最終話:今回は、何も調べなくていいのです
翌日。
王都から、解呪師が到着した。
拠点で石になった兵士も、荷車で村へ運ばれていた。
村の入り口に並んだ六体の石像が、一体ずつ、ゆっくりと色を取り戻していく。
最初に元に戻った兵士は、目を瞬いて、それから鼻をひくつかせた。
「……なんか、ものすごく美味そうな匂いがする」
「第一声がそれか」
グラントが、呆れたように笑った。
「おかえりなさいませ」
ソフィアが、湯気の立つ皿を差し出した。
「コカトリスの唐揚げです。皆さんの分のお肉も、ちゃんと取っておきました。今朝、揚げたばかりです」
「コカトリス……? 俺たちを石にした……?」
「はい」
「…………」
兵士は、恐る恐る一つ食べた。
そして、泣いた。
「うめえ……」
「よかったです」
仲間の兵士が、その肩を叩く。
「おい。石になってる間、この人がお前の顔を拭いてくれてたんだぞ」
「え?」
「わざわざ一人ずつ、丁寧にな」
元に戻った兵士たちが、一斉にソフィアを見た。
鍬を握っていた農夫も、籠を抱えていた老婆も。
それから、揃って深く頭を下げた。
「「「ありがとうございました!」」」
「……どういたしまして」
ソフィアは、少し照れたように答えた。
老婆が、ソフィアの手を両手で包んだ。
「石になっとる間もな、誰かが顔を拭いてくれとるのは、なんとなく分かったんじゃ」
「まあ」
「あったかい手じゃった。ありがとうよ」
ソフィアは、言葉に詰まった。
それから、もう一度だけ、小さく答えた。
「……どういたしまして」
石になったままの若いコカトリスの像は、村長の希望で、村の広場に飾られることになった。
台座には、こう刻まれたという。
『無敗の女神、お盆一枚にてこれを鎮む』
「……恥ずかしいです」
「いいじゃない。名所になるよ」
レオナルドは、楽しそうに言った。
◇
それから数日後。
王都の、マルール子爵家。
「……女神?」
マルール子爵は、出入りの商人の言葉に眉をひそめた。
「ええ。北の討伐拠点で、コカトリスを二体、お盆と雄鶏で片付けたメイドがいるそうで。兵士たちの間じゃ『無敗の女神』と呼ばれてるとか」
商人は、帳簿をめくりながら続けた。
「侯爵家のご子息の婚約者だそうですよ。ソフィア様とおっしゃるそうで」
応接室の空気が、凍りついた。
「…………ソフィア」
「ああ、そういえば」
商人は、ふと顔を上げた。
「以前、こちらのお屋敷で、仕入れの交渉をしてくださっていたお嬢さんも、ソフィア様でしたね。あの方がいなくなってから、こちらとのお取引も、ずいぶん勝手が変わりまして」
「…………」
「同じお名前とは、珍しい偶然ですな」
マルール子爵は、何も答えられなかった。
隣で、カミラがうつむいた。
「……お姉様が、女神」
◇
それから十日後。
カミラの婚約先である伯爵家から、一通の手紙が届いた。
『ぜひ姉君にもお目にかかりたい』
マルール子爵は、頭を抱えた。
「外聞が……」
◇
帰りの馬車の中。
ソフィアの膝の上では、ゲオルグが丸くなって眠っていた。
村長が、ぜひ連れて行ってくれと譲ってくれたのだ。
「ソフィア」
向かいに座ったレオナルドが、口を開いた。
「今回のお礼がしたいんだけど」
「お礼、ですか?」
「うん。父上も、何か褒美をって言ってた」
「お給金でしたら、たくさんいただいております」
「そういうのじゃなくて」
レオナルドは、少しだけ身を乗り出した。
「ソフィアが、したいこと。何かない?」
「したいこと……」
「お仕事じゃないやつね」
ソフィアは、黙り込んだ。
窓の外を、冬の景色が流れていく。
したいこと。
考えたことがなかった。
十一歳から八年間。
朝起きて、屋敷の仕事をする。
夜になれば、明日の仕事を確認する。
頼まれたことを、頼まれる前に済ませておく。
それが、ソフィアの毎日だった。
自分が何をしたいかなんて、聞かれたこともなかった。
長い沈黙のあと。
ソフィアは、ふと、あることを思い出した。
「……冬至祭」
「え?」
「王都の、冬至のお祭りです」
ソフィアは、膝の上のゲオルグを撫でながら言った。
「毎年、マルール子爵家では、冬至祭の混雑に巻き込まれないように、私が馬車を手配しておりました」
「うん」
「何時に出れば、混まないか。どの道を通れば、早く着けるか。毎年、調べておりました」
「うん」
「ですから、お祭りのことは、とても詳しいのです」
ソフィアは、少しだけ笑った。
「でも、一度も、行ったことがありません」
レオナルドは、何も言わなかった。
ただ、じっとソフィアを見ていた。
「屋敷の窓から、灯りだけ見ておりました。綺麗だな、と思いながら」
「…………」
「……あの」
ソフィアは、顔を上げた。
少しだけ迷って。
それから、小さな声で言った。
「冬至のお祭りに、行ってみたいです」
「うん」
「レオナルドさまと、一緒に」
レオナルドの顔が、みるみる赤くなった。
「……それ、お仕事じゃないよね?」
「はい。違います」
ソフィアは、少し恥ずかしそうに付け加えた。
「わがまま、です」
レオナルドは、両手で顔を覆った。
そして、指の隙間から言った。
「……最高のわがままだと思う」
「そうなのですか?」
「そうなの」
「では、馬車の手配は私が――」
「僕がやる」
「ですが、混雑を避ける道でしたら、私のほうが」
「今回は、僕がやるの」
レオナルドは、きっぱりと言った。
「ソフィアは、当日、楽しむことだけ考えてて」
ソフィアは、目を瞬いた。
楽しむことだけ。
そんなことを言われたのは、生まれて初めてだった。
「……はい」
ソフィアは、ゆっくりと頷いた。
窓の外では、冬の日が傾きはじめている。
冬至のお祭りまで、あと二十日。
手帳を開きかけて、ソフィアはそっと閉じた。
今回は、何も調べなくていいのだ。
「……楽しみ、です」
膝の上で、ゲオルグが寝ぼけたように鳴いた。
「コケ……」
――完――
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
ソフィア「あの……下にある☆を、★に磨いていただけると、嬉しいです」
レオナルド「ソフィア、それは磨くものじゃないよ」
ソフィア「そうなのですか?」
レオナルド「押すものだよ」
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次回は冬至祭編を予定しています。




