その後 2.甥っ子
父セリオンが隠居し退位すると、六人兄弟の一番上、兄カリマが王となった。
末弟の俺アスールは、そんな兄を支えつつ、日々公務に明け暮れている。
そんな中、近隣の国に不穏な空気が流れていると情報が入った。どうやら、トエルノを責めるつもりらしい。
相手は大国ではない。ただここ最近、近隣の国と手を組んで、かなりあくどい手法で稼いでいる様で。金の力に任せ武器や兵を雇い、それで攻めようと言うらしい。
この情報はある筋から伝えられた。
辺境で警備につくルベルという男からだ。
すでにトエルノの騎士は止めていたが、同じ地にとどまって、顧問となって僻地の兵士に頼られているらしい。かなり詳しい内容で信じるに足りた。
お陰で相手が攻め入って来る前に先手が打てた。
相手の弱点をつき、隣国との繋がりを断ち切り、戦力をかなり削ぐことができたのだ。
小国は結局、トエルノに吸収されるにいたり。
討伐後、兄カリマはルベルに報酬を送ったが、それは僻地で戦った兵士へと配られた。ルベルは自分の手柄ではないのだと言う。
では誰がと問えば、詳細は言えないと、それだけだった。
仕方なくカリマは引き下がったが──。
「せめて顔くらいみてやろう」
俺はこっそりと城を抜け出し、南へと向かったのだ。
どうやら、ルベルの元にその情報源となった人物が出入りしているらしい。
しかし、ルベルに会ったが──。
「いや、それがつい先日、出ていったきりでしてな。ご足労いただいたのに、アスール様には申し訳ございません」
そう言って、白髪となった頭をかいて見せた。
顔には深いしわが刻まれるが、まだまだ壮健と言えそうだった。若い頃はかなりの使い手だったと聞く。
「いや、いい。こっちが勝手に尋ねたんだ。気にしないでくれ」
そう言ってルベルの館を後にした。
✢✢✢
その夜、直ぐには帰らずその街へ宿をとった。
宿の酒場のカウンターで飲んでいると、数人の男に取り囲まれる。何事かと見渡す。
顔にも身体にも傷があり、刺青も多い。いかにもガラの悪い連中だ。
「…なにか?」
男たちは三人だった。
「やあ。ひとりで寂しそうだったから、俺たちと飲まないかと思ってな。どうだ、おごるぞ?」
「──遠慮しておく。一人で飲みたい気分なんだ」
「そう遠慮しなさんな。おごるって言ってるんだ。あっちで一緒に飲もうぜ?」
一人が遠慮なしに肩を掴んできた。それを振り払うと。
「…断っている。しつこいのはどうかと思うぞ」
「怒るなって。可愛い顔が台無しだ。──なあ?」
仲間を振り返って笑う。
どう見ても怪しい。それに、どうやら俺を口説こうと言う魂胆が丸見えで。
父親と母親の容姿のいい所をすべてあわせた様な容姿だ。昔から人目を惹いた。
王子と分かっている者は気安く声をかけてこなかったが、こうして身分を隠して街にくり出せば、よからぬ連中に声をかけられる事もしばしば。
兄カリマがいれば、いい虫よけになったが───カリマは生まれる前に亡くなった、母の兄ににているらしい。とても精悍な顔つきだ──王になった今はそうもいかない。
さて、どうやって追い払おうかと算段していれば。
「いい加減、その辺にしておいたらどうだ?」
軽やかな声。若い男のものだった。
年は近いかもしないが、かしたら、下かもしれない。
振り返ると、深くフードを被ったほっそりとした男が柄の悪い連中の肩に手をかけた所だった。
「おいおい。放っておけよ──いや、あんたも一緒に飲むか?」
男の内の一人が、フードの下の顔を覗き込んでそう口にした。若い男はため息を漏らしたあと、
「…わかった。まとめて面倒をみよう。流石にここじゃあな。別に宿をとってある。──そこで飲み直そう」
「い、いいのかい?」
男のひとりはあからさまに鼻の下を伸ばした。すると、若い男は笑ったようで。
「ああ。ただし、順番だ…」
男たちの間から歓声の様な声が上がる。
まてまて、流石にそれは聞き捨てならない。
「待ってください! あなた、それでいいんですか?」
すると、口元に笑みを浮かべたまま、
「──慣れているからな」
そうして、男たちを引き連れ、年若い男は出ていった。
しかし、このまま放っておくことはできない。アスールは慌てて後を追った。
✢✢✢
酒場を出ると、すぐ横の路地に男たちが入っていく所だった。
見失う!
