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3-1 役割

恒星暦569年8月3日

旧自治都市メダリア高等弁務官宿舎


 ケンイチは、アデライードの機嫌が悪い際の対処方針を心していた。

 同意すること。

 共感すること。

 話を聞くこと。

 優先順位はその時の目つきによる。

 今回は、話を聞き、共感し、同意することが求められている、そう判断していた。

「あの阿呆議員。ヒトの夏休みを台無しにして。」

 額縁には、息子家族の画像、そしてほんの少しケンタとサトコの画像が混じって表示されていた。

 もう一つの額縁は、ケンイチとアデライードの二人きりの画像。

 冷凍保存した過去の卵子とケンイチの精子を受精させ、胎内に戻して以来、タダでさえ不安定なアデライードの機嫌は、「視察」を要求する連邦代表議員のビデオレターを見るごとに悪くなっている。

「これが最後のチャンスなのよ。私だってもう若くない。貴男との子供を産み育てる最後のチャンス。」

 60代後半になり、抗加齢措置にも限界が見えていた。過去保存していた卵子を人工授精して胎内に戻す、という行為を何度かして、産婦人科医にそろそろ肉体的にも限界が近づいている、今回が自分の体で産み育てる最後の機会だろう、そう宣言されている。

「そうだね。愛してるよ。」

 できれば自然受精したかったが、お互い最早そんな歳ではなくなっている。

「なのに、あの議員ときたら、ここに行きたい、あそこに行きたい、一人で勝手に行けば良いのに。」

 国権の最高機関である連邦代表議会の議員「様」が対応を要求するとなれば、たかだか一辺境惑星の高等弁務官ごときが抵抗できるものではない。「激励」を受ける対象である鎮定艦隊司令長官と議員の対応は同じではない。

「まったくだ。僕も君と二人きりの時間を過ごしたいのに。良い迷惑だ。」

 荒れた妻の頬に口づけをする。

「君のような美しい女性をみて、連邦代議員が心を奪われたらどうしたら良いか分からないよ。」

 銀髪の髪の毛を優しく撫で、優しく唇を重ねようとする。何時もなら、これである程度落ち着くはずだった。だが、今回はそれはかなわない。

「嘘おっしゃい。」

 あ、言い過ぎた、地雷踏んでしまった。

 ケンイチの体が一瞬止まる。

 不安定なアデライードは、神話に出てくる嫉妬の女神も吃驚するほど嫉妬深かった。いや、この惑星における最高位の女性なので、彼女はまさに嫉妬の女神なのだろう。

「貴男はそう言いつつも別の女と結婚したじゃない。」

 もう40年近くの話を蒸し返してくる。これは初期消火に努めないとあとが大変になる。

 学生の頃の防火訓練で、「初期消火失敗、隔壁閉鎖!」と叫んで一緒に手を取って逃げ出していた頃を思い出し、ケンイチはクスリと笑った。

「何よ!」

「いや、学生の頃、君と防火訓練で手を取り合って逃げ出したことを思い出してね。」

 あの時は、幸せだった。そう言葉を発さずに続ける。彼女は文字どおり若く、自分も若かった。親の決めた許嫁なんて二人の恋路を妨げることは出来ないと思っていた。

 ケンイチの雰囲気にアデライードは怒る気力を失ったようだった。

「あのあと、教官にかなり言われたよね。」

「おい、訓練をデートの場に変える不届き者はお前達くらいだ!なっていない!でも、対処は完璧だったから、見なかったことにしてやる。」

 教官の口調を真似してケンイチはアデライードにキスをした。

「アデライード、体調不良を理由に無視したらどうだ?」

「それはできない。」

 ケンイチは眉を上げ、続きを促した。

「あの便には、サトコちゃんも乗っているの。サトコちゃんを迎えて連邦代表議員を迎えないって選択肢は行政官としてあり得ない。」

 ケンイチの表情が厳しくなる。警護対象が二つ、同時にやってくる。テロリストどもにとって、最高の環境だった。連邦代表議員を襲えば連邦のメンツは潰れ、サトコを襲えば鎮定艦隊司令長官と連邦高等弁務官個人にダメージを与えることができる。

 超光速航行を終えたあと、惑星外縁まで駆逐隊が警戒している。巡航艦が2隻、エルフどもに睨みをきかせている。なので、エルフの意を汲む宇宙海賊の襲撃はまず考えられない。宇宙空間では心配はそう要らないだろう。

 だが、この惑星にひとたび上陸すると、入域審査官から沿道に立つ広域警察組合、その下請けである警備会社に従業する旧自治体警察出身の警備員まで、全てに気をかけなければならない。

「サトコは、今回で父親の遺産を整理しようとしている。」

 ケンイチは、息子が住んでいた家を思い浮かべた。今は常に完全武装のアンドロイド兵が警護して、ようやくテロ攻撃を防いでいる。孫は気がついていないかも知れないが、反連邦主義者のテロ活動の標的になったことは、一度や二度ではなかった。

「…記憶の管理に不具合が生じるかも知れない。」

 アデライードがボソッと呟いた。

「洗脳技術が向上した、と言っても完全ではない。どこで記憶が戻るか分からない。できれば、彼女にはこの星には来て欲しくなかった。」

 遠く離れた星系に住む義理の弟夫婦に預けたのは、距離的な障壁を設けるため。二人の退職が認められるまで粘り、遺産を売り払い、ケンタ君とともにこの惑星から縁を切るつもりだった。

 夏休みに来ても良いよ、と言ったのも表向き。旅行の予約が完了する前に間に合うよう送付した情報は、間に合わなかった。彼女が想像以上に手際が良かったことと、何らかの理由で彼女の元に情報が届くことが遅れたこと。出発報告を受けたとき、頭を抱えたものだった。それもよりによって連邦代表議員と同じ船。

「で、サトコちゃんはどうするの?」

 連邦代表議員が去るまで連邦高等弁務官は張り付かなければならない。艦隊司令長官が宇宙港まで迎えた場合、彼女が艦隊司令長官と高等弁務官の関係者であることが公知の事実となり、テロリストどもに標的を提供することになる。公人の自覚のある連邦代表議員と異なり、サトコにそのような行動を期待することはできない。

「仕方が無い。ケンタ君に面倒を見て貰おう。」

「ケンタ君に?」

 ケンイチは頷いた。彼が自分に隠れて地元の有力者の娘と逢っていることは知っていた。孫以外の娘と付き合うからには、あの病院で約束したことを違うことについて、責任を持って貰わなければならない。

「ああ。別の女を選ぶのであれば、きちんと説明をしないと。相手が納得するかは別として、彼には責任を取って貰う。」

 そこで、全身が凍り付くような冷気を感じ、アデライードを恐る恐る見る。ケンイチは、アデライードの能面のような笑顔を見て、身動きが取れなくなった。

「貴男の孫ですもの。きちんと説明できるかしら。」


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