努力した結果、最低限の不便がどのようなものになるか、容易に想像がついた。350万人の守るべき人間、と認識せず、350万発のミサイル程度の扱いしか期待できない、という事だった。
だが、退役して暫く経つため、ケンイチの軍事行動、という言葉の意味までは思い至らない。
「で、こうまでして急ぐ理由は何?」
1時間で宣言を発するよう職員に連絡をつけ、一段落したアデライードはケンイチにテキストで質問する。
「済まない、今は言えない。口頭で直接。」
暫く放置されて回答のあったテキストは短かった。




