二十六話 次々に明かされるもの
「お前さん、誰か弱音を吐ける相手はおるのか?」
そんなことを尋ねられたのはクリムを徒弟としてから一週間ほど経った頃だった。普段の彼は見た目相応の子供らしい言葉遣いをしているのだけど、その時は思わず素が出てしまったのだと後に彼は言っていた。
「何を突然…………」
言い出すのかと口にしかけて私は気づいた。この世界においても私は頼られる側だった。最初はそうでもなかったのだけれど、自身の力の使い道に気づいてそれを公にしてからは顕著に様々な人から頼られるようになった…………それこそ前世を含めても私より年上であろう人々からも私は頼られた。
なにせ私は正しさの判定ができる。問題ごとの相談をするには最適の相手だと認識されてしまったのだ。
もちろん私の力はそんなに便利なものではない。持ち込まれる相談事それ自体に力を使えば反動が大きい。
だから私はその相談事に正しい答えを返せるようにまずその相談事の内容を細分化して出来る限り判定の反動が小さくなるようにし、必要なものだけ判定を済ませてそれを再統合して答えを返すような真似をしていた。
それはそれで余計に精神的な疲労はあったが、頼られると無碍にもできない。
そんな私だから弱音を吐ける相手は同じ転生者のその中でも親しい友人くらいだった。彼女らにはずいぶんと助けられたと思う。マナカは私をタフだと言ったけれど、そうでなければどこかで私は限界を迎えていたのではないだろうか…………しかしその友人たちも魔王討伐へと赴いて皆死んでしまった。
唯一マナカは生き残ったが、あんな精神状態の彼女に弱音を吐けるほど私も厚顔無恥ではない。
つまり今の私にはクリムの言う通り弱音を吐ける相手がいないのだ。
「弱音なんて吐いてはいられない」
けれどその時の私は強がった。そんな私を会切れるように彼は見たのだ。
「子供の強がりじゃな」
「っ、子供はお前の方だろう!」
「それはその通りじゃし、そのように過ごすと決めてはおったのじゃが…………あえて今は年長者として振舞わせてもらおう」
その瞬間に彼の持つ雰囲気が変わったように私は感じた。それまでの良く言えば静かで覇気のない雰囲気から、背中に太い芯が通ったような存在感へと変化したのだ。
「お主は自分に責任感があると思っておるのじゃろうが、そんなものは勘違いじゃ。今のお主はただ頼られる自分を演じて己の弱さから目を逸らしているだけに過ぎぬ。己の弱さも認められないようではいずれ潰れるのは道理…………それで責任を果たせぬのではそれこそ無責任ではないか?」
「そんなことは…………」
否定しようとしたが私はその先を口にできなかった。私の理性はその言葉が正しいと認めてしまっていた。
「確かに、そうかもしれない…………」
流石の私もそこから強がって見せるほど強くはなかった。
「だけど、それならどうすればいい…………私の抱えているものを全部吐き出していい相手なんて私にはもういない。それはあなたの言った通りなんだよ」
だがそれを認めたからって解決はしない。私に頼れる相手がいないのは指摘された通り事実なのだ。
「それならここにおるではないか」
そんな私にクリムはそういった。
「それを受け止める覚悟もなしにこのようなことを言ったりはせんよ」
「しかし…………」
その時点の私には抵抗があった。それはやはりクリムの見た目が少年だったからだろう。
「タカナ」
けれどそんな私を彼は名前で呼んだ。力強い声だった。声色そのものは幼いのにそこに込められた意思が明確な強さを感じさせた…………思えば彼から名前で呼ばれたのはその時が初めてだった。大抵は名字で呼ばれていたし、人前では建前である徒弟として師匠なんて呼ばれていたからだ。
「わしを頼れ」
それはまっすぐに、心の中心を撃ち抜かれたような感覚だった。
「はい」
気が付けば私は素直に頷き、
クリムへとその心の胸の内を全て曝け出していた。
◇
「まあ、きっかけはそんな感じだ」
過去の記憶から現実に意識を戻して私は一旦口を閉じる。心の内を全て曝け出して楽になることのできたあの日のことは今でも鮮明に思い出せる…………あの時私初めて本心から他人に甘えることができたのだと思う。
私は友人相手に弱音は吐けたが、甘えるということはできていなかった。だからそれは前世から含めても初めてのことだったのだ。
「クリムからは私の力がそうであるからといって正しさに囚われる必要はないと諭されたよ。不合理さを含めてこそ人間なのだから無理に正そうとすれば歪になる…………それを聞いて私は素直に自分の感情を認識することができたように思う」
そう口にしながら私はマナカを見た。
「マナカ、私はお前の復讐心を否定しない…………同じものが私の中にあるからな。例え他の方法を選ぶのが合理的であっても私は魔王がむごたらしく死ぬ方法を選ぶ。魔王には絶対にわたしから仲間たちを奪った報いを受けさせてやる」
「…………そうね、私も同じ気持ちよ」
息を吐き、諦観したような表情でマナカが私を見返す。それは暗い感情ではあるものの、久しぶりに彼女との友情を確認できたような気分だった。
「でも」
それはそれとしてというようにマナカは言う。
「なんか今の話って惚気とは違うと思うんだけど…………というかまだ恋人にはなってないのよね?」
「ああ」
私は頷く。
「クリムに告白したのはそれからしばらく経ってからだったからな」
「あんたからしたんだ」
「そうだ」
彼は私の気持ちには気づいていたが動く気配がなかった。だから私の方から動いてクリムに異性として私を意識させるしかないと思ったのだ。
「好きになったのはやっぱり頼れる相手として父性を感じたからってこと?」
「それが大きい…………まあ、きっかけは別だが」
それは今思い出しても頬がほころぶような出来事だった。
「きっかけって?」
「彼が棚の角に小指をぶつけたのだ」
「…………は?」
私の言葉の意味が理解できなかったようにマナカが口を空ける。
「だから、彼が棚の角に小指をぶつけたのだ」
「言い直さなくても聞こえてるから理解できていないのよ」
頭痛を起こしたような表情でマナカが私を見る。
「わかるように説明して」
「小指をぶつけて悶絶する彼の表情がとても可愛かったのだ」
それはそれは本当に可愛かった。
「普段は年長者として私を諭してくれる彼の見せるその子犬のような表情になんというか……ぐっと来てな。そこからはずっと彼を意識して止まらなかった」
「ちょっと待って…………混乱してきた」
私を止めるようにマナカが手の平を突き出す。
「あんたそのクリムに父性を感じてたのよね?」
「ああ」
「その彼が苦しんでるところを見て惚れたってことなの?」
「なんと言うんだったか…………ギャップ萌えというやつじゃないかな」
「…………それ多分違うと思うわよ」
疲れたような表情をマナカが浮かべる。
だが仕方ないじゃないか、人間とは彼も言った通り不合理な生き物なのだから。
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