3-2 返事
恒星暦569年8月5日
旧自治都市メダリア
シーラは、行儀悪く外出用のジャケットまで身につけたまま、ベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めていた。
今日、これからどのような顔で外出して良いか分からない。
もうすぐ、マチダ君が車で迎えに来る。
4日前、彼から結婚を前提とした付き合いを申し込まれていた。
その時、シーラはすぐに返事ができなかった。彼からあんなことを言われるとは想定外で、シーラは完全に奇襲を受けたからだ。
今思い返しても、混乱する。どうして今迄あんなに彼が自分に逢うことを求めていたのか、あの発言を聞くまで理由が分からなかったからだ。
中尉という馬車馬よりも働かなければならない時期に仕事をそこそこに自分に逢いに来るな、出世は大丈夫か、程度の認識だった。
それはそうだろう。
自分は、連邦の軍人からしたら反乱軍の元士官。地上時代であれば永久凍土に穴を掘らされ、後頭部から打ち抜かれていた存在だ。それをよりによって頭を打ち抜く側の憲兵中尉が。
「ああ、訳が分からない。」
枕に顔を押しつけたまま呟く。流石に黒髪をかきむしったりはしない。
独立闘争発生前であればまだ分かる。
士官学校出身の士官が赴任先の女性と恋に落ち、という話は自分が隠れて読んでいた恋愛小説にも出てきたことがある。自分をこの地底から救い出す白馬の騎士がいることを夢見た女子学生だったこともある。
年齢イコール彼氏いない歴、学級委員タイプ、真面目だけが取り柄と陰口を叩かれる存在だからといって、灰色の瞳に何も夢見ないわけではない。
連邦からの新人士官を歓迎するパーティーが企画された時、連邦のサラブレッドと知り合えることを期待しなかった、といえば嘘になる。まさかあんなに歳下とは思わなかったが、実家からの結婚の圧力を受けていたのでハイハイ、と二つ返事をしたところだった。
それが、あの馬鹿な政権与党の連中が暴走したせいで全てが台無しになった。パーティー用に仕立てていたドレスも着れなかった。
結局、情勢の変化で戦地であうことになった。高等弁務官事務所公務員宿舎で会話を交わす前に彼の個人情報を確認し、彼の心を射止めた地元の少女に羨望を抱いたのは確かだ。だから、つい、冗談めかして結婚の可能性を口にした。あの時の彼の困った顔とやりとりは覚えている。自分が積極的に異性と話した初めての会話だった。
そして、敗戦。
彼はその前に散々やらかしてくれた。連邦職員家族を守りつつ安全な場所に避難させた後、文字どおり最後の一人になるまで戦い、部下を戦わせた。刀折れ矢尽きるまで自治政府の継戦能力に最大の打撃を与えるべくインフラを破壊した。彼が直接指揮をする部隊の行動は、本当に嫌になるくらい自治政府の弱点を突いた。
「私はどうしたら良いの。」
そんな連邦政府が求める下級将校を体現するような彼と再会したのは、あの時に仕立てたドレスをせっかくだからと着てホテルに食事に行った際。自分が独立闘争勢力と距離を置いていたから、嫌がらせに連邦関係者と協力者の椅子近くに座らされそうになった。それをはっきりと躱し、身を守ってくれた。
その後、自分が独立軍の一員だったことを忘れたように、あうことを求めてきた時にはびっくりした。
それだけではない。
あの夜、自宅近くに車を止めると、手を握って、結婚を前提に付き合ってください、といきなり伝えてきた。
咄嗟に返事ができなかったシーラに彼は暫くして、今返事は求めていない、次ぎにあった時の帰りにでも教えてくれ、そう言って解放してくれた。
気が重い。
もうすぐ出発時間であることを告げる警報音が響く。
「お嬢様、時間です。」
アンドロイドのメイドが控えめなノックとともに声をかける。何故かメアリー型、ジェーン型等の商品名が設定されておりメアリー型の方が若干高値で販売されている。
「ジェーンありがとう。」
のろのろと立ち上がると、ジェーンが服を整えてくれる。
「お嬢様、今日もお美しいです。」
軍にいた頃には「凜々しい」と言ってくれていたアンドロイドは、シーラが軍人ではなくなった瞬間から、「お美しい」に褒め言葉を変えていた。
「あら、またマチダさんと?」
部屋から出て、居間に足をすすめるとメアリー型のアンドロイドに茶を淹れさせていた母親のコルネリアがシーラに顔を向けた。シーラと違って豊かな金髪。抗年齢措置のおかげで歳の離れた姉のような姿だった。
彼との会話は、常に母親には報告していた。爆弾テロのあと彼に送ってもらったあと、変な虫がついてはいけない、と報告を求められている。
当然、結婚を前提にという話はしている。
「ええ。どうしたら良いと思う?何が正解だと思う?」
軍にいたときとは真逆の優柔不断さで母親に聞く。
「そうね。分からない。」
コルネリアははっきりと答えた。求めていた答えと異なる回答にシーラは不服そうな瞳を向けた。
「だって、私は貴女じゃないもの。連邦の軍人さんと結婚する、という事はこの惑星から離れるということでしょ。私はこの惑星からでたのは新婚旅行にいった時だけ。」
そうだった。自分と同じく母は外の世界をしらない。
「だから、分からない。この惑星は暫く不自由になると思う。多分、貴女が死ぬまでには自治権は復活しない。お祖母様に聞いたような時代が続くの。でも、ここは生まれ育った星。私は満足している。」
母親はお茶を一口含み、喉を潤した。
「マチダさんと一緒の暮らしだと、この星の柵からは離れる事ができる。独立のことも、自治権のことも、気にしなくて生きてられる。ファッションだってここよりは素敵だろうし、色々な設備が整って便利だと思う。」
母親のヘイゼルの瞳がシーラの灰色の瞳に固定された。
「私だったら、という答も貴女にはしない。私が生きる時代、残された時間、貴女がこれから生きる時代、貴女の子供達がこれから生きる時代は皆違う。だから、貴女が決めなさい。正しい、という言葉に囚われなくてもいい。どうであっても思い出した時に笑顔だったらそれでいいの。」
そこで茶目っ気のある笑みを浮かべた。
「彼、真面目そうだから、貴女一筋で頑張ってくれるんじゃない?貴女が今彼を愛しているか、彼が好きかはそんなに問題じゃない。愛しているから結婚するんじゃないの。結婚する瞬間に愛は必要じゃない。結婚生活を続ける気があるからお互い協力し、どうせ協力し合うなら上手くしたい、と思える相手ならお互いを思いやることができるようになる。それでいいじゃない。」
別の企業の御曹司と政略結婚しただけあり、母親の言葉には含蓄があった。
「それとも、地元の人が良い?コルドバ電力のところのミカエルさんなんてどう?彼なら、この惑星からでなくて良いわよ。」
少しふっくらした男性が立体映像で映し出される。彼のことはよく知っている。彼との一生はきっと平凡なものになるだろう。
「さあ、シーラ行ってきなさい、マチダさんが家の前に車を止めて待っている。あまり待たせないようにね。」