急いで後に続くが、路地を曲がった瞬間、うめき声があがった。
え?
男の一人が地面に蹲っている。そして、見る間にもう一人ものされた所だった。最後の一人は目前に立つ大男に震えあがっている様子。
「か、かんべん──」
「アスールに手を出そうとした時点で、終わりだ」
言う間に強烈な拳の威力に、男はなす術も無く地面の上に這いつくばり気を失った。
アスール…? どうして俺の名前を?
「カリマ、あまり派手にするな。見られたら──」
年若い男は、大男にそう言ってから、俺の存在に気付いたらしい。ああ、と声を漏らしたあと。
「見られたか…。もう、君に手は出さないだろう。夜の酒場は十分気をつけるように」
振り返った男の頭からはフードが落ちていた。黒い髪に灰褐色の瞳。肌の色は濃い褐色だ。異国風ではあるが、とても目を惹く。
「あ、あの、有難うございます…。強いんですね?」
すると、男はカリマと呼ばれた大男を見上げ。
「それが売りなんだ。心配性なのが玉に瑕だけどな」
「性分だ」
男はのした男たちを手にしていたロープで縛り上げている。
「それ。どうするので?」
「警備兵につき出す。ここの界隈に最近流れてきた奴らで、風紀を乱していた」
「そうか…。良かった。これでここの住民も安心だ。ありがとう」
「礼はいらない」
貌を上げた所でフードが背に落ちる。
銀灰色の髪に瞳。あれ?と思った。面差しがどこか兄に似ていたからだ。
兄の黒髪とも青い瞳の色も違う。けれど似ている。
男は伸びた奴らを逃げない様に、傍の柱に縛り付け、知らせの為に立ち去ろうとした。
「それじゃあ、気をつけて」
年若い男が声をかけてくる。俺はそれに応じながらも。
「あ、あの! カリマって聞こえたんですが、偶然、兄と同じ名前なんです──」
立ち去りかけた男は立ち止まり、
「──そうか」
そうとだけ答えた。去り際、カリマと呼ばれた男は口元に微かな笑みを浮かべていた気もした。
✢✢✢
「あれって、カリマの甥っ子だな? 大きくなったな…。それに、よく似てる」
「リノンとセリオンにな」
「現王のカリマは、君にそっくりだ」
「笑うな。少し面差しが似ているだけだ」
「ふふ。もう一組の『俺たち』も、セリオンを守っているんだな?」
「そう言うことだな…」
「セリオンはきっと、幸せだな…」
「ああ。──そうだろう」
「さてっと、ルベルには礼を言っておかないとな。アスールの来訪を教えてくれた」
「まったく。血のつながりはないくせに、どの『アスール』も無鉄砲だな」
「いってろ」
ぽすりと脇腹をゲンコツで叩くと、
「だから目が離せない」
そう言って、顔を傾け唇にキスを落としてくる。
「──離されてもこまる」
銀灰の目を見返すと、もう一度、今度はアスールから口づけた。
「もう、『彼』は大丈夫だ。あいつらの報告を済ませて、宿に帰ろう…」
「ああ」
そうして、夕闇に消えていった。
✢✢✢
「てなことがあったんです。名前もそうですが、すごく兄さんに似てて…」
午後のお茶の時間、私邸の居間でくつろぐ父母の元を訪れ、今回の旅の報告をすれば、
「──そうか」
どこか目を瞠る様にしたあと、父セリオンはそう答えた。その目が潤んだようにも見えたが、気のせいだったかもしれない。
母リノンはただ黙して笑みを浮かべると、
「アスール、そう言えば、旅で珍しい焼き物を見つけたのだとか? 見せてもらえるかしら?」
「はい! きっと母上が気に入ると思って。父上、では失礼いたします」
そうして、母と共に居間を後にした。
なんとなく、母は父をひとりにしたかったのかもしれないと、後から思った。
セリオンは一人になると、外の景色に目を向けた。若葉が緩やかな風に揺れる。
月日は流れた。
それでも、君たちは今も傍に寄り添っていてくれる──。
「いい友に、恵まれたな…」
セリオンは目頭を押さえた。
『離れていても、君を思う──』
アスールの声が聞こえた気がした。
ー了ー




