3-4 初動
恒星暦569年8月8日
惑星メダリア
シャトルに事故が発生し、惑星全体に救難カプセルとモジュール式脱出装置が散った、という連絡を受けたのは、入念に除臭したスポーツカーで宇宙港に乗り付けたタイミングだった。
着信音がする。
義理の祖母が余裕のない声で音声メッセージを送付していた。
「ケンタ君、サトコちゃんが乗船していたシャトルに事故が起きたみたい。」
天を仰ぐ。夏の終わりから秋の空が広がっていた。
空には鳥が飛んでいる。この前マサヤ君の本棚に手を伸ばすと、メダリアの鳥、という図鑑があった。あれはクマタカのはずだ。
考えがまとまらない。あの叛乱で大切な人たちを多く喪った、というのにまだ慣れることはできない。
シャトルで事故。
可能性は色々ある。
事故が起きたみたい、と言われても、ケンタにできることは少ない。いや、無い。憲兵隊は捜索救助業務を所掌に持っていない。仮に持っていたとしても、それを実行する能力は限られている。簡易装甲服でもあれば陸上の近場の捜索救助業務なら対応できるだろう。
だが。
「どうしたものか。」
それにケンタは分隊士にすぎない。
暫くどうしたらいい考える。とり急ぎ、と直上の上司である分隊長に知り得た情報をテキストで報告する。
目の前の景色は変わらない。あのペロー氏大尉が指揮する分隊にまだ特異な動きはない。
分隊長は、すぐに憲兵隊長への報告する。ケンタはブラインドカーボンコピーという古典的な方法でそれを知った。直ちに車の電源を入れる。
宇宙港周辺の捜索救助業務は、コルドバ広域救助組合が担当していた。だが、彼らにしても基本大陸周辺での捜索救助業務能力しか持っていない。大陸全般に及ぶような大規模な事故が発生した場合、全天候、広域での活動が可能な集団へ助力を求めることを検討することになる。だが、頼みとなる自治都市メダリアの軍は解体され、各市の航空部隊には足の長い機体は少ない。
「生存確認ができたカプセルの位置を特定せよ。」
救難信号を受信した当直の班長が余裕のない声で班員に指示を出す。
せいぜい交通事故が起きた、火災が起きた、自殺企図者がいるといった連絡しか入らない広域救助組合に、いきなり大規模遭難、それも航空宇宙案件は主すぎた。
「あのー。」
その間にも、子供がこけてすりむいた、しゃっくりが止まらないといったどうでもいい案件の連絡がひっきりなしにかかってくる。
むしろ、食事の時間帯であったため、賞味期限が切れた食品を食べて食中毒になることはないか、アンティークの金属マグカップに熱い紅茶を入れてもったら手が赤くなった、といった問い合わせを有人指定で対応要求してくる。
この時間帯は、普段でもばたついているというのに、シャトルの事故情報という時点で通常の当直体制では限界が来そうだった。
「何だ。」
目を見開いたままの班長がのんびりとした声を出す班員にきつい声で応じた。すぐに班員が固まった事に気がつき、努力して、声の調子を整える。
「ああ、すまない、みんな。大丈夫かい?…スミスさん、どうかしましたか?」
下手に声を荒げて「傷ついた」と人事当局に通報された場合、有無を言わさず勤務時間後にハラスメント防止講習を受ける必要がある。実際にそれがハラスメントで無くても関係はない。それを機会に講習を受け、心構えを見直しましょう、となる。
気がかりは、きつい声で応じた人間だけでなく、周りの人間も「傷ついた」と言いかねないことだった。特にこの班には有名人がいる。
先ずは、皆の心のケアをして、話しかけてきた班員に応じる。
「連邦に連絡しなくても良いんですかね。」
何を言うか、どうして連邦に…
心の中で3つ数える間に、連邦への悪意が心の中で噴出した。
「…スミスさん、どういうことですか?」
念のため、さらに心の中で3つ数えて確認する。
「はい。大陸上空で事故が起きたのなら、我々が対応する話です。でも、大気圏に入る際の事故、それも大陸上空での事故ではありません。」
スミスは、髪の毛を掻き上げ、話を続けた。
「我々は、コルドバ広域救助組合の職員です。どうして惑星全体の捜索救助業務を我々がしなければならないのです?これは連邦高等弁務官事務所の話ではないでしょうか?偉そうにふんぞり返っているのなら、それなりに働いて貰わないと。班長、そう思いませんか?」
そうだった。スミスの妹も、独立闘争で連邦軍と闘い命を落としている。普段は隠しているが、時折噴出する反連邦感情はかなりのものだ。
「そうだ。連邦高等弁務官事務所には私から連絡を入れてくよ、よく伝えてくれたね、ありがとう。」
これでハラスメント講習は逃れられたかな、班長は背中に流れる嫌な汗を感じながらスミスに笑顔をむけた。
…後日、班長は人事課コンプライアンス班からハラスメント講習を受けるよう通知があった。班にいた有名人から、スミスに向けた笑顔が性的関係を持つ人間特有の笑顔に見えて、性的に気持ち悪かった、という通報があったのだ。もちろん、事実ではないし、人事課コンプライアンス班も事実ではないことを知っている。だが、制度だった。
広域救助組合からの連絡を受け、連邦高等弁務官事務所はすぐに艦隊司令部と現地連邦軍に連絡を取った。幸い、軍と高等弁務官事務所の関係は悪くない。どこからのルートで情報を仕入れていたのか何隻かの艦艇には非常呼集の指示が出ていた。
併せて、超光速通信により遭難の事実を連邦首都星に速報する。
「光の遅さがここまで気になるとは、私も歳かしら。」
はい、という返事を言えるものなら言ってみろという雰囲気を醸し出して、アデライードは連邦代表議員を迎えるために乗ってきた車の天井に顔を向けた。目の前に座っている総務課長は、賢明にも表情を隠している。
「連邦議会と行政府への速報は終わったし、あとは…」
「具体な捜索活動を協力して行うため、仮想空間に各自治体のトップを呼びつけています。」
話題が切り替わった瞬間、総務課長は食いついてきた。
「そうね、形は大切よね。」
アデライードは、自治体のトップが集まることには象徴的意味があると考えていた。 これを機に連邦高等弁務官事務所は地元自治体との関係を改善するための施策を順次拡大していく。自分が在任中、そしてこの一度で上手くいくとは思わないが、まずは一歩踏み出さないと。
全てを利用してこの星を独り立ちさせないと。何時までもここで連邦が金を溶かすわけにはいかない。さっさと当初のルートに戻って、星系自治の獲得を。
とはいえ。
一度で上手くいくとは思わないが、まずは一歩踏み出さないと。
全てを利用してこの星を独り立ちさせないと。何時までもここで連邦が金を溶かすわけにはいかない。さっさと当初のルートに戻って、星系自治の獲得を。
とはいえ。
来る予定だったあの連邦代表議員の豚はどうでも良いけど、ケンイチの孫のサトコちゃんには生きていて欲しいわ。
「会いに行きます。できれば鎮定艦隊からヒトをちょうだい。話が分かる佐官がいいわ。」




