6-1 落下
恒星暦569年8月23日
惑星メダリア上空 駆逐艦カヤ 戦闘指揮所
人類種が「仮称MDL5690822a」と名付けた隕石は、エルフの質量弾だった。外宇宙から飛んできたように偽装された質量弾は、当初は恒星メダリアの引力に導かれ、惑星メダリアに命中する予定だった。
だが、巡航艦からの短距離光線砲のエネルギーにより通常より加速された質量弾は、予定より数十年早めて惑星メダリアに突入することとなった。人間にとって、数十年は長い年月だ。しかし、製造者にとって数十年は人間にとってせいぜい数年程度の感覚でしか無い。
「仮称MDL5690822aまもなく大気圏に突入します。」
何も知らないのは短い命しかもたず、何も学ばない人類種のみだった。
「このまま惑星の海に落下するんだろ?」
カヤに着任してほぼ1年目の当直士官がタブレット端末から目を離さず、見張りの報告に対して熱のない返事をする。
見張りも当直士官が興味を示さないため、とおり一辺倒の調査しかしない。
「はい、この星は殆ど海なので、そのどこかに落ちるんでしょうね。」
少なくとも、この駆逐艦には害を及ぼすことはないため、かなり他人事だった。惑星に上陸することができないので、惑星への思い入れも一切無い。
「まあ、仕方ないよね。反抗的な態度を取って良い思いができるわけがない。」
カヤの当直士官は、椅子の背もたれを大きくしならせた。仮泊中であるため、艦長や先任将校といった口うるさい人間は部屋に籠もって睡眠不足を解消させている。
士官学校からカヤに来て以来久しぶりの停泊時当直。普段なら戦闘指揮所内に本を持ち込むことはありえないが、艦長や先任将校の監督の目が届かない仮泊中の当直、とあって私用のタブレット端末を持参し、肩のこらない本を眺めていた。本当に大変な事があるのなら、惑星沖合を哨戒している艦艇から危険信号が発せられるはずだ。今は士官学校卒業以来ずっと気が抜けない状況にあった中、はじめて気楽に過ごす時間だった。
「ですよね。でも、私は小惑星が惑星に突入するのは産まれて初めて見るんです。聞いていたように派手にはじけるんですかね。」
「そんなもんか~。ウチの星は、すぐ近くに小惑星帯があったから、月に1度は隕石落下警報が出ていたからな。まあ、はじめてなら楽しいんだろうな。」
ネットワークの世界での少年と少女の出会いを描いた小説から目を離さず、当直士官は気の抜けた返事をする。
当直士官より2歳ほど若い、だが、艦隊に加わるのは1年ほど早い見張り員は、監視カメラを「仮称MDL5690822a」に向け、ワクワクした表情で惑星に落下する姿に見入った。
「あ、はじけました!」
質量弾設置のセンサーに登録されていた人類種が多く使う各種周波数帯の電磁波の強度が、閾値を超える。それを受け励起信号が発信され、制御機構が幾つかの信号を発する。これにより、小惑星を改造した質量弾はその真の姿をあらわにした。
質量弾内部に設置されていた複数の子弾が小惑星の崩壊を擬して発射される。その中にはそれぞれ休眠状態の生物兵器が搭載されており、確率論で地上に命中した場合、孵化するように設定されていた。子弾の幾つかは、おとりとして機能する純粋な質量弾であり、周辺の海に石の雨を降らせた。もちろん、疑いを持って見なければ普通は小惑星がはじけたようにしか見えない。
「…」
子供のようにはしゃぐ見張り員につられて「仮称MDL5690822a」が崩壊する姿を見ていた当直士官は、眉をしかめると、当直士官用の端末を操作し、小惑星の姿を拡大した。
「…」
子供の頃から重爆撃期の惑星に住んでいたから感じる違和感だった。
「はじけた破片を全て記録。」
口頭で念のため指示を出す。
機械に作業をさせ、特に何かをするつもりはなかった。だが、惑星メダリアでは珍しい小惑星落下についてあとで艦長か先任将校が何か聞いてくるかも知れない、その程度の指示のつもりだった。
「隕石って、あんな感じではじけるんですね。」
しみじみと語る見張り員を当直士官は鋭く見た。当直士官から睨まれたように感じた見張り員は、首をすくめる。
「あのクラスの小惑星が大気圏に突入するモデルと比較。」
見張り員の無邪気な発言に、当直士官は違和感の正体を知った。自分が幼い頃から士官学校に入学するまで眺め続けていた小惑星の落下と何かが違う。重力の法則や摩擦の法則は星によって異なることはないので、同じような景色になるはずだった。
「惑星防空システムは…この星にはないのか。艦隊防宙システムに今回の小惑星落下を登録。」
矢継ぎ早に次々と言葉を重ねる当直士官に、見張り員は自分が叱られたのではない、と知り少し気楽になった。クールカットの若者の顔をじっと見る。
「念のため、だ。」
後ろをお団子に丸めた見張り員に少し気恥ずかしそうに早口で説明する。
「はい、それが良いと思います。ところで当直士。」
今は錨泊中の当直であり、口うるさい下士官がいない。下士官がいたなら叱られただろうが、当直時間しか交わることない当直士官ともう少し話がしたくて見張り員は勇気を出して話しかけた。
「なんだい?」
端末を置くと、当直士官は端末を操作し、モニターに映る小惑星のサイズを極小化する。それから通常の停泊当直時の情報表示状態に変更した。
「当直士は、休みの時は…」
エルフ達の当初の計画では、極付近の陸地に落下する予定であった。しかし、巡航艦ジャマイカの光線砲のエネルギーを受け、軌道が変化したことにより、エルフ達の計画は想定どおりには進んでいない。
まず、極付近の地上ではなく、極から離れた海面に小惑星は落下した。それ以前に卵を搭載していた子弾は一つを除き海面に落下する。
子弾は比重の関係からそのまま海に沈んでいく。その幾つかは水深1000m未満の海域に落下した。水圧がそこまでではないため、孵化することは可能な水深だった。だが仮に孵化したとしても、孵化したばかりの幼生は海水内を長時間生存することはできない。
ただ、一つだけは北の大陸以外にの大洋に幾つか存在する離島の一つに落下した。
無人島だった。航法支援設備が設置されており、アンドロイドが故障のたびに確認にくる程度の存在の島。
落下した子弾は航法支援施設近くに落下した。衝撃が記録され、航法支援施設管理事務所の端末に巡回調査が必要である旨表示がなされる。
落下と同時に事前に設定されている孵化フェイズに突入する。
人類種に卵が発見された場合、速やかに駆除されてしまう。それを防ぐには、速やかな孵化と成長のための時間が必要だった。そのための当初計画では数十年かけて宇宙空間を移動し、大陸に小惑星を落下させ、混乱に乗じて孵化した生物兵器が人類種に寄生する予定だった。近距離光線砲のエネルギーを受けたことで予定より早く惑星に到達し、まだ孵化に必要なエネルギーも近距離光線砲から受けたものを変換して急速に卵内で成長を開始する。
質量弾が創ったクレータの底で卵は孵化の瞬間を待つだけだった。




