6-5 独断
恒星暦569年9月7日
惑星メダリア上空
閣議の後、諸手続を経て艦隊司令長官に命令が来たのは、それから暫くの事だった。
命令書には理由は記載されていない。
「これはどういうことかな。」
流石に、戦闘指揮所でこの会話をする勇気は、ケンイチにはなかった。
人類が地上を這いずり回っていた頃でも簡素であろう連邦連合艦隊司令長官からの命令書を手に、司令長官休養室に参謀長を誘うと、ケンイチは困ったように参謀長に尋ねる。
「現在、意図を確認中です。」
参謀長は、艦隊司令長官の静かな怒気に圧倒されながらも、スタッフとしての役割を忘れていなかった。乾いた唇を飲み物で湿らせる。
「ですが、命令に記載されている内容は明白です。」
命令書記載の概要は、簡単に言うと次のとおりだった。鎮定艦隊は、惑星メダリア上空を無人機部隊で封鎖すること。地上からの脱出者は検疫上これを防止すること。惑星メダリア上空にある軍施設は可及的速やかに撤収すること。職員の検査が終了次第、艦隊は惑星メダリア上空を離脱し、エルフ達への警戒を怠ることなく空間跳躍に備えること。以上を命令到達後15日以内に実施すること。
何故、はない。だが、意図を推測することは可能だ。
「…私は過去、文書庫を漁ったことがある。」
ケンイチは、ソファーにだらしなく身を沈めると、近くのアンドロイドに飲み物を命じた。参謀長は、目を見開く。このようなケンイチを見るのははじめてだった。
「はい。」
参謀長に求められる仕事の一つに、司令長官の精神状態を安定させることがある。一々突っかかり、司令長官を疲れさせたり、イライラさせた場合、艦隊の機能が大きく低下するからだ。
「連邦政府は、たぶん、惑星メダリアを破壊するつもりだ。」
参謀長は、暫く反応できなかった。比較的エリートコースを辿っている参謀長には、書庫で戯れる、という経験も趣味もない。今があるのみ。過去の経緯を調べることはあっても、データベースに記載されている範囲であり、それも直近の幾つかの例だけだった。
「はい?」
参謀長の反応に、ケンイチはチラリと口角をもちあげた。
「アーカイブを暇に任せて調べたことはあるか?」
参謀長は、首を横に振った。
「過去、無人機部隊による惑星封鎖を命じられた事例は数えるほどしかない。惑星を破壊する、または惑星近傍で失敗したら惑星か星系ごと破壊されるような実験を行う場合のみだ。有人惑星の場合、事例は更に限られる。」
若い頃に見た書類には、二例しか記載されていなかった。惑星セダスと名前すら記載されていない星。エルフ達との開戦前後に破壊されたらしいが、詳細は当時のケンイチの機密アクセス基準では閲覧できなかった。
「さらに、軍施設を惑星メダリア上空から撤収、艦隊をメダリアから離そうとしている。この意図は何だ?目の前にエルフがいるのに、だぞ。」
通常考えるなら、狂っている。
艦艇乗り組みの下士官兵は気がつかないだろう。ただ、作戦上の理由で、星系から去って行くことに喜びを覚えるだけだろう。士官達の中には異常さに気がつく人間もいるかも知れない。だが、自分は司令長官だ。
狂っていることを現場に行わせよう、とするということは、首都星は狂ったことを理性に基づいて行おうとしているはずだ。
「きっと、連合艦隊は我々にうかがい知れぬ事情に基づいて我々に指示を出しているのです。」
参謀長が馬鹿なことは考えてくれるな、と言外にたしなめる。
「そうだろうな。」
ケンイチは、参謀長を否定しなかった。参謀長が、ほっとした顔をする。
「連合艦隊は、我々が知り得ない情報に基づいて判断することはままある。」 だが、そこで言葉を収めなかったことから、参謀長はケンイチの目を不安そうに見つめた。
「だが、我々も現場でしか知り得ないことがある。高等判断には従うが、詳細は現場での判断に依ることは、艦隊司令長官の権限に含まれる。」
ケンイチの言葉に、参謀長は、これ以上口にしてくれるな、と言外に哀願してきた。ケンイチは馬鹿なことは考えていないよ、と笑顔を向ける。参謀長は、それを見て、安堵した顔になった。
どうしよう。
ケンイチは、アデライードの顔を思い浮かべた。うん、妻と胎内の子供を見捨てるなんて、夫のすることではない。
ほっとした参謀長に、ケンイチは、謝った。
「済まない、責任は僕が取る。惑星からの移動は余裕を持って5日はかかるはずだ。とすると、10日で検疫を行いつつ、可能な限りの住民を移動させる方法を考えて実施に移してくれ。優先順位は未成年とその親、妊婦とその配偶者、若い人間からの順だ。職業の差別は行わない。性差別主義と言われてもかまわない。同一年齢の場合、女性を優先。そのためには、全ての手段を執ってもかまわない。何なら、妊婦や幼児のために私の部屋を使わせても良い。星系外には他言無用。即時発効の命令だ。参謀長、頼む。」
ケンイチは、青白い顔に転じた参謀長に命じた。
「しかし、脱出者は…」
参謀長の再考を促す言葉をケンイチは最後まで言わせなかった。
「脱出者ではない。彼らは、軍の命令で強制参加させられる協力者だ。命令書には、脱出者を止めろ、と記載されているが、協力者を止めろ、とは記載されていないだろ?」
ケンイチの目は笑っていない。
「それでは、せめて連合艦隊には…」
「で、エルフ達に傍受されて、妨害工作の可能性を高めるのか?」
参謀長は、口を開きかけた。
「もちろん、君が抗議をしたことは公式に記録に残す。何かあっても、僕が全責任を取る。」
「…分かりました。」
敬礼もそこそこに参謀長が去って行く。これから10日、参謀長も参謀達もオムツをはき、薬を飲んででも仕事をし続けなければならない。
銃殺刑かな、それとも無期禁固かな。軽くて退職金の出ない免官だろうな。まあ、何があってもアデライードとそのお腹の子を見捨てるわけにはいかないよね。一度、彼女より親を取ってしまった。でも、国と彼女、そして胎内の子供を考えると、仕方ないよね。
ケンイチは、参謀長が立ち上がったあとの椅子をぼんやりと見つめ、それからため息をついた。
自分も、これから10日、まともに休めないはずだ。まずは、高等弁務官に話をしなければならない。
「秘匿回線で高等弁務官宛。用件は緊急。厳秘だ。」




