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6-3 連絡

恒星暦569年8月30日


 いくらアデライードと理屈をこねて同居しているからといって、ケンイチは艦隊を率いていた。

 その日は、たまたまどうしても外せない所用があり、妊娠して精神状態が落ち着かないアデライードを置いて、ケンイチは宇宙空間の旗艦に身を置いていた。


「これで今年に入って何件目かな。」

 遠征中の艦隊につきものである士気の低下。その指標として犯罪発生率があげられる。

 ケンイチは、艦隊内で発生した殺人事件の報告を艦隊司令長官席で参謀長に振り返った。流石にこの手の報告は、アデライードを横に裸で侍らして受ける、というわけにはいかない。

「5件目です。」

 たいていは兵同士、下士官同士。今回は士官が被害者であることが特別だった。正式な報告書は届いていないが、艦隊最先任下士官が呟いたところによると、同性間の痴情のもつれ、とか。士官、下士官、兵は職場においてはそれぞれ違う世界に住んでいるが、勤務外では必ずしもそうではない。

「総務は?」

 非違非行の調査は監察部門が対応するが、それを艦隊内の施策として移すのは総務部門の仕事となる。

「私もですが流石に頭を悩ませています。」

 足もとには非友好的な占領地、目の前にはエルフ。休養を取る先は三日で飽きそうな休養施設。

「エルフがいなければ、何らかの名目で都会な有人惑星に演習に行きたいものだな。」

「まったくです。理屈くらい幾らでも思いつけるのですが。」

 参謀長もかなり疲れているようだった。

 身上調書によれば、奥さんと子供2人。どうも家族にトラブルを抱えているままらしい。同居をしたいがしたくない、とボソッと一緒に飲んだ際にぼやいていた。

「連絡か訓練目的で都会の惑星に交代で行くか?私は留守番をするよ。」

 遮音装置を起動後、できないと知りつつもケンイチは参謀長に口にした。

「良いですね。検討はしました。でもそれだとローテーションが破綻します。ご承知のとおり、最近エルフどもの動きがおかしいです。」

 星域図が立体表示される。星域沖合にはエルフの艦隊。何度も見た景色だ。数は増えていない。だが、分遣隊を派遣するなど、嫌がらせの度合いが酷くなってきている。分遣隊を派遣された場合、近距離なら監視は駆逐艦でも済むが、大きく移動する場合、どうしても居住性の観点から巡航艦を派遣せざるを得なくなる。今回の殺人事件も、派遣中の巡航艦で発生していた。


「心配すべきは将兵の心だけではありません。」

 参謀長が囁くように懸念事項を口にする。

 何もかもエルフどものせいだ。

 憲兵からの報告書を読みながらケンイチは口には出せない思いを浮かべた。 奴らに乗せられてこの呪われた惑星の連中は叛乱を起こした。

 亡くなった息子夫婦と孫の顔を思い出さないように意識する。今ここは司令長官の私室ではない。司令長官という役割を演じることを放棄するわけにはいかない。

「酷いな。」 

 毎週の報告で知ってはいるが、どうしようもない話だった。

 このメダリアにはドックがない。長期間ドックに入れないことから、ある程度艦内工作室で修理部品を自作するとしても限界がある。士気の低下もあいまって、細かな故障も多々見られるようになった。今は細かな故障だが、そのうち重大な故障が発生して動けなくなる船が出てくる。 

「…とはいえ。」

 いくら鎮定を目的にした艦隊とはいえ、この遠征期間は長すぎる。叛乱鎮圧後の治安維持活動の支援も一段落はしているはずだ。なのに、交代が来ない。

「当面はこのままだ。首都には交代はいつ来るのか改めて確認する。」

 司令長官の辞表すら認めてくれない連邦政府だ。言を左右にして艦隊の交代は認めてくれないだろう。

 流石に政府批判は参謀長には口にはできなかった。アデライードにだって口にはできないだろう。彼女もまた、政府の命令により呪われた大地から離れる事を許してもらえていない。

「ありがとうございます。」

 艦隊司令長官から確認するならば、局長級か参謀本部の副長級。公文書で質問をする、から昔ながらの口頭で問いただす、まで色々と確認にも段階があるが、流石に無下にはされないはずだ。


「すまない、珈琲を運んでくれないか。」

 気分を変えるため、遮音装置を解除し、従兵型アンドロイドに飲み物を注文とき、アデライードから連絡が入る。私的な回線ではなく、高等弁務官としての回線だった。

「どうしました、高等弁務官閣下。」

 寂しいからって公式回線で話をするなんてどうしたんだい?まだ3日も離れていないじゃないか。

 口には出せないが、そう心で続け、高等弁務官の整った顔を見つめる。AIする女性の顔は、何時もと異なり引きつっていた。

「高等弁務官から、宇宙空間に展開する宇宙軍現地最上級指揮官への即時発効の要請です。」

 宇宙軍現地最上級指揮官?

「検疫法上での表現です。現地の行政責任者からの要請となります。」

 一足早く検索を終えたらしい参謀長が耳元で囁く。同時に遮音装置を再び設定していた。

 検疫法?

 ケンイチは、何がどういう話かついて行けなかったが、とりあえず公的な場所での公的な要請にふさわしい対応をすることにした。

「閣下の要請とあらば、宇宙軍現地最上級指揮官として、どのような申し出でも対応いたしますよ。」

 そして、その言葉を一生後悔した。

「ありがとうございます、提督。」

 青白い顔に笑みを浮かべ、アデライードは固い声で礼を言った。いつかどこかで見た景色だった。思い出せない。いや、思い出したくない記憶だった。

「…で、どのような。」

 一呼吸して確認する。

「はい、特定外来生物が当惑星に存在することが先程確認されました。これより当惑星の封鎖と許可無く離脱しようとする船舶の破壊、現在宇宙空間に所在する濃厚接触者の生体検査を職権により要請いたします。」

 参謀長が後ろで動き、各所に指示をしているのが感じられる。だが、ケンイチは理解を拒否していた。

「…どういうことだ、アデライード。」

 ようやく言葉が口にでる。

「どうも、こうも。」

 寂しそうな笑みを浮かべると高等弁務官は明確に言語化した。

「バグが確認されたの。ここでこの惑星を封鎖しなければ、人類種の破滅よ。これから調査をするけど、最悪惑星の破壊も検討してね。」

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