二十九話 悪いほうへの吸引力
「でもさー、この島って簡単には来られない場所なんだよね?」
ふとした疑問を抱いたようにアリサが口を開く。それが疑問形であるのは彼女がこの島を出たことがないからだろう。自分が住んでいる島がそういう場所であることを聞かされてはいるものの実際に自分で確認したわけではないのだ。
「まあ、来ようと思っても簡単に来れる場所ではないわね」
答えるマナカは確か歩いてこの島に辿り着いたと言っていた。荒れ狂う海の上空の空気を固定してその上を歩き、外的要因は全て固定の力で遮断して歩き切ったらしい…………力技にもほどがある。
「ただ人によっては簡単だったりするでしょうね…………特に転生者はもらった力次第」
マナカがタカナを見る。
「私の見立てではクリム君の力なんかがそうなんじゃない?」
「その通りだ」
特にもったいぶることもなくあっさりとタカナは認めた。
「よくわかったな」
「ただの消去法よ…………だって私が連合本部にいた時にはあんたをすぐにこの島に連れてこられるような能力者なんていなかったでしょ?」
そういえばタカナはマナカの想定よりもかなり早くこの島にやって来たのだった。それであれば何かしら移動に適したチート能力を持つ転生者がかかわっていると考えるのは自然なことであり、そうなるとマナカが旅に出た後に加入した転生者となるとクリムが候補にあがる。
「クリムが神様から授かった力は変化だ。対象を選ばずあらゆるものに彼は変化することができる」
「それはまた便利そうな力ね」
「実際便利だ。今回の場合も飛竜に変化した彼に乗せられて高速移動できたわけだからな」
「そりゃ早いわけね」
納得したようにマナカが頷く。
「リスクは?」
「肉体を元の質量を無視して変化させるわけだから使用後は反動がある…………まだ体のできていない彼には特に負担なようだ」
「自己喪失のリスクとかは大丈夫なの?」
「自己喪失?」
反動はわかるが自己喪失というのが僕にはよくわからなかった。
「完全に変化しちゃうと元の自分がわからなくなるってことじゃない?」
「ああ、なるほど」
変化した今の自分こそが本物の自分であると錯覚して元に戻れなくなるような危険性があるということだろう。
「いや、それに関しては問題ないようだ」
「ならよかったわ」
マナカがほっとしているのはタカナがこの島に駆け付ける原因になってしまったかのが彼女だからだろう。そのためにタカナの彼氏にリスクを背負わせたならさすがにバツが悪い。
「気にしなくていい。話を聞いてみれば不慮の事故だし、今しがた説明した通り重すぎるようなリスクはないんだ」
二人の念が途中で切れてしまった原因はタカナにも伝えてある。さすがに幼児退行した魔族が見えない魔力の意図にじゃれついたなんてことの責任をマナカに追求するつもりはないようだった。
「それは助かるけど、結局のところあんたの彼氏はこの島に来れる能力を持って入るってことになるわよね」
「ああ、だが遅らせたのは直近の港までだからこの島の正確な場所は知らないはずだ」
どうやらタカナはそこからは自身の魔法を駆使して自力で島に辿り着いたらしかった。進む方向自体は正しいか判定できるとしてもやはりかなりの無茶なようで、それを聞いたマナカは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていた。
「それに彼は冷静な判断ができる男だ。直接ではないとはいえ伝言は残したし無謀な行動をとりはしないだろう」
タカナのその声にはクリムに対する確かな信頼が込められているように聞こえた。
「それは時と場合によるんじゃない、かしら?」
これまで黙って話を聞いていたノワールさんが諭すように口を開く。
「愛する相手への感情がどれだけ人から冷静さを奪うかは、この場にいる人間ならわかって、いるわよね?」
「「「「…………」」」」
僕らは押し黙る。それは痛いほどよくわかっていることだった。
「結局はさっきの話に戻るわけね…………クリムがタカナのことをどれだけ好きかっていう」
そのマナカの質問にタカナは愛してくれていると答えていたが…………僕の正直な印象でいえばあまりタカナにも自信がないように聞こえた。
告白は彼女のほうからして押し切るように恋人関係になったという話だから、彼のほうから愛されているという自信をあまり持てないでいるのだろう。
「彼は私を愛してくれている…………はずだ」
「なんでさらに自信がなくなってるのよ」
その言葉は明らかに先ほどよりも弱かった。
「自分の状況を鑑みれば自信なんか持てるわけがないだろう」
タカナからすればクリムを裏切っている状況なのだ。それで彼から自信をもって愛されると口にするのは確かに厚顔無恥と罵られてもおかしくない主張だ。
「その状況からすればものすごく愛されてるほうが都合がいいでしょうに」
「…………でもその場合彼が押し掛けてくる可能性も出てくるんだよね?」
「…………痛し痒しね」
苦い表情でマナカが呟く。それこそクリムがこの島に押しかけてくればそこまで愛されているという実感で高菜の彼に対する感情は燃え上がる…………しかしそんなタカナの現状を知ったクリムがどういう反応を見せるか考えると頭が痛い。
「もう単刀直入に聞くけど…………ヤってはないのよね?」
「それはない!」
強く返したのはクリムの肉体的な年齢が問題だからだろう。しかし答えそれ自体は以前にマナカに答えたのと変化はないようだった。
「手は繋いだ?」
「恋人繋ぎまではしている」
「抱き合った?」
「お互いの体温を長時間感じた…………くっ、なんだこの辱めは!」
「今更でしょ」
苦辱に顔を赤らめるタカナをマナカは切って捨てる…………実際問題クリムとのなれそめを語らせた後なので今更ではあるが、それとはまた別の苦辱であるのも確かだと思う。
「キスはしたの?」
「…………した」
「どっちのほうから迫ったの?」
「そんなことまで言う必要が?」
「重要でしょ」
マナカは断じる。
「…………彼のほうからだ」
苦渋の表情で答えるタカナにマナカは意外そうな表情を浮かべる。
「なんだ、ちゃんと愛されてるじゃない」
「…………だからつらいんだ」
「ま、そりゃそうね」
愛されていると自覚できるからこそそれを裏切っているのが辛い…………なんというか本当に僕も申し訳なくなってくる。
「ならクリム君は押し掛けてくる前提で考えたほうがよさそうね」
「…………何度も言うが彼は冷静な判断ができる男だぞ」
「それでも、よ」
ノワールさんの意見に同意するというだけでなく、マナカにはその確信があるようだった。
「起こってほしくないことに限って、ここ最近は起こってるじゃない」
忌々しく口にするマナカのその言葉を、僕は否定できなかった。
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