3-3 事故
恒星暦569年8月8日
惑星メダリア
軌道エレベーターを喪って以来、メダリアと宇宙空間との移動は、シャトルを使うこととなっていた。地表に人類がいた頃のシャトルとエンジンの出力や断熱材の素材に変化はあっても、発想としてはと変わらない。変わった点はどれだけ推進剤と冷却剤を使うかの問題。
窮屈な宇宙服に身を包むと、乗客はそれぞれに割り当てられた個人用脱出カプセルに潜り込む。カプセルに限っていえば、客室の上下に差はなかった。あまりに巨漢である場合、カプセルに入ることができないため、シャトルの操縦席後方に位置する席にすわることになる。もし仮にシャトルに障害が発生した場合、カプセルと操縦席のモジュール式脱出装置はシャトルから分離され、落下傘で地表に降下する。これも地表時代の有人ロケットや戦闘爆撃機のモジュール式脱出装置から発想は変わらない。やはり素材の変化があるだけ。もちろん、そのおかげで骨折事故等は減少しているが、いざとなったら人体を複製してしまえば良い、という割り切りが地上時代初期と異なっている。
「いやあ、いよいよ地上ですね。」
相変わらずつきまとうハンスだかヨハンだか名前を忘れている男が個人用だ出カプセルに入る前に声をかけた。前の方では、ビア樽のような体型の連邦代表議員がモジュール式脱出装置にえっちらおっちら歩いていた。
返事をしたくないので、バイザーを下ろす前に笑みを浮かべる。
「サトコさん、ちゃんとカプセルに座っていてくださいね。」
ダニエルだかマークだかの声は意味深だったが、サトコは気にも留めなかった。アンドロイド乗務員が一人一人のカプセルへの着席状態を確認する。機械が行うだけあり、手際は標準的、漏れもない。
やがて、カプセルの扉が閉まる。各種センサーが同時に気密状態やカプセルの耐熱パネルの設置状況を確認する。全てのカプセルとモジュール式脱出装置の安全点検が終了すると、心を落ち着かせるような音楽が流れ、やがて宇宙服のバイザーに注意事項が表示された。
「ごく稀に揺れることがありますので、大気圏突入時にあっては歯で舌のこけ等を取るようなことはせず、舌を噛まないようお気をつけください。」
一般的注意事項に混じり、そんな記載を見つけ、サトコはクスリと笑った。
何、歯で舌のこけを取るなとか、舌を噛まないようにって。
警報音がして、サトコを惑星沖合まで運んでくれた貨客船からシャトルが切り離された。
静止衛星軌道に停泊する貨客船から切り離されたため、新たな動きを感じる。とはいっても、老若男女の搭乗を想定しているため、よくよく気にしないと感じない程度であった。
モニターの映る画面を選択すると、徐々に宇宙船が遠くなる。銀色に輝く宇宙船は船影から線、そして点となった。そんな景色に飽き、画面を切り替えると惑星メダリアが大きく迫ってくる。
「皆さん、まもなく、本機は宇宙空間から大気圏に突入します。」
機長の渋い低音が鼓膜を刺激する。惑星メダリアのように支援設備が十分ではない場合、シャトルに人間の船員が操縦者として搭乗することを連邦宇宙輸送法は求めている。とはいっても、基本的な操作はAIが処理するため、機長資格があれば誰でも良かった。地上時代の豪華客船における救命ボートの責任者程度の扱いだった。緊急を要する場合には、アンドロイド乗務員が搭乗することも認められている。その程度だった。
今回の場合、連邦代表議員が搭乗していたため、儀礼的に一等操縦士が機長を務めている。
「お怪我の無いよう、モニターに記載された注意事項を今一度ご確認ください。」
そうはいっても、滝のように流れる文字列を読み取れる人間は少ない。多分に儀礼的なアナウンスだった。ただ、どうしても知りたければAIが関心のあるところを丁寧に読み上げてくれた。
その間に、窓の外がゆっくりとオレンジ色になり、やがて火の玉色となる。
「サトコさん、聞こえますか?」
シモンだか何だかの声が耳に入ってきたのは、外が火の玉色に包まれて間がない時だった。
「聞こえますよ。」
あまりにしつこいから、何か言い返そうとする前に、男の声が被さる。
「サトコさん、出発前に言った言葉を覚えていますか?」
しつこい男に何を言われようが、覚えているわけがない。ただ、それを否定するには、男の声は不気味だった。
「さあ、これから連邦の豚に良いものを見せてやりますよ。メダリア独立万歳!メダリアに栄光あれ!」
妙な笑い声がすると、耳を聾する様な警報音がカプセルの中に響いた。
「警報、警報、本機は現在問題が発生。これより、直ちにお客様の身の安全を守るための行動に移ります。お客様は安全装置を今一度ご確認ください。」
は?どういう意味?
モニターの画面が求められる行動をテキストで機関銃のように流していく。それに併せて、カプセルのありとあらゆる安全装置が、サトコを拘束していった。首も、手も、足も、胴も動かせない。瞼と鼻の穴が開く。口が開きそうになったとき、あの「歯で舌のこけ等を取るようなことはせず、舌を噛まないようお気をつけください」という台詞が思い出された。
悲鳴を抑えるため、奥歯を噛みしめる。大気圏突入時にある空気の海に入る際の音と光、振動に別方向の加重が加わった。
シャトルからカプセルが射出された振動だった。
すさまじい重力加速度に、サトコは気を失った。
「…」
どれくらい経ったのだろう、意識を取り戻す。首が動く。指先も動く。
生きている?
拘束が緩み、モニターを見る余裕ができる。
モニターには、非常脱出成功、現在救難信号発信中、今暫くご不便をおかけします、という文字が流れていた。
「えっと…」
分かりたくないが、状況はどうやら不味いらしい。シャトルで大気圏に突入していたが、何らかの理由でシャトルに不具合が発生し、非常脱出機能が働いた。そして、自分の乗っているカプセルについては、無事に機能している。
モニターの右肩に赤い点滅がしている。
個人用脱出カプセルが機能したということは、手荷物の中に入っていた着替えやお気に入りの縫いぐるみは全てなくなった、って事かしら。
「脱出カプセル023号聞こえますか?」
機長の渋い声と違う声がする。若い女性の声だった。声にまったく余裕がない。問い詰めるような鋭さがあった。
「こちらは捜索救助コントロール。脱出カプセル023号、応答願います。」
「…あ、はい。」
サトコは、うろたえた声で返事をする。
「あぁ、良かった。こちら捜索救助コントロール。これより貴女の救助に向かいます。今暫く時間がかかりますが、耐えてください。あと、もう暫くしたら開傘しますので、舌を噛まないように。」
また舌を噛まないようにって…
サトコは緊張感無く思考を垂れ流した。だが、捜索救助コントロールの助言は正しかった。直前に再びシートが閉まるとすごい衝撃があり、サトコは再び気を失った。




