第6話:コカトリスの唐揚げはいかがですか?
「また嬢ちゃんか」
早馬で呼ばれた解体職人のドルフは、拠点に着くなり天を仰いだ。
目の前には、鎖でぐるぐる巻きにされた巨大な鶏が横たわっている。
頭には、敷布が三重にかぶせられていた。
「お久しぶりです、ドルフさん」
「おう。で、今度はこいつを食うって?」
「はい」
「……だろうな」
コカトリスは、捕獲のあと、グラントたちの手で、苦しまないよう一息に仕留められていた。
ドルフは、その周りをぐるりと一周した。
鱗に覆われた脚。
分厚い胸。
蛇の尾。
「コカトリスなら、素材の査定で何度か捌いたことがある。目玉は錬金術師が高く買うし、羽根は矢羽根になるからな」
「では、お肉は」
「捨ててた」
「まあ、もったいない」
「そう言うと思ったよ」
ドルフは、腰の道具袋から細い刃物を何本も取り出した。
「いいか、嬢ちゃん。コカトリスの毒は二か所だ。蛇の尾の付け根にある毒腺と、喉の奥の毒袋」
「はい」
「どっちも袋に溜まってるだけで、肉には回ってねえ。だから、袋を破かずに外せば、残りは食える。逆に言や、一か所でも破いたら、その周りの肉は全部捨てる」
「破かずに、ですね」
「それと、目玉は最初に外して、布にくるんで箱に入れる。死んでても、目玉に映った姿を見たら石になるって言われてるからな。目隠しは最後まで取るなよ」
「はい。敷布はまだたくさんございます」
「なんで戦場にそんなに敷布があるんだよ……」
「洗濯しましたので」
「答えになってねえ!」
◇
解体は、慎重に進められた。
まずは、目玉だった。
ほかの職人たちは背を向け、ドルフだけが布の下に手を差し入れた。
ドルフは、目元を覆った敷布を慎重に押さえた。
その上から眼窩の位置を確かめ、布ごと周囲の組織を切り離していく。
眼球を露出させないまま、左右の目を摘出した。
切り離した部分は布で幾重にも包み、木箱に封をする。
「……よし。これで、ひとまず目の心配はねえ」
職人たちが、ほっと息を吐いた。
次に、喉の奥の毒袋。
ドルフは、刃先を首の内側に沿わせ、袋の膜を傷つけないよう、少しずつ切り離していく。
取り出された袋は、暗い紫色をしていた。
「……よし。破れてねえ」
尾の付け根の毒腺も、同じように外された。
それから、ドルフは切り分けた胸肉の断面を、日にかざした。
「見ろ、嬢ちゃん。毒が肉に回ってたら、黒い筋が出る。それがない」
「綺麗な桃色ですね」
「ああ。肉の色も正常だ。毒袋も腺も、破れずに外れた」
ドルフは、刃物を布で拭いながら続けた。
「昔、王都の解体場で、コカトリスの肉を食用に回した記録を見たことがある。毒を外して、肉に筋が出てなけりゃ食える。条件は全部揃ってる」
「ありがとうございます」
ソフィアは、深く頭を下げた。
それから、横たわる巨体に向き直り、そっと手を合わせた。
「……嬢ちゃん?」
「この子も、縄張りを守って、生きていただけですので」
ソフィアは、静かに言った。
「せっかくいただいた命ですから、美味しく料理いたしましょう」
ドルフは、しばらくソフィアを見ていた。
それから、照れくさそうに鼻をこすった。
「……そうだな。残さず食ってやるのが、一番の供養だ」
そこから先は早かった。
「嬢ちゃん、ここは?」
「手羽元と同じです。関節の内側から」
「こっちは」
「ささみです。筋を一本、先に抜いておくと柔らかくなります」
「……完全に鶏じゃねえか」
「はい。鶏ですので」
もも。
胸。
手羽。
ささみ。
大きな台の上に、見慣れた形の、見慣れない大きさの肉が並んでいった。
兵士たちが、遠巻きにごくりと喉を鳴らす。
「……あれ、普通に美味そうだな」
「鶏肉屋の店先みたいになってきたぞ」
「昨日まで、俺たちを石にしようとしてたやつだよな?」
入り口で見ていたレオナルドは、もう何も驚かなかった。
「……婚約者が、コカトリスを捌いてる」
「レオナルド様。正確には、捌くのを指導している、です」
マルコが、どこかで聞いたような訂正をした。
◇
その夕方。
拠点の真ん中に、大鍋が三つ並んだ。
ソフィアが王都から運んできた油が、三つの大鍋の中で、ぱちぱちと小さな音を立てていた。
もも肉は、一口大に。
すりおろした生姜とにんにく、酒と塩に、昼のうちから漬け込んでおいた。
粉をまぶして、油の中へ。
じゅわあっ、と。
拠点中に、音と匂いが広がった。
