5-5 場違
恒星暦569年8月23日
旧自治都市メダリア上空
二人は運が良かった。
裁判官が一期勾留の申請を却下すると、二人は憲兵隊の留置施設から服を着て出ることができた。
そして憲兵隊の施設のドアからでた直後、連邦高等弁務官事務所の保安省出向者が直々に迎えの車を止めた。
腰に手を回し、よく眠れずふらふらなシーラをケンタは支えた。車の窓を開けて話しかけてくるいかがわしい姿を睨みつける。
「マチダ中尉、彼女と少し一緒にドライブでもしませんか?」
黒服にサングラスといういかがわしい姿の男に二人は頷くしかなかった。後部ドアが自動で開く。ケンタはシーラを先に乗り込ませると反対側にまわり、開いたドアに潜り込んだ。
所用で呼び止められていたコウサカ憲兵軍曹が「任意」の取り調べをすべく後ろから声をかけようとしたときには、二人は既に車内だった。
そのあと、有無を言わさず二人はシャトルに乗せられ、静止衛星軌道上の保養施設に連行された。第13独立憲兵隊の手の届かない場所だった。静止衛星軌道上の軍施設における警察活動は艦隊所属憲兵隊が行うことになっている。第13独立憲兵隊の所掌は惑星メダリアの地上及び接続する大気圏内であり、宇宙空間にその権限は及ばない。
いくら「嫌疑不十分」で継続監視、任意取り調べ続行とはいえ、悪意を全面に出す取り調べを受けるよりは余程ましだった。
「よく眠れている?」
保養施設とはいえ、憲兵隊施設である。朝食のテーブルでも気を抜けない。盗聴を気にしてケンタはシーラに短く言った。
「ええ。大分良くなった。」
敢えて盗聴されている、という事実を伝えられていないシーラは、リラックスしているようだった。
「良かった。お義母様から連絡は?」
個人用情報端末は返却され、通信も許可されている。もちろん、全てモニターされているだろうが、それでも親の声を聞けるのは安心できるだろう。
「ええ。」
シーラは短くこたえた。表情に陰りが見える。
「地上で何か?」
ケンタは、手を伸ばすとシーラの手に重ねた。振りほどかれることはない。暫く目を見つめると絞り出すように、シーラが悩みを口にした。
「嫌がらせを受けているみたい。」
ケンタは、重ねた手に力を少し込める。
「憲兵がうちに来て、私は何処だって。」
ケンタは、伸ばした手を元に戻した。何を口にしようかと悩み、眼鏡型情報表示装置を外すと、瞼を揉む。眼鏡型情報表示装置を戻すと、シーラの目を見つめた。
「例のペローシ大尉とコウサカ軍曹?」
違う分隊のはずなのに一緒に行動していた二人の名前を口にする。嫌悪感を隠すことはできなかった。そこまで人間はできていない。
「名前は分からないけど、中年の女性と男性というのは聞いている。」
シーラは食欲なさそうだったが、パンをちぎり口に含む。ケンタはそれをみて、自分も野菜ジュースに口をつけた。
暫く、お互い、沈黙したまま食事を続ける。
「そういえば、ここの滞在はどういう仕組みなの?」
シーラは食事はもう一段落、という雰囲気でトレイを横にずらすした。
「仕組み?」
シーラの質問にケンタは聞き返す。先程までの会話はもう続けたくない、というシーラの気持ちに応えるため、話をあわせることにする。
「そう。私はもう軍人じゃないのに、どういう理屈でこの施設にいられるんだろう、ということ。」
軍人であっても、自治都市の軍の軍人が連邦の軍保養施設を利用するのは無料ではできないはず。そう続ける。
「ああ、そういうこと。」
ハムサンドの咀嚼を終え、嚥下したのち、ケンタは笑顔を作った。
「僕はまだ連邦の軍人だからね。」
シーラが話を続けるように、首を傾ける。だいぶんと見慣れてきたが、可愛らしい仕草だった。
「戦地で業務に従事する僕が休暇期間中にここの施設を利用することは分かるよね。」
「貴男については分かる。」
シーラは朝の定食についていたドリンクとして珈琲を選んでいた。アンドロイドが運んでくる珈琲を頷いて受け取るとシーラは質問を続けた。
「私は?特に申し込んでいないんだけど。」
ケンタは自分もトレイを横にずらす。アンドロイドは暫く悩んだ後、トレイを回収した。
「シーラは僕の関係者枠。保安規定をクリアするには誰かが鉛筆を舐めたんだろうけど。」
地上時代の古典的筆記用具の名称を用いた慣用句をケンタは口にした。
「そうだ、そういう意味ではこの前は申し出をまだしていていませんでしたね。」
少し砕け、おどけたような口調でケンタは、シーラに確認する。
「申し出?」
シーラはさっぱりわからない、という感じだった。
「あの憲兵達がなだれ込む前にしていた話。」
まだキョトンとした顔をしている。シーラは何が何だか、という顔でケンタを見つめた。
「ケンタ君、どういうこと?」
ケンタはにっこりと笑みを浮かべた。冗談なら面白くないし、本気ならもっと面白くない。保養施設の外に見える宇宙空間に視線を向ける。何か嫌な雰囲気のものが施設の近傍を通り過ぎ、惑星に向かっていった。
…もしかしたら、結婚を前提に付き合ってくれ、という言葉は認識していても、先日プロポーズされそうになっていた認識がないのか?それなら。
「…では、改めて。」
ケンタは立ち上がると、シーラの横にゆっくりと歩み寄った。憲兵隊の施設でプロポーズなんて、世界で何番目に惨めなプロポーズだろう。
「シーラさん。」
跪くと、シーラの目を見つめる。これ以上誤解の無い表現はないはずだ。
「私と結婚してくれませんか。」
「私?本当に私で良いの?、私は独立軍の士官だったのよ。」
奇襲には成功したらしい。平常心を喪っている歳上の女性にケンタは頷いた。
「もちろん。この前の戦争でお互い、色々なものを喪ったと思います。でも、せっかく知り合った縁です。お互いに戦後を一緒に創っていきませんか?」
我ながら臭い台詞だ、ケンタは心の中で自嘲して、でも表情だけは崩さずシーラを見つめ続けた。
早く、うんって言ってくれないかな。監視している連中は今頃モニターに食いついてシーラの返事がどうなるかで賭をしているはずだ。
「はい、よ…」
顔を真っ赤にしてシーラがこたえようとしたとき、警報音がそれを重畳し、室内が非常灯に切り替わった。




