5-2 調査
恒星暦569年8月16日
惑星メダリア沖合 鎮定艦隊司令部所属事故調査隊
大気圏に突入したシャトルが四散し、シャトルに搭載されたフライトレコーダーやボイスレコーダーが見つからない、という連絡を受けたときカルロス少佐は天を仰いだものだった。
大気圏に突入するまでの軌道は記録している。大気圏に突入に出発するまでのシャトルの整備記録も把握している。だが、離船してからの記録はない。
「情報がようやく届いたか。」
救難カプセルが発見された、というニュースを耳にしたとき、カルロス少佐が気にしたのは、中の人間ではなく、中の端末が無事であるか、ちゃんと救難カプセルを回収するか、という点だった。流石に口にはしなかったが。
以前、2個ほど救難カプセルは発見されたが、一つは人命救助には成功したが救助の際に水深5000mの海底に没し、現在回収を計画中。もう一つもよりによって火山の火口に落下している。おそらく、中の20代の若者は今頃酸欠で死んでいるだろう。確率論として、あり得ないほどの運の悪さだ。これも回収を計画中。
地上の連邦高等弁務官事務所から、大気圏突入までの記録で何とか事故原因が特定できないか、と色々せっつかれているが、何事も限界があった。
そのような中での今回の救難カプセル回収は、今回の遭難原因を特定する重要な機会だった。これにより、カプセルが射出される瞬間までの機内の音声や機器の作動状況を把握できる。
救難カプセル自体と中の搭乗者に関する情報を意識の外に置き、シャトルを乗り継ぎ届けられたICチップをウイルスチェック端末に挿入した。事故調査隊、といっても普段はカルロス少佐と助手しかいない。地上において破片等を回収して事故原因を特定するのは、自治政府の役割だ。
「…」
チェック端末がチェックする間の時間に届けられる他のメッセージに目を通す。殆どはどうでもいい庶務関係や他組織の情報だった。
何件か気になるメッセージがある。地上の高等弁務官事務所、独立憲兵隊からの直接連絡、艦隊司令部からの名宛てのメッセージ。
カルロス少佐は、迷わず艦隊司令部からのメッセージを最初に開封した。
「…面倒くさい。」
艦隊司令部の参謀長からの連絡は、証拠品は軍機であること、証拠品の管理を確実に行うこと、艦隊から外に情報を出す場合、関係機関への連絡は参謀長を経由すること、軍の他の部隊を含め情報の開示は司令長官の決裁を得ること、といった情報管理についての指示だった。情報提供を求めてきた組織を報告することまで求めている。ご丁寧に、受領確認とその旨を守る旨回答せよ、となっていた。
職人肌のカルロス少佐には理解できないメッセージだった。とはいえ、了解のメッセージと重要度を高にして隊内に周知をする。
続いて高等弁務官事務所、独立憲兵隊の担当者からのメッセージを受け、参謀長から念を押された理由を確認する。
両者とも、すぐさま情報をよこすようメッセージを送っていた。高等弁務官事務所は高等弁務官の名前で艦隊司令長官宛。独立憲兵隊は事故調査隊担当者宛。独立憲兵隊に至っては、開封通知をメッセージに仕込んでおり、リアルタイム通話をしてくる。
「…すみませんね、その手の要請は正規のルートでお願いします。」
ペローシと名乗る憲兵大尉が余裕のない顔で情報をすぐに一式送るよう求めてきたが、カルロス少佐は申し訳なさそうな顔で断る。
「そこをなんとか。事件捜査に必要なんです。」
その間に、ウイルスチェックは終了する。
「すみません、少し忙しいので。」
何か言おうとするペローシの言葉を遮り、通話を断にする。情報をコピーし、元データと予備データをそれぞれ軍機保存ボックスに保存する間もペローシからの連絡が続いていた。
「…鬱陶しい。」
軍機保存ボックスに収納すると、アクセスを求めてくる組織は自動的に記録される。事故調査隊に記録が到達した、というフラグが立つと、各種機関から自動的に連絡が入ってきた。
事故原因究明関係は連邦政府の中央機関である連邦事故調査委員会、眼前の惑星に存在する広域行政組合の事故調査部門。犯罪捜査関係は連邦各種捜査機関、地元各種捜査機関、異星人による破壊工作関係は軍と保安省。
記録が届く前に情報提供を求めてきた連邦高等弁務官事務所は、情報の到達順からも、情報提供先決定支援ソフトが判断する組織の重みからしても、優先的に情報を提供することになる。
その中で、個人として情報をイレギュラーに求めてくるペローシの行動は異常だった。行政手続きがなっていない。組織としての独立憲兵隊から捜査照会をするならば隊長名で公式文書を発出するべきなのに。支援ソフトもペローシの扱いは地元政府機関並みに低いものと判断していた。
「まあ、そうだろうね。」
職人としてのカルロス少佐は、特異事象としてペローシの接触を記録する。記録はすぐに艦隊参謀長に届いたらしく、既読表示がなされた。
その間にも、フライトレコーダーやボイスレコーダーの解析作業が始まる。デジタル化した記録は、ヒトには不可能な早さで解析が進められた。とはいえ、フライトレコーダーの記録自体は製造から遡って解析されるし、ボイスレコーダーは複数の録音機器から分析されるため、5秒で、という訳にはいかない。とはいえ地上時代であれば100人がかりで3ヶ月かけて解析されるような情報が、分単位で解析されるようになっている。
事故の原因となりそうな事項が次々とあげられる。
何時もながら、カルロス少佐はうんざりした。
どれも、可能性としては低いもの。だが、事故が「ここでまさかこれが」や「これをまさかここで」の積み重ねであるため、一つ一つ潰していかなければならない点は地上時代と変わらない。
「…ん?」
射出される瞬間までの、コックピットに限らない機内音声を記録したボイスレコーダーを検索していたプログラムが注意喚起信号を発する。フライトレコーダーに無数とも言える数だけ点滅する「ここでまさかこれが」や「これをまさかここで」よりも原因として可能性が高いと判断されたもの。
カルロス少佐は、手に持ったマグカップを置くと関連項目を調査するようコマンドを入力した。その音声を基点とした前後のフライトレコーダーとボイスレコーダーの記録の分析がはじまる。
「…これだけでは判断できないよな。」
ボイスレコーダーやフライトレコーダーが持つ時間の誤差を正確に計測する。それを踏まえて「気になる音」が発生した時間帯に艦隊が記録していた可視、不可視派の映像、レーダー画像の記録を重畳していく必要がある。
ここは職人技だった。
ここが怪しい、という時間を切り出した上で艦隊所属各艦に情報提供を依頼することになる。場合によっては事故原因の究明と軍事作戦遂行の優先度について天秤に測る必要がある。
「まずは参謀長に速報だな。」
艦隊の組織図から参謀長との間に変な組織やヒトが介在しなくて良かった。間に何かが入る分、遅くなるし、文法上や文書装飾上の指摘が多くなる。
メッセージを立ち上げると、カルロス少佐は第一報を口述で作成し始めた。




