2-3 寝台
恒星暦569年7月27日
惑星メダリア 高等弁務官用借り上げ官舎
人類は、恒星間において光を出し抜く手段を入手していた。
しかし、恒星系内においては、安全上未だ光を出し抜くことはできていなかった。昔、恒星系内で光を出し抜こうとして実験を行ったところ、一つの恒星系を吹き飛ばしたことがある。以来、無人の恒星系で細々と実験は行われていたが、消滅しても問題の無い恒星系はそう多くなかった。
メダリア星系においては、惑星メダリアから観測される外縁部は3時間以上前の景色がだった。
「…高等弁務官、以上が概要です。」
品のない参謀がバーで後に口にしたことだが、こういう時に艦隊司令長官と高等弁務官が同居していることは助かることだった。
何せ、高等弁務官限りの話を持ち込みたければ、司令長官に伝えれば良い。ピロートークで伝えるか、食事の席で伝えるかは別として、保秘は容易だ。
今朝報告された話も、司令部からは報告者の動画付き、受報者である司令長官、高等弁務官はカメラ無しでだった。
「さて、部下達はどうして我々がカメラ無しで報告を受けていたのかとても気にしていると思いますよ。」
休日の朝を部下達の想像のとおりの姿で報告を受けていたアデライードの顎をケンイチは摘まんだ。
「ケンイチさん、そういうことは、口にしない。」
まるで息子をたしなめるようにアデライードが叱る。
すねたように顔を胸に押しつけるケンイチは暫くしてから口を開いた。冷徹な艦隊司令官としての声だった。
「このタイミングでエルフどもが妙な動きをするのが理解できない。」
何時もと違う動きをしている、という高等弁務官への報告と司令長官宛ての報告にある模式化されたエルフの軽巡航艦の動きを思い出しながら、ケンイチはアデライードの白く滑らかな裸体に指を沿わせた。
この臍が恒星、女陰の核を惑星メダリアとすると、警戒に当たる巡航艦は両の乳房の中間、両乳首を結ぶ線と正中線の交点に位置する。エルフの艦隊主力は右の腋、そして動きがあった軽巡航艦は左の乳房の上縁。乳輪より内側に入ればエルフどもは人類種との講和条約を破ることになる。
一方、ジャマイカが進出しすぎて胸骨の上縁まで達した場合、エルフの本隊と特異な動向をする軽巡航艦の間を割ることになり、挑発行為と誤認され無用な発砲を受けかねない。
「ケンイチさん。」
甘い声をアデライードがあげるのを無視して、ケンイチはこの星系の図面を思い浮かべた。惑星メダリア以外にも、この星系には守るべきものは幾つかある。恒星間超光速通信網のための施設と、恒星間超光速移動のためのポイントだ。この二つのいずれかをエルフどもが喪って一つでも成功した場合、メダリアは袋のネズミとなり、絶望的な防衛戦を繰り広げる羽目になる。恒星間超光速通信網のための施設は今であると左足の爪先、ポイントは左の乳首。
指先を左の乳首に沿わせると、アデライードの体が弓なりとなった。
「…ケンイチさん。」
そう。ここがポイントだ。恒星間超光速通信網のための施設付近では現在戦艦を中心とした戦術ユニットによる訓練が行われている。だが、乳首のあたりは警戒が薄い。ジャマイカが近くに居るだけ。
「となると。」
体を動かすと潤いを帯びた核に顔を近づけ、そこから左の乳首を見据える。
「ただちにここを守らなければならない。」
右手を伸ばし、中指と親指で乳首をつかむ。
「んっ。」
ではどれくらいで?連続して守らなければならないとなると、巡航艦1隻?いや、それでは足りない。だが、ジャマイカに加え、更に2隻、となるとローテーションに難がでる。
鼻腔に満ちる女性の香りに気がつき、自分がどう見ても変態的な行動を取っていたことを自覚し、ケンイチは一人苦笑いした。
「どうしたの?」
熱の籠もった目つきで上半身を起こしたアデライードが囁く。
「少し連絡を取って良いか?」
そう、彼女のこの姿勢が今の惑星系を表している。近いようで遠く、遠いようで重要なポイントには近い。
「でも、私も好きにさせて貰うわよ。」
音声だけの連絡をつなげると、参謀長が直ぐに応答した。
「話がある。」
「意見具申があります。」
二人の声が重なる。ケンイチは苦笑いをした。どうも、参謀長が口にしたい言葉が予想できる気がする。
「どうぞ。」
ケンイチは、腰の上に跨がり、腰を押しつけて抱きついてくるアデライードの大人の香りを味わうため、敢えてさきに参謀長に発言させた。こちらからの音声は切る。アデライードの声が漏れるわけにはいかない。
「はい、巡航艦を一隻派遣したいと考えています。先発のジャマイカと小隊を組ませます。先に現場に着いているジャマイカの艦長を小隊指揮とします。なので派遣する艦は…」
「ジョンストンかな。」
声を出さないよう、指をアデライードの唇に当て、ケンイチは参謀長の先を制した。
「おっしゃるとおりです。ビピン・ラワット中佐が艦長です。」
やはり、参謀長も同じ結論に達しているようだった。ラワット中佐の顔をケンイチは思い出していた。大きな鼻を持つ浅黒い精悍な男性。
「直ちに向かわせるように。」
心の中でケンイチはラワット中佐の巡航艦に乗り組む将兵に詫びを入れた。せっかくの休養を潰されて文句が出るはずだ。だが、血が流れずに文句で済むなら安いものだ。続いて、思いついたことを口にする。
「これから120時間以内にゲートを潜る予定の船はあるか?」
恒星間超光速移動のためのポイントを俗称であるゲートと呼んでケンイチは参謀長に確認を取った。
「1隻います。潜る方ではなく、出てくる予定の方です。定期貨客船です。117時間後。」
船名が表示される。どこかで見た船名だった。暫くして思い出す。孫が乗ってこの惑星系に遊びに来る船だった。
「…お孫さんが乗船されていますよね。」
公私混同は厳に避けたい。だが、孫が乗った船にエルフの軽巡航艦が迫る、と言うのはゾッとしない景色だった。
「…ああ。」
快感からなのか、緊張からなのか乾いた声になる。アデライードの悪戯が酷くなった。
「駆逐艦の小隊が定時の訓練で出港したところです。このまま、護衛の訓練にあたらせます。抜き打ちで行う方が彼らも緊張感があるでしょう。では、ごゆっくり。」
仮想窓が閉じられたあとの空間をケンイチは苦笑いをしながら見つめていた。あいつ、こちらが何をしているのか想像した上で最後の台詞を言ったのか?
まあ良い。休日の朝はまだ始まったばかりだ。




