5-4 通過
恒星暦569年8月22日
惑星メダリア近傍
惑星防空システムは、機能を喪って久しかった。
連邦の鎮定艦隊はまず惑星メダリアの防空システムを破壊したからだ。その後防空システムは復旧されることはなかった。艦隊が沖合に展開しているため、わざわざコストをかけてシステムを再構築する必要を誰も認めない。
もちろん、旧メダリア自治都市政府関係者の意見は聞かれもしていない。彼らにもし意見表明をする機会が与えられていたなら、惑星防空システムの再構築を望んだのだろうが、彼らに発言権はない。
巡航船ジャマイカの進路上にいた妙な岩石様物体は、巡航艦からの光線砲を受け、まるでエネルギーの補充を受けたかのように急加速を開始していた。
ジャマイカ乗員は、当初特にそれを気にしなかった。エネルギーを受けて四散するもの、スピンをするもの、惑星近傍には色々な性格をもつ小惑星が浮遊している。急加速するのもエネルギーの当たり具合がちょうど良くて加速したのだろう、その程度だった。
「当直士、少しおかしくないですか?」
気にしたのは、何時ものようにデニス兵曹長だった。ランドーはカーソルの先にある浮遊物に意識を向ける。
「これ?本艦の進路上を偉い早さで移動しているわね。でも、人工物ではなさそうね。」
ランドーは、人工物、という単語を無意識に使った。
「ええ。たしかにこれは人工物だとは思いません。こいつは短距離光線砲を10日ほど前に発射した対象です。」
デニス兵曹長は、「対象」という言葉を敢えて選んだ。
「進路を見てください。」
短距離光線砲では既に射程外にまで離れ、エネルギーを使い切ったのか定速運動をしている物体をクリックする。概算計算結果が表示される。
「うげ。」
ランドーは思わず声を出してしまった。すぐに艦長、副長、砲術長を宛先にデニス兵曹長が発見した物体についての情報を送付する。砲術長に既読がつき、艦長、副長がそれに続く。
暫く重苦しい時間が過ぎていった。
「ランドー中尉、君が報告したあれは何だ?」
困惑した声で砲術長が音声信号を送ってくる。動画で質問しないあたり、どうも寝起きでまともな格好をしていないかららしい。副長は士官の服装にはやたらと厳しかった。
「はい、分かりません。ただ、妙な動きをしています。そして、このままでは惑星メダリアと衝突コースとなります。」
モニターには、赤い点で表示される物体のコースと青い点で表示される惑星の軌道が点線で表示されていた。物体は通常の小惑星が取るであろう楕円軌道とは異なる動きをしていた。
「惑星はともかく、沖合に展開する艦隊に影響は?」
惑星に長径数十メートル級の小惑星が少々ぶつかっても海で覆われているメダリアには確率論的にたいした被害は発生しない。だが、沖合に展開する艦隊や保養施設に命中した場合、致命的な被害が発生することになる。そして、この物体は小惑星とは違う動きをしているが、小惑星並の質量はあるはずだった。
「現在演算中です。」
ランドーは短くこたえた。個々の艦艇の停泊地、保養施設等静止施設の間をすり抜ける分には問題ないが、直撃だけでなく擦るとなると大問題となる。
「…結果でました。」
惑星近傍のデータ転送衛星から送られてきた艦艇や施設の位置情報と物体の予測軌道が表示される。
「…衝突軌道ではなし、惑星に衝突するみたいだが、大陸から離れた海に落下するみたいだな。」
非番の時も制服を脱いでいないかと思えるほどキッチリとした服装の副長が仮想窓の中から演算結果を見てほっとしたような口調で呟いた。
「まあ、幾つかの船や施設は付近通過時に少し揺れるだろうな。」
艦長が仮想窓から顔を出してコメントを発した。
「惑星防空システム…はこの星系にはなかったな。艦隊防宙参謀にデータを送付すること。」
それから、仮想窓越しにランドーと目を合わせる。
「よく見つけてくれた。これからもしっかりとやってくれ。」
「ありがとうございます。」
ランドーは仮想窓の艦長に敬礼すると、艦長は窓を閉めた。
「…あの時の私の判断は正しかったんですかね。」
閉じられた仮想窓があった場所から視線をそらし、ランドーはデニスに話しかけた。
「…航路障害物に近距離光線砲を発したことですか?」
他に誰が気がついているか分からないが、デニスは少なくとも気がついているようだった。ランドーの言葉に間を置かずに返事をする。
「悪くない判断だと思いますよ。」
沈黙するランドーを労るようにデニスは言った。少なくとも部下職員の前では否定の言葉は発しない。
「それ以外の判断をする人は逆にいないと思います。」
デニスは、凹んでいるらしいランドーに言葉を重ねた。
「…ですよね。」
ランドーは短く言うと、デニスに感謝の笑みを向けた。
惑星防空システムに代わって惑星メダリアの防空にあたっていたのは、鎮定艦隊だった。
「巡航艦ジャマイカから連絡があった物体を仮称MDL5690822aと命名する。」
防宙参謀が規則に基づき接近してくる異物に名称を与える。
「艦隊及び付近の民間船に公布。」
シミュレーションの結果、物体が航過する空域には航宙警報が発せられた。
「これから24時間以内に小惑星接近警報。1060345001453412地点の上空を中心に半径45キロ以内を小惑星が通過する、付近航行船舶及び衛星は適切な措置を取られたい。」
その情報に基づき、南緯60度34分50秒、統計145度34分12秒を中心とする点の鉛直線上にあたる静止衛星軌道の点から半径45キロ以内は、シャトルの通航は禁止され、衛星は貴重な燃料を使用して軌道を変えていた。大気圏内にも連絡が届く。これくらいの大きさであれば上空で爆散しても大した被害が生じることもないだろうとの予測がなされる。
「艦隊各艦に連絡。仮称MDL5690822aへの射撃等は堅く禁ずる。」
下手に軌道を変えられ、人間が住んでいる地域に落下されてはかなわない。防宙参謀は、全艦が指示を受領した旨の連絡を返すと、安心した顔でストローを口にくわえた。
カーソルを仮称MDL5690822aにあわせる。スクロールホイールを廻し、映像を拡大する。
何処にでもあるような、でもその割には高速度で移動する小惑星。
「まあ、そういうものもあるよね。」
ストローから口を離し、独り言つと、防宙参謀は、接近してくる小惑星への関心を喪い、画面をもとにもどした。




