4-2 回航
恒星暦569年8月13日
メダリア星系
宇宙は広い。電磁波照射、光学センサーを用いてもどうしても見つけられないものもある。理由は幾つかある。単に広い、という特性が一番大きいが、次ぎに、センサーによっては見つけられないことも理由としては大きい。
例えば、肉眼という光学センサーだけが索敵センサーだった頃は光学迷彩が有効だった。森の中で森の緑に溶け込めば相手は見えにくくなるし、黄土の大地ではカーキ色が有効となる。もう一つ有効なのがカーテンとなる。物理的に光学センサーと観測物の間に障壁を設けるのだ。
センサーが機械である場合は理屈が違う場合がある。地上時代であればXバンドやSバンドといった特定の周波数の電磁波を照射する場合であるとその周波数を吸収したり、別方向に反射させることで「見えなくする」事でステルスと称していた。
それは、時代が移っても変わらない。特定の周波数の「特定」が変わることはあっても、全ての電磁波に対応することはできない。そのようなことをした場合、そもそも整備が大変になる。
そういうことで、ジャマイカ型巡航艦ジャマイカも見えるものは見えるが、見えないものは見えない、という前提で業務を行っていた。星系沖合に展開して惑星メダリアに戻る途中だが、この前提は変わらない。
「アクティブピン、打ちます。」
ランドーは30分に一度進行方向に向け起動する探知儀の発信宣言を行った。上からは発信待て、の指示はない。
民間宇宙船や隕石といった悪意のないものであればこの発信で危害の有無が分かる。この周波数は休戦条約締結の際エルフ達にも伝達されている。この周波数の波を感知しても敵対行動とは思わないでね、という趣旨だ。これによりエルフ達がその周波数から自分達を見えなくすることも考えられるが、宇宙海賊やエルフの艦艇であればパッシブセンサーや航路上に点在する偵察衛星により異状を拾うことができるはずだった。
「航路上に特段の異状なし。」
帰路というだけあって、どこか緊張感の抜けた声になっている。本艦の推進器から放たれる赤外線等がエルフの艦隊から観測されないように小惑星の影に隠れてから盛大に加速し、あとは慣性で帰るだけといった状況になれば、誰しも気が抜ける。
「4分後に軌道が重なりそうな小物体がありますので、適宜のタイミングで排除します。」
短距離光線砲で排除できるデブリは令なくして排除できるが、ランドーはできるだけ音声で宣言して記録に取る用にしていた。
「今回のデブリはなんなんすか?」
マオが馴れ馴れしく聞いてくる。
「岩石惑星の破片にしては反射率がおかしい。まあ、タイミングには関係ないけど。」
探知儀の反射率を見てマンソン三等兵曹が一瞬眉をひそめたが、すぐに気楽な声で続けた。
というのも、光線砲で四散するデブリはちょっとした乗員の娯楽になるからだ。距離が表示されると船内では発射タイミングの賭が始まることをランドーは知っていた。
今度寄港したときにマチダの奴に言ったらどんな顔をすることやら。
憲兵相手に話すことではない。とはいえ、デブリ排除について船内で誰が一番正確に予想できるか競争がある、程度は話しても良いはずだ。彼は機動歩兵出身だから、こういう細かいネタは知らないだろう。
久しぶりに寄港したら同期と会うつもりでランドーは顔を緩めた。
流れるような指使いで上陸許可申請を打ち込む。士官であれば申請は即承認となるが、その前に確認事項として地上の一般状況を把握したか、という項目にチェックを入れなければならなかった。
「世は全て事も…あらら。」
地上の一般状況として事故情報を確認する。
「ちょっと前にメダリアの大気圏突入に失敗したフネがいるみたい。」
乗組員達は惑星メダリアについてのニュースにまったく興味が無いので、ランドーの言葉は今更ながらニュースとして認識される。
「宇宙だともう酸素が尽きている頃ですかね。」
デニス兵曹長がぼそりと呟く。宇宙船乗りにとって、宇宙空間に投げ出されて酸欠で死ぬことは、宇宙服の空気漏れで死ぬことの次ぎに悲惨な死に方と認識されていた。
「…そうね。乗客乗員は…結構乗っていたのね。」
行方不明者のリストが流れる。
注意喚起マークが記載されている名前が幾つかあった。
「連邦代表議員が行方不明なんだって。救難カプセルの幾つかは、大気圏突入までは把握されていたけど、まだ見つかっていないのもあるみたいだし。」
連邦代表議員の名前をみたところでランドーは目をどんよりとさせた。自分の出身惑星選出代表議員。もし自分が寄港する際にまだメダリアにいれば、確実にあうことを要求され、地元のニュースに掲載されるパターンだ。
「選出星系は航宙士の出身惑星じゃないですか、心配ですね。」
何も知らないマオが無邪気に言葉にする。自分の親が誰に投票しているか教えてもらったことはないが、家庭での会話を思い起こすと、確実にこの議員ではない。
「そうね。まあ、無事だと良いわね。」
「大気圏突入まで把握されて今は行方不明ってどういうことですか?」
先程まで自分が口にしていたことを忘れたかのように、マオが話題を変える。
「大気圏突入の際にどこかにタイルが剥げて燃え尽きたか、まだ見つかっていないかだろう。」
マンソンの声は暗い。
「酸欠と空気漏れ、カプセルの中で焼き殺される、どれが一番苦しい死に方でしょうね。」
一々神経に障ることを紡ぐマオにランドーは一瞬きつい目つきを向けた。
どれも惨めな死に方に決まっているじゃない。
連邦代表議員以外の行方不明者はどれも記号だった。見つかれば御の字だし、見つからなければ遺族は可愛そうね、といったところか。
名前と年齢、顔写真が羅列される。
「マチダ・サトコちゃんか。いい年してもう死ぬなんて可愛そうに。こんな可愛い子だったら、死ぬ前に俺が…」
セクハラ規定に引っかかりそうな台詞を意識して避けながらマンソンが呟く。ランドーは、旅券に掲載された画像を見て、どこかで見たことのあるような印象を覚えた。
「はいはい、それ以上は口にしない。ウチの直でハラスメント発言は止めろ。分かっているだろうけど、一人がハラスメントをしたら、この直の皆でハラスメント防止講習を受けないといけないんだぞ。」
デニス兵曹長が警告する。
「へーい。」
下士官兵達が声を合わせる。
どこかで見たことがあるような気がするけど、気のせいね。それより、マチダに憲兵はこの件にどこまで絡んでいるのか聞いてみようかな。彼のことだから、事故処理に巻き込まれているだろう。
「はいはい、もし惑星上陸許可を申請するなら早目に書類を出してくださいね。審査に時間がかかるから、明日の当直時間までにまずは相談をするように。」
地上の一般状況に関する残りの記載を流し読みすると、ランドーは上陸してからの計画に思いをはせた。




