6-4 閣議
恒星暦569年9月3日
光速の限界を異次元跳躍等ありとあらゆる手段で掻い潜り、惑星メダリアに寄生型エイリアンが発生した、という情報が首都星に到達した。
メダリアにいる高等弁務官が惑星封鎖を進言し、速やかに鎮定艦隊司令長官がそれを受け入れたことは、称賛をもって評価された。
異星起源の人食い寄生虫が惑星セダスに蔓延した例に倣うか否かが議論の対象となっていた。
「カペー高等弁務官の果断な判断を評価しないといけないな。」
無人離島でアンドロイド達が寄生型エイリアンに襲われた、という情報に接した瞬間に惑星封鎖を決断した高等弁務官を情報省担当大臣は評価した。
「宇宙空間への移動を全て止め、艦隊に検疫措置を具申。」
情報省担当大臣は、惑星破壊には反対、との見解をもっていた。あれは連邦主席の暴走によるもの。まだ寄生型エイリアンが蔓延していないのであれば、惑星を破壊するまでの措置は必要ない。せいぜい100年単位での隔離措置で十分である、と考えていた。
「これにより、艦隊への汚染の可能性が極小化されたほか、惑星内での移動制限とあいまって、星域外への汚染の可能性は0に近い。」
「艦隊司令長官との連携も素晴らしかった。」
士官学校卒業後、暫く従軍した後政界に転じた健康保健省担当大臣も情報省担当大臣と同じスタンスのようだった。
「直ちに汚染区域を艦砲射撃により物理的に消滅させている。」
ふん、と鼻を鳴らす音が閣議の席に響いた。
「彼女は情報省出身だったよね。で、健康保健省担当大臣の2期先輩だったっけ。」
教育文化省の大臣だった。外科医出身であることをアピールする白衣を閣議の席でも敢えて着用している。
「情では検疫はできないよ。」
教育文化省担当大臣は、どちらかというと惑星破壊措置を命ずるべきである、という立場だった。
病巣は速やかに切除すべし。そのあとで培養した臓器等で代替すればたいていの病気は何とかなるものだ、というスタンスである。健康な大多数の市民には熱狂的な支持があるが、そのスタンスを支持しない市民も多い。
「何も惑星封鎖を解除しろとは言っていない。」
自分の所掌に口を出された健康保健省担当大臣は鼻白んで教育文化省担当大臣に反論する。退役するまでは前線で秘密任務に就くこともあった健康保健省担当大臣は、昔寄生型エイリアンに寄生された部下の腕を切り落としたことがあった。
「あれは…」
機密保持にかかる誓約を思い出し、口をつぐむ。画像で見る限り、あれはエルフどもの生物兵器。沖合に展開するエルフ達が放ったものだろう。確かにあれに狙われた惑星は酷い目に遭うが、だからといって狙われた惑星を全て破壊していては惑星が幾つあっても足りない。エルフ達が諦めるまで1000年単位になるかも知れないが、安易な惑星破壊措置ではなく、惑星封鎖でこらえるべきである、と考えていた。
「別に今すぐ決断しなければならない問題ではないだろう。」
施設交通省の大臣がのんびりとした口調で教育文化省担当大臣を説得にかかった。
「あの惑星で寄生型エイリアンが蔓延した場合、惑星破壊措置を講じればいい。今はまだ、そのような情報に接していない。であれば。」
教育文化省担当大臣がそれに反論する。
しばらく議論が続く間も、連邦主席は沈黙を守ったままだった。
財務省担当大臣が連邦主席にちらりと目をやり、裏返しにした紙で資料を配る。会議終了後回収、と赤字で記載された紙には、幾つかのケースにおける連邦政府の財政負担が記載されている。
「…ここで見た資料について口外することは、連邦機密規定違反となります。」
厳秘と記載された紙を伏せたまま配り終えると、財務省担当大臣は重々しく言った。この資料を見たくなければ退室しても結構、と続ける。
「さて、諸君、心は決めたかな。」
連邦主席は、紙をめくる覚悟を各省担当大臣に確認した。社会援助省担当大臣が大きく息を吸い、首を振る。
「すみません、連邦主席、財務省担当大臣が配っている紙を見るまでもなく、何が書いているか私には想像できます。」
宗教政党の代表として「聖女」と呼ばれる、60代なのにまるで10代の少女のような外見をした社会援助省担当大臣は、立ち上がった。
「その紙を見れば理性は財務省担当大臣の提案を支持するでしょう。でも、私は宗教政党の代表です。理性も大切ですが、感情こそ私たちの支持基盤です。もしその紙を見れば私の決断は揺るぎます。なので、先にこれからの提案される内容について、反対、とだけ言わせてください。」
そういって社会援助省担当大臣は閣議の部屋から出て行った。
しばらくの沈黙の後、連邦主席は財務省担当大臣に頷いた。
「では、皆様紙を。」
紙には、惑星を直ちに破壊した場合の費用、それにより直ちに得られる利益、10年後、100年後の利益が書かれたもののほか、10年後に破壊、50年後に破壊、100年後に破壊した場合の費用とそれにより得られる利益が記載されていた。
「もし、エルフが艦隊を展開させていなければ、もし、あの惑星にある最大都市の住民達がエルフと友好関係を結ぶといわなければ、このような資料を作成する必要は無かった。」
財務省担当大臣が、囁くような声で資料を見つめる各省担当大臣に話しかけた。
「我々は、必要あれば全員に検査を行い、喪われるだろう財産を補填した上で彼らを他の惑星に居住させたことだろう。そんなものは艦隊一つ喪うより、艦隊一つを常にエルフ達と対峙させるより余程安上がりだ。」
資料の前提は、エルフ艦隊が星域沖合から離れない場合。人類は常に艦隊を星域内に張り付かせなければならない。惑星メダリアに住む人類種がエルフと同盟を結ばないように、エルフが人類種が住んでいる惑星系を奪取しないように。
「もちろん、別の試算も可能です。例えば…」
エルフ艦隊を無視して惑星封鎖実施を無人艦隊で担保した場合、コストは劇的に低下する。
惑星上から発射される有人ロケット、発進する宇宙空間往復機を撃墜する機能を持った衛星を100ほど浮かべておけば、情報省担当大臣や健康保健省担当大臣が提案する施策も低コストで実行可能だ。
「しかし、沖合にはエルフがいる。」
国防省担当大臣が軋むような声で財務省担当大臣の言葉を断ち切った。
「このままあの星系を防衛しつつ封鎖した場合、国境宙域をもう一つ持つことになる。国防予算は大幅に増えるぞ。」
閣議の前に財務省担当大臣からレクを受けていた国防省担当大臣は閣僚達を見回した。大幅に増額した国防予算のあおりを受けるのは、視線の先にある担当大臣達だった。
「外道な。」
教育文化省担当大臣が呻く。
「予算、という観点で…」
「外道で結構。」
財務省担当大臣が教育文化省担当大臣の言葉を断ち切った。暗い笑みを浮かべる。
「さて、連邦主席、私からの皆さんへの説明は終わりました。」
それから、各省担当大臣のそれぞれの目を見つめた。




