2-5 船内
恒星暦569年8月1日
メダリア星系
超光速航行を終了したタイミングだった。
ピピッ
個人用携帯情報端末から警告音が発せられる。
確認すると、大叔父宅に帰宅後の推奨スケジュールが表示がされている。優先度は比較的高い。
「っうっわ。」
赤い眉を寄せて表示内容をしっかりと確認する。
記録では、恒星間移動はもう何度もしている。
おそらく、地上時代のどの人類よりも宇宙空間を進んだ距離は長いだろう。 宇宙空間において浴びたであろう放射線量が一定値を超えたので、宇宙港において遺伝子レベルでの検査を受けるようにという医療上の警告だった。
茶色い瞳が見開かれた。
すぐに遺伝子レベルでの検査について医療相談で無料検索する。
検索結果の上位にあまりに遺伝子の損傷が激しい場合、脳移植を含めて対応が検討される可能性がある、とあった。
執筆者と執筆年を確認する。
医師本人が執筆したのか。医師の監修を受けて一般人が執筆したのか。実はボットが執筆したのか。そして何時の情報か。
別の検索結果にアクセスし、最新の専門医による執筆であると「ごく稀に」という形容詞が着いていることを確認し、最初にアクセスした検索結果に下向き親指を押す。
「メダリア星系に到着しました。」
テキストで大叔父夫婦、祖父夫婦に情報を送信する。
それから手鏡で姿を確認し、動画で従兄に情報を送信した。
「皆様、本船はただいま超光速航行を終了し、これより惑星メダリアに向かいます。」
シートの前に設置された案内モニターには客室乗務員のバリトンの室内アナウンスとともに、惑星メダリアの姿が映し出される。見たことはあるのだろうが、記憶に残っていない景色。
自転周期、公転周期等地球に近似。人類種が住みやすいように惑星改造中。仮想窓を幾つか弄るごとに情報が出てくる。
これから星系自治権だって獲得する予定です。ご覧のようにこの惑星は発展していきます、是非皆さんこの星に移住してください。
コルドバ大陸合同観光協会のクレジットが左肩に表示されている動画は、そんな感じの明るい未来をアピールしていた。
でも、何か嘘くさいよね。
「注意事項?」
自然環境や観光名所の検索結果の右肩に赤い点滅がある事に意識を向ける。
チェックを入れると、滝のように情報が流れ出す。慌ててフィルタをかけ、注意事項を整理する。
アデライードさんから旅行前にインストールを進められたアプリからの情報だった。
「…何これ。」
サトコは、目を見開いた。
サトコは旅券を発行するにあたり、任意記載で父母親戚に連邦関係者がいる、と記載していた。それを受け連邦関係者への特記事項が延々と記載されていた。
惑星メダリアでは、連邦関係者は特にテロの対象となる。
太字で書かれている情報につづき、どのような行為が推奨されないか、どのような行動が推奨されるか、が続いていた。
「うっわ。」
途中で読むのを諦め、睡眠学習項目にチェックを入れる。これで次ぎに休憩を取ったあと、注意事項はあらかた頭の中に入っているはずだ。
その後、連邦関係者以外も含めた特記事項に目を向ける。
「…」
顔から感情が抜けた。
祖父の配偶者から、是非このアプリから旅行安全情報を入手した方が良いと勧められたが、とんでもない内容だった。
曰く、若い女性の一人旅はよく考えましょう、昼間の街中、路上であっても性犯罪にあう可能性があります。
出発報告をしたあとにアプリを紹介してきたけど、こんな記載があると分かっていたら、大人しく大叔父宅で夏休みを過ごしていただろう。
この項目も睡眠学習項目にチェックを入れ、サトコは朝食を取るために船内レストランに向かった。
「おはようございます。」
レストランでは、この便で一緒になった金髪に緑の瞳をした若い男がしつこく声をかけてきた。たしか、ジョンとかショーンとかいう名前の男だった。
何でも、連邦高等弁務官事務所で課長をしているひとの息子らしい。自分がいかに重要な人物の子供であるかをアピールして、ナンパをしてきていた。
「おはようございます。」
確かに高そうなものを身につけている。自分では格好いいと思っているのかも知れないが、身にまとっているものと中身にギャップがありすぎた。20代のくせに、腹が少し出ているとかあり得ないでしょう。
サトコは、愛想笑いを浮かべるとこれ以上の会話を避けるため、迷惑ですオーラを全開にした。黙ってビッフェの食事を皿に載せていく。
「サトコさんは小食なんですね。」
でも、相手はずかずかと土足で踏み込んでくる。
聞かなくても自分から話したことが事実であるとすると、今研究機関で学者になるかそれとも実業の道に進むのか悩んでいるらしい。
自分と付き合ったら良いことがあるよ、というのが要約した内容。
こんなにしつこく声をかけてくるなら、名前を教えなければ良かった。
「まあ、朝はちょっと食欲がわかなくて。」
高等教育機関で迫ってくる同級生や上級生の方がまだ慎みがあった。自分が迷惑ですオーラを出すと、それ以上の追求はしてこない。
「そんなんじゃ、一日の元気が出ないですよ。研究報告に依れば…」
軽い。
この男は何を偉そうに意味不明なことを話しかけてくるんだろう。
八割方聞き流しながら、サトコは席に着いた。さも当然のように向かい側に男は座る。
「…サトコさん、サトコさん。」
適当に相づちを打ちながら食事を済ませていると、ジョンだかショーンだかがしつこく名前を連呼してきた。そろそろ耐えがたくなってきた。
「何でしょう?」
茶色の瞳に迷惑です、と大文字で記載して素っ気なく返す。
「どうです、食後、もう少しお話を場所を変えてしませんか?」
は?何言ってるの、この男。
惑星メダリアまでこの男にずっとつきまとわれると思うと、サトコはげんなりした。
そりゃ、おじさんは行くのを止めるよね。大人の言うことをもう少し真面目に聞いていりゃ良かった。
「すみません、用事がありますので。」
まだ話しかける男の言葉を打ち切ると、サトコは自室にさっさと戻っていった。




