5-3 密談
5-3
恒星暦569年8月20日
旧自治都市メダリア
民政移管前の占領地扱いである旧自治都市メダリアと、かつては自治都市メダリアの文字どおり「衛星」扱いされていたが、戦後もある程度の自治権のある衛星都市では住民の扱いには大きな差がある。
衛星都市の住民は「市民」であり、警察機関がひっぱるには令状が必要である。だが、占領地の住民である旧自治都市メダリアのもと「市民」は、法的には「避難民」であり、占領地の安寧のためには各種権限が制限される。要は、平時の市民権と非常時の市民権の問題だ。平時なら尊重される基本的人権は、非常時であれば公共の秩序維持に制約される。
このため、人目を忍んでコミュニケーションを取るには、盗聴と監視カメラによる監視を常に気にしなければならなかった。
「いやあ、どうしたんですか。」
結果、選択されたのは古典的な手段だった。 かたや、地下街から入店して喫茶店の地上テラス席でお茶を楽しむ。もう一人は一つ離れたブロックから入店し、道の反対側の店舗でウインドーショッピングを楽しむふりをする。そうしてお互い使い捨ての端末の赤外線近距離通信のリンクを設定する。
とはいえ、個々人は携帯型の個人情報端末を身につけており、キーワードで過去の発言も含め情報を吸い上げられることから、発言には気をつけなければならない。
それでも赤外線近距離通信は有効だった。公共のネットワークを利用した場合、どうしてもサーバーを経由するため盗聴されやすい。子供用だからこそ専用の端末を使えば、道幅15m程度であれば赤外線近距離通信で何とかなるものだ。
「言わないでください。」
隣に聞こえるか聞こえないかくらいの囁く声も、腹話術、咽喉の増幅器とカナル型イアホンを使えば何とかなるものだ。
喫茶店に座っている人間がお茶を口に含んだらしく、雑音が混じる。
「大変だったんですから。」
仕返しとばかりに唾を飲み込んだのか、雑音が入る。
「驚きましたよ。」
主語は全て一人称。一文一文を連続して話す結果、個人用情報端末に会話をしていると認定されないよう、気をつけなければならない。解析ソフトが設定する秒数に一呼吸をあける必要がある。機械的には、お互いに独り言を呟いている状況だった。
まどろっこしいこと甚だしい。それでも二人は危険を冒して会話をすることを選んでいた。お互い職場内外での通信機による連絡、文書起案は全てサーバーに記録されるため、どこで連携していることが判明するか分からない。
「あんなことが起こってしまうんですね。」
火山の火口の中で酸欠か蒸し焼きかを選ばされたであろう若者の最後を思い、二人は暫く沈黙した。
「若いって大変です。」
いよいよ、二人が接触した本題が始まった。
ボイスレコーダーに記録された音声の話だった。
「ついつい勢いに任せて口に出しちゃうもんですよね。」
カプセルから回収されたボイスレコーダーに、事件発生直前に発せられた被疑者の声が記録されていたのだ。事件事故の可能性を全てゼロから調べるとはいえ、事象が発生する直前に聞こえてきた若者の声は、有力な証拠の一つとして認定されていた。宇宙空間に情報が届く最速の速度でこの情報は広まっており、この惑星だけでなく、関係する全ての惑星において令状の申請、家宅捜索という行動がなされていることは容易に想像がつくことだった。
事故であれば令状申請、その許可、という流れはハードルが高いが、連邦代表議員の殺人の容疑にかかる令状申請、となればハードルはないも同然。
「どうしたらいいでしょう?」
既に家宅捜索で色々押収されはじめている、という前提で物事を動かさなければならない状況だった。彼の自宅等に赴き証拠品を抹消するという手段は取れそうにない。
「なすりつけるのも上手くいかないです。」
周囲の人に被疑事実を押しつけて目をそらそうという手段を取ろうとしていたが、小物しかそれに反応をせず、その反応も上手いこと連鎖をしなかったようだった。どこかで誰かが流れを止めている。
「世の中、そういうものですよね。」
被疑事実を押しつけるという手段が上手くいかない以上、計画に支障を来す可能性は高い。
「もう少しで届く予定だったんですけどね。」
星系外から届く予定の援軍について片方が口にした。
「一層のこと、先に遊び始めましょうかね。」
政府関係者へのテロ活動をより先鋭化させることを提案する。ただ、保安省もなかなか優秀らしく、上手くいった活動は、IHメダリアでの爆発をふくめて数えるほど。それも活動家達が殺されない程度に無力化され、自供をしたことから組織に大きな損害が発生している。
「遊び相手を選べたらな。」
せめて連邦高等弁務官があの女狐でなければ。
「そうそう、遊び相手が孕んだそうですよ。」
自分の知っている情報に相手が食いつくと予想して、規定の秒数を待たずに片方が話を続けた。あまりの情報にもう片方も警戒を忘れてすぐに返事をする。
「どういうことだ?」
その瞬間、一連のやり取りは個人用情報端末を通じてサーバーに吸い上げられていく。個人用情報端末は、利用者が理解しているより耳が良い。
「女狐が孕んだそうです。医療情報です。」
情報を耳にした衝撃から回復する間もなく、新たな情報が加えられる。
「孕んだって、あの女狐は60を超えているはずでは。」
妊娠しているなら、連邦高等弁務官のこれからの活動は低調になるはずだ。 となれば。
「案外、上手くいくかもしれない。皆には?」
そこで自分が興奮していることに気がつく。主語の選択がおろそかになり、会話の間隔が短くなっていることを相手に知らせるため、喉を整える。
まあ、これくらいなら個人用情報端末も気がつかないだろう。
ただ、相手は自分が伝えた情報に酔っているようだった。
「もちろん、あなたが最初です。」
もう一度喉を整え、相手に警報を与えると、赤外線近距離通信機の電源を切断する。珈琲を飲み干すと、立ち上がった。
ちらりと店にいる同志に視線を送る。赤外線近距離通信機の電源を切った理由を理解していないようで、困惑した表情でこちらを見ている。
馬鹿め。
監視カメラにこちらを見ている姿が見られているではないか。視線の先に自分がいることもこれで分かってしまう。
どうして素人はこうも。
店の奥に入り、地下街に続く出口に向かいながら、心の中でぼやいた。
それにしても、女狐が妊娠とは。
計画を早めることも考えたが、このまま進めても良いかもしれない。まずは、痕跡を自分のまわりから消し去ることが第一かな。
馬鹿な奴だ。
自分の活動をそんなに宣伝したかったのか。
表情を引き締めると、足早に彼女は歩き始めた。




