4-3 被疑
恒星暦569年8月13日
惑星メダリア
従妹の遭難から5日。結婚の申し出をしてから8日。
どちらも進展がなく、ケンタは厳しい顔でオフィスに座っていた。誰も、ケンタの内心を知らない。
部下のイワン准尉などは連邦代表議員遭難の捜査に進展がなくて厳しい顔をしていると思い込んでいる。
「…困った。」
どちらも、どうやったら進展があるのかまったく想像がつかない。
シーラに結婚を前提に付き合ってくれ、と言ってから結婚してくれ、とお願いした間隔が短すぎたのだろうか。でも、結婚を前提に、と言ったことは、攻勢準備のための砲撃のようなもの。間を置かずにプロポーズをして何が悪いというのだろう。敵が混乱しているうちに塹壕に飛び込まなければ打ち倒されるのがオチだ。
「中尉殿。」
プロポーズ後、勤務あけに会おうと連絡をしても、どうもシーラにのらりくらり躱されている。
それとも、もともと見込みがなかったのか。結婚を前提に付き合ってくれ、と言った時点で相手は攻勢を予期して撤退し、塹壕に飛び込んだは良いが、もぬけの殻で、これから反撃の砲撃を受けるのだろうか。それとも、相手が正規軍と思っていたが、実はゲリラで逃げ出されたか。
「中尉殿。」
「はい、何でしょう。」
ようやく自分を呼ぶ声を認識し、反射的にケンタは立ち上がった。コウサカ憲兵軍曹が机の反対側に立っている。
自分が下士官を前に特異な行動をとったことに気がつき、笑みを浮かべる。
「行方不明者の中で怪しい人間を洗い出しました。」
乗客名簿は事故を起こした船が超光速航行を終えた時点でメダリア入域管理局に伝達はされていた。事故がなければそのまま入域管理局の情報は取り扱われただろう。だが事故が起きている。乗客名簿の裏を取るために、超光速通信により出港地の連邦捜査局に照会をかけ、連邦捜査局が関係者の身元を超光速通信で出身地にあたり…とすれば、5日などすぐに過ぎる。
「素晴らしい。」
5日で身元をあたり、怪しい、と評価されるとなると余程の反連邦活動家かエルフシンパだったのだろう。
そう思ってモニターを覗き込むと。、映っていたのはサトコちゃんだった。
一瞬、自分の目を疑う。そのままそんな馬鹿な、という言葉を発しそうになりかろうじて自制した。
「惑星メダリア出身、精神汚染の検査歴あり。ここから導かれる事に、この惑星に来た理由としては…。」
流れるようにコウサカ憲兵軍曹が話を続ける。
どのタイミングでこの男の台詞を止めようか。
ケンタは口上を聞き流しながら考えた。途中から真面目に聞いているのが馬鹿らしくなった。だが、真っ向から否定することはしない。
「なるほど。」
寧ろ、同意をするように相づちを打つ。
コウサカ憲兵軍曹が自分にこのような情報を口にすると言うことは、何らかの意図があってのはずだ。浅黒い口が良く動く様をぼんやりと眺めながらケンタは思案を重ねる。
「…君の疑念は良くわかった。で、保安省は何と?」
さらに暫く聞いていて、この軍曹が状況証拠と本人が思い込んでいる事象からサトコちゃんを被疑者だと思い込んでいることに気がついた。妄想の産物だ。だが、妄想が事実に近いこともごく稀にしばしばある。この妄想は隊内に共有されているのか?
「まだ保安省には情報を伝えていません。まずは中尉殿に。」
ここでどう反応すれば良いのだろう。
どや顔で立つ軍曹にケンタはどういう言葉をかければ良いか悩んだ。テロリストどもについてのデータベースがある保安省に話をせず、軍事警察に過ぎない憲兵隊がテロリストを見つけた、と?どういうフィルタをかけて検索したらそのような結論にたどり着き、こういう話の挙げ方になる?
サトコちゃんが自分の従妹である事はこの軍曹も知っているはずだ。
となれば、自分も疑われているのだろうか。
大きな鼻を膨らませている顔をケンタは暫く見つめた。
うん、疑われているな。サトコちゃんがテロリスト、となればこの惑星であう予定だった自分はその協力者第一号。さしずめ、自分と付き合っているシーラは第二号といったところか。
「では分隊長に君が持っている情報とそこから導かれる推測を隠さず伝えてくれるか?」
流石に、事実、と口にしたくなかったので推測、と口にする。
ケンタは、目の前の憲兵軍曹が本当に軍曹なのだろうか、と急に不安になった。実は憲兵軍曹、という役をしている高等警察出向者ではないのか。思想警察である高等警察出向者であれば、こんな訳の分からない理由でサトコちゃんを被疑者認定することもあり得るだろう。ケンタは、保安省でも独特な部門である高等警察は宗教警察に通じるところがあるという偏見を持っていた。
「何故彼女を被疑者だと思ったかは必ず伝えること。君も知っているだろうが、被疑者が親戚、となれば私もその関係者と疑われかねない。私が保安省にはこの情報を伝えなくて良いかと言っていたことも分隊長に伝えてくれ。それと。」
ケンタは不安になった自分に少し腹が立ってきた。
「君がこの女性を被疑者だと推測するからには、その女性の従兄である私はこの件に関わる事は適切では無い。」
勝手に疑っていろ。どう調べてもこちらは白だ。
ケンタは心の中で毒づいた。
言うに困って、鎮定艦隊司令長官の孫を被疑者扱いするとは。とはいえ、有史以来有力者の親戚がテロリストになる、ということは無いことではない。
となれば、テロリストである可能性は低い、という判定がでるまで自分は捜査から距離を置かなければならない。自分で勝手に判定するわけにはいかないから、自分は大人しくしておくのが一番なんだろうな。
「イワン准尉!」
ケンタは、コウサカ憲兵軍曹の不快な顔を視界から除くと少し離れた席に座っている部下に声をかけた。うっす、という声で大柄のイワン准尉がゆっくりやってくる。コウサカ軍曹はイワン准尉が隣に立つと、明らかに窮屈そうな態度を示した。
「准尉、すまない、君も知っているとおりコウサカ軍曹がマチダ・サトコが今回の事件の被疑者ではないかと推定している。」
イワン准尉はコウサカを明らかに迷惑そうに眺めた。だがケンタの話が終わっていないので、まだ何も言わない。
「軍曹には爾後の対処については分隊長まで報告するよう指示を出している。隠すつもりはない。今回、被疑者と推定されているマチダ・サトコは私の従妹で、先般の叛乱まで同居していた仲だ。ついては、私はこの件を含めて業務にこれ以上関わる事はできない。」
イワン准尉は、うなり声を上げると口を開こうとした。手を上げてそれを止める。
「申し訳ないが、暫く私の代わりに職務にあたって欲しい。私は…そうだな。当分年休も余っていることだし、私的な目標達成でにでも集中するよ。身辺の監視をしたければ端末を埋め込んでくれ。じゃあ、軍曹が分隊長に報告するタイミングに合わせて年休申請をするからよろしく。」
従妹はますます面倒に巻き込まれているみたいだ。生きてあうことがあれば、もうこの星に関わるな、と言わなければならない。
ともあれ。
ケンタは心を切り替えた。反逆者と疑われている以上、オフィスでは何も仕事にならない。
ならば、もう一つの懸案事項を先ずは片づけよう。彼女は押しかけたらあって返事をくれるだろうか。
手早く鞄に私物を詰めると、制服から私服に着替えるため、ケンタはロッカーに向かった。




