3-5 本部
恒星暦569年8月10日
惑星メダリア
漂流予測という手段は、地表(海面)に吹く風と海流、潮流、そして漂流物により計算式が組み立てられる。それらの変数を踏まえ、確率論的にこの海域にいる可能性が高い、という結果が出される。
宇宙空間を人類種が行き来するようになってもそれは変わらない。確かに地上時代より高性能な計算端末はある。光学衛星による地表の監視能力も、デジタル技術の進歩により確かに向上している。だが、全ての変数を埋めるには世界は広すぎた。
「どうして救難カプセルとモジュール式脱出装置がまだ見つからない、防空部隊は何を見ていたのか。もう40時間経っているんだぞ。」
シャトルの事故をうけての合同捜索会議でロブ・ピラトゥス少佐は浅黒い顔をゆがめ毒づいた。鎮定艦隊から、連絡将校をと言われて派遣されている。連邦高等弁務官は気が利いた士官を希望していたし、その配偶者である艦隊司令長官も気が利いた人間が派遣されていることを期待していたが、上の意向と実際に人を送り出す側の意向が合致しないことはままある。
ピラトゥスの発言に地元自治体等との合同捜索本部の空気は一変した。
鎮定作戦に従事した連邦軍の士官や下士官はピラトゥスの発言が鼓膜に届くと表情を消した。そして突然勤勉になった。彼らにピラトゥスをたしなめる気力はない。ピラトゥスは上官であり、いかなる意味でも友人ではない。
「軍曹、宇宙空間に漂流物はないか再度確認しろ。」
「もう一度、デブリを全てあたります。」
わざとらしい会話を始め、ピラトゥスと距離を置く。努力のかいはある。閾値の再設定といった検索条件を変えてレーダー資料を再精査したところ幾つかの救難カプセルの残骸らしきものが発見された。だが、破片の大きさから、その救難カプセルに仮に人間が乗っていたとしても生存が絶望的である事が判断されている。ただ、それが既に発見されているものの残骸なのか否かは誰にも分からない。
一方、地元自治体の職員のうち、従軍経験のない職員は、またピラトゥスが訳の分からないことを、と天を仰ぐ。連絡将校として派遣され24時間。彼の性格は既に表に出ていた。
他方、合同捜索本部で従軍経験のある職員達は、ピラトゥスの声を耳にすると、悪意を隠そうとはしなかった。数は意外と多い。
「まともな防空部隊なら、シャトルの大気圏突入くらい確認しているだろう。」
誰もたしなめないから抑制がきかず、ピラトゥスはまた口を開く。惑星メダリアを象徴している光景だった。連邦軍の無茶ぶりと耐える地元。もちろん、ステレオイメージに例外は多い。今回は、例外ではなかった。
「どうして管制が機能していない。」
自分の言葉に興奮して、ピラトゥスの口調が激しくなる。まわりは、しらけた雰囲気を隠そうとしなかった。
「どうして追跡が機能していない。」
ピラトゥスの発言は、意味を持たなかった。建設的な話であれば、誰もが耳を傾けただろう。死んだ子の年を数えるような台詞は誰も聞きたくもない。連邦軍の職員は、ますますどうでもいい事を確認して聞かないふりをする。他方、軍籍にあった地元自治体職員の顔色は恥辱にドス黒くなっていく。
そろそろ、どこかで誰かがこの男に因果を含めなければ、そんな思いを合同捜索本部の人間が抱くようになった。ただ、だれも火中の栗は拾いたくない。連邦に反抗的とレッテル張りをされ職を失うことや、上官に意見して目をつけられることは誰しも望むところではない。
ピラトゥスの非生産的な発言は続き、合同捜索本部の空気は悪化していった。
「しょーぅさー。」
旧自治都市軍で予備役中佐の階級を与えられていたコルドバ広域救助組合からの出向者であるハウエルが、夜空より暗い目をしらばく瞑り、意を決して口を開く。
独立戦争前であればこの男もこんなに態度がでかくなかったはずなんだけどな。ちょっと連邦にバランスが傾いたせいで。
ピラトゥスがこれまでの勤務地でも散々やらかしていることを知らないハウエルは、わざとのんびりとした話し方で話しかけた。
連邦艦隊の質量弾攻撃で乱心していた上官に使った手だ。
あの時は出て行けと言われて、施設を巡視するために出ていったら命拾いをしたんだっけ。
のんびりとしすぎたハウエルの呼びかけに、ピラトゥスはアーモンド型の灰色の目をよりつり上げた。士官学校卒業生、というプライドが周囲の景色を認識することを妨げている。
「何だ、こういうときだからこそ、問題点が顕在化した直後に対応を…」
馬鹿だ、こいつは。
ハウエルは演説を始めたピラトゥスの顔を暗然と見つめる。
どうして私の故郷はこんな連中に負けたのだ?いや、こいつらには戦術なんてものは無い。
ピラトゥスの甲高い声を背景音に都合良く連邦軍の駐屯地を巡る戦闘についての記憶を消去してハウエルは思考を続けた。
天空からの質量弾攻撃のあと、ブーツの爪先を恐る恐る海水に浸してきた連中だ。ただ、物量あるのみだ。だからこんな連中に負けた。
「そもそも。」
この男に何を言ってもどうしようもない、ハウエルがため息をつきながら事実を口にした。
「まともな防空部隊なんてこの惑星にはありませんで。」
その言葉に余計にピラトゥスは激高する。
「何を言っている、お前達の所属する自治体には軍があるだろうが。」
机に掌を叩きつけ、周囲を睨みつける。
これは。まずい。
保安省からの出向者は、独自のルートで現状を報告するため、携帯型個人用情報端末でどこかにこの光景の動画を送付していた。連邦軍の士官や下士官も流石に状況を無視できなくなっていた。仕事をしている演技を止めるタイミングだと認識する。
退役と年金受給まであと3ヶ月、ここでトラブルを起こしても、60営業日我慢をすれば、360時間いや、356時間我慢すれば良い問題だ。
「少佐殿、よろしいでしょうか。」
地元との対立は避けるべき、ここは猫の首に鈴をつけなければならない。そう判断した連邦軍のデイヴィス中尉が声をかける。
ピラトゥスは、反射的に怒鳴りつけようとし、相手がベテランの中尉である事に気がつき、唇を噛みしめた。
「…言え。」
ようやく言葉を紡ぐピラトゥスにデイヴィスは笑顔を向けた。
「宇宙空間に生存者は確認できません。自治体勢力が陸地上をもう一度捜索してくれ…ハウエルさん、してくれますよね?」
ハウエルが頷く姿にデイヴィスは言葉を続けた。
「自治体が行いますので、我々としては海面の再捜索を実施したいと考えます。ついては、艦隊司令部にもう一度捜索機の派遣を依頼してもらえませんでしょうか。私では1個編隊の派遣しかしてもらえませんでしたが、少佐ならば。」
ピラトゥスは不承不承頷くと、艦隊司令部に連絡をつけるため秘話通信機のある部屋に向かった。
デイヴィスはその後ろ姿が消えるのを確認すると、困った笑顔で本部内を見回した。
「さあ、我々は我々の仕事をしましょう。」




