三十話 騒がしい後は静けさが染みる
「問題なく連絡はついたよ」
クリムはこの島に押しかけてくる。その最悪の想定をしたならば対処するのは簡単だった。間接的に伝言を頼むなんてことをせず。直接自分は大丈夫だと伝えてやればいいだけだ。
幸いタカナは連合本部との連絡手段を保っているし、今度はマナカの時のようにイリーナが魔力の糸を切ってしまわないようみんなも気を配った。そのおかげで彼女は問題なく当人への連絡を終えられたようだ。
「これまで働き詰めだったから友人とゆっくり過ごして休めと言われたよ」
「そりゃいい彼氏ね」
その友人であるマナカは肩をすくめる。
「気づかれてないわよね?」
「普段通り振舞ったとも」
実際その会話は僕らも見守っていたけれど。タカナは普段通りというか念話の向こうのクリムに対して罪悪感とかそういうものを抱いているような言葉を使ってはいなかった。あちら側から隠した感情を看破されたような反応もなかったようだし、問題なしと考えていいだろう。
「それならとりあえず懸念は消えたとして…………今日はそろそろ解散しましょうか」
もう日が暮れる時間も近くなっていたこともありマナカはそう提案する。
「もう、か?」
しかしタカナはそれに不満のようだった。
「今日は十分成果があったと思うけど」
「私はそうは思えない」
タカナは首を振る。
「それに今日解散して明日になったとして、そこからどうするつもりだ?」
「それは…………」
答えるマナカは言い淀む。クリムがこの島に来る可能性を摘んだのは騒動を防ぐという意味では正解だが、タカナの彼に対する感情を強くするという意味では間違いだった。
なぜなら彼女にクリムのことをより好きにさせるには、やはり本人が必要だろうからだ。
明日も今日のようにタカナにクリムとの思い出話をさせてもいいけれど、それはたぶん劇的な効果をもたらしはしないだろうと僕も思う。
「でも今日のこれは十分効果はあったでしょう?」
「それは認める…………今私がアキに対する感情を抑え込めているのはクリムに対する罪悪感に要するところが大きいからな」
今日の成果でごまかそうとするマナカにタカナはそれを認めつつも、あくまで自分の胸の内にあるのは罪悪感であることを強調する。それは僕に対する感情を抑え込むのに役立ってはいても、今日のようなことだけではクリムに対する好意を大きくするには足りないという主張でもある。
「好きだったっていう感情も思い出せたんでしょう?」
「それは…………もちろんだ」
クリムのことを可愛かったといった時などの表情は嘘ではないように僕も思う…………そのシチュエーションそのものは疑問に抱かざるをえなかったけれど。
「とりあえず彼を好きになった瞬間とかキスした時のこととかを思い返してなさいよ。その場しのぎというか行き当たりばったりの提案ばっかりであんたには申し訳ないとは思うけど、私も全力で考えるからさ」
「…………そうだな、こちらこそ済まない」
タカナは自分の非を認めたように謝罪する。実際問題現在の状況には彼女の自業自得な面も含まれる。もちろん僕という存在それ自体が悪いことは理解しているけれど、タカナがマナカの忠告を無視して僕に会うことを強行したのも確かなのだ。
「焦りというか、彼とのことを思い返したことで気が逸ってしまったようだ…………今日は君の言うとおりこれで終わりにして気を落ち着かせることにするよ」
「そうしなさい」
ほっとしたようにマナカも息を吐く。
「それじゃあ私はタカナと一緒に向こうへ行くわ」
「わかった」
僕はマナカに頷く。念のために彼女について様子を見るつもりなのだろう。
「じゃ、今日はもう解散で」
そういうことになった。
◇
「ふう」
静かになったリビングで僕は息を吐く。マナカがタカナを連れて行ってから残ったみんなで夕飯をとり、アリサとイリーナもそれで眠くなったのか早々に自分たちの部屋へと戻っていった。
最近はずっと騒がしい時間が続いていたから、こんな静かさは久しぶりのように感じられた。
「お疲れ、みたいね」
「ええと、まあ…………はい」
その静かさを壊さない声色で尋ねるノワールさんに僕は苦笑して頷く。
「原因の一端が僕にもあるから仕方ないとは思うんですが、それでもいろいろと衝撃的なことが多すぎて…………」
真面目そうに見えたタカナの意外な性癖とか無駄に動揺させられることも多かった…………というか彼女の性癖は僕に当てはまらないと思うのだけど、好みから外れているのにそれでも惹かれてしまうとか本当に僕の魅力とやらは意味が分からない。
「落ち着いた時間も、欲しいわよね」
「はい、そう思います」
別に騒がしいことに文句があるわけではないけれど、今のように落ち着いた時間が欲しくなるというのも事実だった……………あ。
「でも無理やり静かにするとかそうい事はやめてくださいね」
念のために僕は口にしておく。ノワールさんは僕に無断でそういう強引なことはしない人だけど、念には念を入れておくほうが安全だというのを僕は最近学習したのだ。
「わかっている、のよ」
それにノワールさんは静かに微笑む。穏やかなその表情はその実本当の感情を押し隠しているようで僕に読ませない。
「大丈夫ですよね?」
だから僕はついもう一度聞いてしまった。それにノワールさんは表情を変えずにただ微笑む。
「お茶、飲みますか?」
「もらおう、かしら」
さりとて追求することもできず話題を変えてしまう僕にノワールさんはゆっくりと頷いた。それに僕は少しほっとしたように台所へと向かってお茶の準備をする。そういえばこうやってノワールさんにお茶をふるまうのも久しぶりな気がする。
「どうぞ」
「ありがとう」
それはノワールさんに植えてもらった万能果樹の葉から作ったお茶で、味としてはアップルティーのような代物でとても美味しい。寮には限りがあるので普段は使わずに大事なお客さん用にとってある。
「美味しい、わね」
「お粗末様です」
答えて僕も一口、美味しい。気持ちが安らぐ味だ。
「こんな時間が続くといいですね」
騒がしい時間が嫌いなわけじゃない…………この世界に転生した時の僕ならともかく、今の僕はそう思える。しかしそれはそれとしてこんな時間がとても大切なように思えるのも確かだった。
「そうね、続くといいわね」
「はい」
僕は頷いてもう一度お茶に口をつける。
その後は特に会話もなく、しかし穏やかな時間が続いた。
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