「…………」
兵士たちが、無言で鍋の周りに集まってくる。
一人、また一人。
気づけば、見張り以外の全員が、鍋を取り囲んでいた。
「お、押さないでください! 列は三つに分けてあります!」
マルコが、必死に人の波を整理する。
「第一班はこちら! 第二班はあちら!」
二度揚げされた唐揚げが、磨き上げた銀の皿に盛られていく。
きつね色。
衣はかりっと。
湯気が、もうもうと立ちのぼる。
「本日の夕食は、コカトリスの唐揚げでございます」
ソフィアの声に、拠点中が静まり返った。
「どうぞ、召し上がってください」
◇
最初の一口を食べたのは、グラントだった。
かりっ。
じゅわっ。
グラントは、しばらく何も言わなかった。
それから、静かに目を閉じた。
「……隊長?」
「美味い」
「え?」
「とんでもなく美味い」
その一言で、堰が切れた。
「うめえっ!」
「なんだこれ! 肉汁が!」
「鶏より美味いぞ!?」
「おかわり! メイド軍師様、おかわりありますか!」
「はい。たくさんございます。なにしろ、馬ほどの大きさでしたので」
兵士たちは、夢中で唐揚げを頬張った。
レオナルドも、一つ口に運んだ。
噛む。
「……美味しい」
「ありがとうございます」
「キマイラのときより、迷いなく美味しいって言える」
「見た目が鶏だからでしょうか」
「たぶんね」
レオナルドは、二つ目に手を伸ばした。
◇
オズワルドは、銀の皿を前にして、しばらく動かなかった。
「参謀官殿。食べないんですか?」
マルコが、隣に腰を下ろす。
「……食べますよ」
オズワルドは、唐揚げを一つ、口に入れた。
噛む。
眼鏡が、湯気で曇った。
「…………」
「参謀官殿?」
「……美味しい」
オズワルドは、曇った眼鏡のまま、ぽつりと言った。
「私は、十年間、兵法を学び、実戦で磨いてきたつもりでした」
「はい」
「陣形も、兵站も、魔物の生態も。伝承は迷信だと切り捨て、理屈で戦えると信じてきた」
「はい」
「ですが、理屈を組み立てるには、まず材料がいる」
オズワルドは、鍋の前のソフィアを見た。
「村人の何気ない一言。足跡の大きさ。石像の傷と、痩せた胸の骨。私が見落とした材料を、彼女は全部拾っていた」
「掃除と、お献立のついでに、ですね」
「ええ。掃除と献立のついでに」
オズワルドは、もう一つ唐揚げを口に入れた。
「キマイラ討伐で一戦。コカトリスの襲撃で一戦。今朝の捕獲で一戦」
「はい」
「……三戦三勝。一度も、負けていない」
湯気の向こうで、ソフィアは兵士一人ひとりに笑いかけている。
「おかわりですね。どうぞ」
「熱いので、お気をつけて」
「石になっていた方々の分も、ちゃんと取ってありますからね」
オズワルドは、眼鏡を外した。
「……無敗の、女神だ」
呟きは、小さかった。
けれど、隣にいたマルコは、ちゃんと聞いていた。
「無敗の女神……」
マルコは、ゆっくりと立ち上がった。
「皆さん! 参謀官殿が! メイド軍師様は無敗の女神だと!」
「ちょっ、待ちなさい!」
オズワルドが慌てて手を伸ばしたが、遅かった。
「無敗の女神!」
「確かに! 三戦三勝だ!」
「女神様! おかわりください!」
「女神様ーっ!」
その呼び名は、唐揚げの匂いと一緒に、あっという間に拠点中へ広がった。
◇
「……困りました」
ソフィアは、お玉を持ったまま眉を下げた。
「何が?」
レオナルドが、隣でくすくす笑う。
「軍師の次は、女神だそうです」
「出世したね」
「私、お皿を磨いていただけなのですが」
「うん。知ってる」
「女神のお仕事は、もっとできません」
「大丈夫。女神の仕事なんて、誰も知らないから」
そこへ、グラントがやって来た。
皿には、唐揚げが山盛りになっている。
「ソフィア殿」
「はい」
「改めて聞くが、軍に来る気は――」
「駄目です」
レオナルドが即答した。
「まだ最後まで言っていない」
「駄目です」
「二回目だぞ」
その後ろから、オズワルドが進み出た。
「ソフィア殿。王都の参謀本部に、ぜひ一度――」
「駄目です」
「……私も駄目ですか」
「駄目です」
「三回目ですね」
ソフィアは、少し考えてから頭を下げた。
「申し訳ありません。私は侯爵家のメイドですので」
「ソフィア」
「……あ。はい。婚約者でした」
レオナルドは、ため息をついた。
グラントとオズワルドは、顔を見合わせて笑った。
――第7話へ続く――




