その後 3.セリオン
二人が去って、長い月日が流れた。
その間、敵対する国との戦や、魔獣の来襲など、それなりに重大事件が起こったが、その度にそれらを撃退してきた。
かなり危機的な状況に追い込まれそうになった時、どこからか加勢があり、必ず勝利した。
部下が言うには、どこからともなく流れてきた、流民に助けられたのだと言う。
顔を覆い隠していたため、誰も正体を知らなかった。他の兵士と同じように戦いに参加し、戦が終わる頃、姿を消したと言う。
あいつら──。
どこかに消えたようでいて、ずっとこちらの行く末を見守っているのだろう。
アリヴの元へは時折、訪れている様だった。彼伝いに聞く話によると、まったく年を取った様子がないのだとか。やはり、魔獣だった時の身体の名残があるのだろう。
二人が無事ならそれでいい…。
会いたいが、向こうが会いたいと思わない限り、顔を合わせることは無いだろう。
「父上!」
母親譲りの黒髪とセリオンそっくりの青い瞳を持つ少年がかけてくる。末の息子だ。
「どうした? アスール」
「カリマが──兄さんが、意地悪するんです…」
「何があった?」
「僕は小さいから、一緒には遊べないって…。いっつも置いて行くんです…。僕だって、剣は使えるのに…」
セリオンは息子を膝の上に抱き上げると。
「そうだな。アスールの剣の腕はかなりのものだ。だが、兄たちの様に獣を倒せるようになるには、もっと強くなる必要があるな。遠出はそれができるようになってからだ。それまでは私が相手をしよう」
「ほんと?」
「ああ。昼食後にな。少しなら時間もある」
「やった! 約束ですよ! 父上」
そう言って、跳ねるようにしてセリオンの膝の上から飛び降りると、迎えにきた乳母の元へ走って行った。黒い髪はアスールをどこか思い起こさせる。
セリオンには息子ばかり六人いた。かなりの大所帯だ。それぞれ友人と兄たちの名前が付けられている。みな、可愛い子供たちだ。
リノンは次々と、友や兄らの名前を付けるセリオンになにも言わなかった。
兄達の名前には、今度こそ健やかに成長するよう最善をつくしましょう、とだけ言った。
ばかみたいだろ? アスール。カリマ。これは単なる自己満足なんだ。
勝手に名前を付けて、過去を取り戻そうとする。けれど、彼らを幸せにする事が、先に亡くなった彼らへの他向けにもなる気がして。
君たちは旅立って離れてしまったけれど、俺のカリマとアスールはここにいる。
これも、自己満足だな?
セリオンは窓の外に目を向けた。緑の葉が風に揺れ、暖かい風を運んでくる。どこかに甘い香りをかいだ気がして目を細めた。
今も、君たちは幸せかい?
✢✢✢
床につく枕元に、誰かが立った気がした。
いつか嗅いだ覚えのある、甘い香りがする。
「…誰だ…?」
「──セリオン」
ああ。覚えのある声だ。──忘れるはずもない。
「アスール…」
すでに身体は衰え、呼吸もままならない。医師はもう何も言わなかった。ただゆっくりお休みくださいとだけ言う。直に終わるのだ。
これは夢だろうか?
伸ばそうとしても手が伸ばせない。その力がないのだ。代わりに誰かがその手に触れた。しっかりと握られ温もりが伝わって来る。
アスール。君に、もう一度触れたかったな。
「…キス、してくれないか?」
どうせ、これは夢だ。それなら、カリマも許してくれるだろう?
「…ああ」
どこか涙にくぐもった声が聞こえ、かさついた唇に確かな温もりを感じた。
ふふ。君が素直に応じるなんて。嬉しいな──。
それから、俺はまたゆっくりと深い眠りについた。
次に目覚めた時は、きっと本物の君が傍らにいると信じて。
また、あの冒険の続きをしよう。それまで、お別れだ。──アスール。
「…行こう。もう──」
カリマがそっと肩に手を置いた。
「うん…」
彼は旅立った。それでも離れがたくて、握り締めていた手に口づけそっと離す。
また、会う日まで──。
その時は必ず、一緒に旅に出よう。冒険の続きだ。──セリオン。
ー了ー




