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4-5 会談

恒星暦569年8月15日

惑星メダリア 高等弁務官事務所


 夜になると一緒のベッドで過ごすのに、昼間同じ部屋にいるのがこうも窮屈とは。

 制服に身を包み、自分の執務室から数ブロック離れた妻の執務室のソファでケンイチは顔では笑顔を作りながらそんな事を考えていた。

 1mちょっと離れた所に妻が座っている。夜に見る妻の姿も好みだが、昼間の隙が無い服装の妻もケンイチの好みだった。だが、今はそのような感想を抱く時間ではない。

「お茶をどうぞ。」

 心地よい声とともに、何処か懐かしい香りがする。滑らかな動きで紅茶のカップが置かれる。何時も家庭で飲むコーヒーと違うようだった。アデライードの好みは紅茶ではない。

「本日はご招待いただき、ありがとうございます。」

 艦隊司令官として連邦主席の代理人である連邦高等弁務官に敬意を払う。

 職責が上がると玄関をでたあとの行動が窮屈になる。朝食時に話を聞いていなければ、何の不満表明なのか分からないところだった。 

「いえいえ、こちらこそお忙しい中お越し頂きありがとうございます。」

 高等弁務官として軍の総司令官たる連邦主席の代理人に返す台詞としては、どこかイントネーションが変だった。もちろん、文字記録では表現されない。 高等弁務官が頷くと、メイド姿のアンドロイドが去って行く。

 チラリと目を向けるとケンイチは背筋を伸ばした。

 亡くなった先妻の姿を模したアンドロイドだったのだ。どうりで先程の声は聞き覚えがあり、心地よかったはずだ。おそらく高等弁務官の「好み」に応じて外見が選択され、「たまたま」選ばれた人間の声が設定されているのだろう。

 さて。覚悟を決めよう。

 机の上から香る紅茶は、先妻が良く入れてくれた銘柄、その銘柄が推奨する淹れ方とは少し違う。まさに先妻が淹れた紅茶の香りを再現している。

 現在の妻に、先妻の淹れた紅茶の香りを再現したものを饗される夫は幸せなんだろうか。

 主人が客をリラックスさせるための会話に適当に応じながらケンイチはぎこちなく尻の位置を変えた。どうもソファーも何時もより堅い気がする。


「さて。」

 ケンイチが紅茶を口に含んだタイミングで、アデライードが声の口調を変えた。先妻が淹れた紅茶そっくりの味にリラックスしようとしていたケンイチは、事前に振られる話の内容が分かっていても胃が痛くなった。

「提督、先般以来連邦代表議員遭難事件の対応ありがとうございます。」

 遭難から1週間、連邦軍からの支援を受けた合同組織による捜索救難活動も本日で終了していた。二日前に発見された救難カプセルを最後に新たな情報はない。以後は衛星による通信傍受と監視衛星からもたらされる画像を自動分析した結果特異事項があれば高等弁務官事務所が地元または連邦軍に依頼して救助を要請する事になる。

「いえいえ、閣下。文官と武官が協力し合うことが、この惑星における円滑な統治体制維持の肝です。我々は今後とも高等弁務官事務所からの協力に可能な限り協力します。」

 艦隊司令長官に任命された際に説明を受けた想定問答集の最初の方にある応答要領に従い、ケンイチは返事をする。

「連邦軍の協力の結果、救難カプセルの搭乗者は生存していて、カプセルごとで救助することができました。で、現在救助された女性は連邦軍の医療施設で集中治療を受け、カプセルは連邦軍の管理下にあると聞いています。」

 ケンイチは、今朝聞いていたとおりにアデライードが話を切り出した。

「おっしゃるとおりです。」

 お茶請けに出されているクッキーを囓ると、香辛料がとてもきいていた。これはアデライードの自作のはずだ。彼女がこんなに怒っているのは、今回の件だけでは無いような気がしてならなかった。

 何か悪いことでもしたのか?

「だが、我々の要請が今回の遭難に関する資料の提供をお願いしていたにもかかわらず、我々より先にカプセルと救助者の引き渡し憲兵隊にすると約束したやに仄聞しています。」

 そう。どこかの馬鹿な人間が何も考えずに約束をしたらしい。艦隊に属する憲兵隊はこちらである程度コントロールがきくが、メダリアに派遣されている独立憲兵隊は憲兵司令部から送り込まれている。

 いくらこの呪われた惑星で一番高位の連邦軍人とは言え、独立憲兵隊の個々の行動に干渉できる程の権能はない。

 ケンタは何をやっていたのだ。

 今朝、その話を聞いて以来、孫への怒りは収まっていない。

「あと、関係者を何名か既に拘束していると聞いています。」

 リストを渡す、と言われていたが目の前に映った文字列と画像を見て、ケンイチは頭が痛くなった。

 ケンタは何をやっているのだ。

 孫への怒りは消え、あきれる思いで文字列と画像を見る。

 そこには、孫の名前と画像。そして孫が結婚を考えている、と伝えた元現地軍士官の名前と画像も掲載されていた。

 朝聞いた話だと占領区域の非戦闘員の保護は高等弁務官事務所の役割であり、情報を仕入れたという事だった。

「これまでは我々高等弁務官事務所が主導してそれぞれ事故に関する調査を行っていたかと思います。が、我々の関知しない間に独立憲兵隊が事件であると判断し、被疑者若しくは関係者を拘束することを始めている以上」

 どうやら、独立憲兵隊が暴走をしているらしい、そういう話は聞いていた。それも、大尉クラスまでの連中が規則の隅をつついてこざかしい真似をしているとか。

 出発前に艦隊附属の憲兵隊長からレクを受けていたケンイチは、苦々しい思いで紅茶を口に含んだ。

「…」

 紅茶は香辛料過多のクッキーの味を消してくれず、かえってつらさが増す。思わず涙目になったが、高等弁務官事務所の人間や部下がいる以上、それ以上は表に出せない。

「情報の共有と規則に従った憲兵隊の行動を求めます。」

 あとでアデライードに徹底的に鳴かせてやる。

 ケンイチは心の中で固く決意した。

「艦隊には高等弁務官事務所に協力するよう指示を出しましょう。で、閣下は具体的にはどのような行動をお求めでしょう?」

 香辛料で口が上手く回っている自信が無い。

「憲兵隊が被疑者を見つけた、と主張し、関係者を拘束している以上、合同捜査本部の設置を求めます。捜査規範、憲兵隊と保安省との協定等を踏まえると、我々高等弁務官事務所が主導する合同捜査本部となろうかと。」

 ケンイチは、紅茶をゆっくりと口に含んだ。

 あとでどうしてこんな振る舞いをしたのかアデライードにじっくり聞かなければならない。

「…分かりました。艦隊には伝えます。独立憲兵隊にも閣下の御意向を伝えるとともに、連邦首都星の憲兵司令部にも事前に連絡を伝えておきます。」


 そのあとは、気楽な会話だった。お茶請けに出したクッキーも激辛だったのは一つだけで、あとは何時ものアデライードのメリハリのきいたクッキーだった。

「それでは、提督、今後とも協力していきましょう。よろしくお願いいたします。」

「はい、閣下、今後とも協力を惜しむつもりはありません。よりよくしていきましょう。」

 …アデライードがどうしてこのような行動をとったのかをケンイチが察したのは、帰宅後にした荒々しいキスのあとだった。

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