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2-4 自問

恒星暦569年7月27日

惑星メダリア 旧自治都市メダリア郊外


 報告書の結論は、黒又は濃い灰色ではない、だった。再会したタイミングでは、指名手配や注意喚起対象のリストからの検索。今回は、特定の人間を対象とした身体検査。

 一緒にホテルで反連邦組織によるテロ攻撃を受けたシーラが、テロ攻撃を受けた時点では反連邦組織と関わりがある可能性は高くない、という身辺調査報告書へのアクセス権が今付与され、ケンタはすぐにそれを読み込んだ。

 色々書いてあったが、それが結論。

 であれば、シーラと接触を続けることに問題は無い。…はずだ。


「…安心して良いのかな。」

 この手の組織で時間を過ごしていると、全てが信じられなくなってくる。

 シーラが黒又は灰色ではないのはあの攻撃を受けた瞬間。

 あのあと、一緒に憲兵隊に行き、色々な検査や調査を受け、自宅にシーラを送り届けた。その後3週間の間に彼女に誰かが接触し、反連邦組織に引き込んでいるかも知れない。

 おそらく分隊長や保安省の出先には、ケンタが受け取ったものよりもっと分厚い書類が届いているはずだ。事件前数日間の彼女の動きが当然記録としてその書類には記載されていることだろう。いや、産まれたときからの記録すら届いているかも知れない。学校に提出されたレポート、公式の場での発言。それらは彼女がどのような政治的信条を持っているか深層心理から丸裸にする。

「やってられないよな。かもしれない、だろうばかりだ。」 

 もしかしたら、シーラは黒かも知れない。反連邦組織を叩くつもりなら、分隊長や保安省の連中は喜んで自分を騙しにかかるだろう。それも徹底的に。

「あの人もそうだろうな。」

 この惑星の全てを知る、そしてこの星の女王である祖父の後妻なら、騙すにあたって眉根一つ動かさないだろう。いや、祝福する振りすらしてくれる。この惑星から縁を切れば、反連邦組織との関係が仮にあったとしても、自分に気がつかない間に遮断してくれるだろう。

 何も混ぜていない炭酸水をグラスに注ぐ音が静かな部屋に響く。

 グラスを傾けながら、あのテロ攻撃以来、何度か一緒に食事を誘う仲になったシーラの姿、声、身にまとう香りをケンタは思い浮かべた。何もかもが魅力的である、再会してひと月も経っていないのに、いつの間にかケンタはそう思うようになっていた。

 陸戦隊の少尉として隊付勤務をした時、自治都市政府が馬鹿なことをしでかさなければ、自分はこんなに悩む必要は無かった。巡航艦に乗る同期が上陸許可を得た後楽しく飲み、おそらく、シーラとの仲は現地軍との交流の一環として少佐と少尉の表面的なもので終わっていただろう。叔父一家と仲を深め、サトコちゃんにプロポーズをしていた頃だ。

「…どうなんだろう。」

 今日もシーラと一緒に旧市街に行く約束をケンタはしていた。叔父から譲り受けたワンボックス車両は先日買い換え、スポーツカーにしている。

 彼女は本当に黒や濃い灰色ではないのか、自分は反連邦組織を潰すために泳がされているのか。

 舌に感じる炭酸がきつい。

 いや、そもそも、シーラが自分に付き合ってくれているのは、連邦の艦隊司令官夫婦、高等弁務官夫婦の孫だからではないのか。それはそうだろう。そうでなければ、将来偉くなる見込みのない士官学校卒業生の憲兵中尉と付き合うわけがない。彼女は大人の女性だ。投資をするからには回収をある程度見越しているはず。サトコちゃんの同級生のような恋することに憧れる子供ではない。

 考えがまとまらないままグラスの中を空にすると、ケンタは立ち上がった。

 そろそろ動き始めなければならない時だった。

 今日はもう7月末。そろそろこの惑星に来て療養期間を含めて2年が経つ。彼らが何もしなければ、陸戦学校初級士官課程を終えて今頃は転勤の内示を受けていた頃だ。転科して、この地に再赴任したとしても、あと1年もこの惑星にはいられないはずだ。

「でも、初任地で結婚するって決めていたもんな。」

 独り言をしている自覚はない。

 着任したとき、軌道エレベーターでの従妹との会話を思い出す。あのあとワンボックス車両でこの呪われた地を移動したのは昨日のようだった。自分も叔父一家もその後襲う悲劇を知っていれば、あそこであんな会話をしていなかったはずだ。

「今日そろそろ切り出さないとね。」

 ほぼ数日おきに誘って、今のところ一度も断られていない。シーラに自分が脈がないとは言い切れないはずだ。これまでの人生経験からして何とも言えない。でも、すくなくとも仮想空間サイトで無料人生相談をしたところでは、AIは脈があることは否定できない、と回答している。

 であれば。

 遠くで滅多に返事すらしてくれない、自分との時間を記憶から消去されている従妹と近くで誘ったら一緒に食事をしてくれるシーラ、半径1mの世界にどちらを選ぶかは自明な話だった。

 でも。

 サトコちゃんのことがやっぱり脳裏に浮かんだ。

 あの少女は今、どれだけ愛らしくなっているだろう。あの声、笑顔、手の温もりが全て懐かしい。

 死んだ叔父にした約束。進学も就職も結婚も全部面倒を見ます、と見得を切った。祖父が結局全てを出している。結婚も就職も自分は面倒を見切れていない。が、この地獄から彼女を救い出す、という約束の趣旨だけは果たせているはずだ。

 彼女は、来るな、と送った連絡は読んでくれただろうか。今、この星は彼女が来て良い状態ではない。女王と王配の孫が来た場合、治安維持の観点からも負荷がかなりかかる。彼女は、今いる大叔父の家で人生を見つけ直して貰わないといけない。

「自分勝手なのは分かっているんだけどね。」

 自分の人生のタイムラインを当初の計画どおりに進めるためには、前に進むしかない。前に進むからには成功させなければならない。成功させるには、事前の準備を怠るわけにはいかない。

 士官学校を受験する頃とまったく変わらない精神構造のまま、ケンタは決意した。

 決めた。

 そろそろではない。今日切り出す。何が何でも切り出す。

 ケンタは、自分を納得させると、飲み終えたグラスを食器洗浄機にしまい、服を身につけ始めた。

 靴は磨いた。靴下は左右違うものを履いていない。ズボンに折り目はついている。毛玉は着いていない。ベルトは使い込んでいるが、ちぎれていない。シャツは洗濯してアイロンがかかっている。爪は切った。垢は爪の間にはない。髭は剃った。顔は洗った。髪の毛の長さは士官学校の容儀点検でも合格する範囲内。

 鏡の前の自分の服装は、どうしてだろ、何かセンスのかけらもない変な気がした。


「よし、行くか。戸締まりヨシ、電気ヨシ、水道栓ヨシ。」

 出発前の指差呼称をするとケンタはスポーツカーに乗り込む。車両はケンタの生体情報を認識し、自動的に起動した。そしてゆっくりと動き始める。

「行ってきます。よろしくお願いします。」

 玄関先で立哨するメーテルにケンタは律儀に答礼し、アクセルを踏み込んだ。

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