終章
「ルベル、兵を借りたいんだ」
「はぁ? またか…。で、何があった?」
その後、ルベルはネラでの功績を評価され、騎士の位を貰ったものの、結局僻地が合うからと、今度は南部の僻地へ志願して今に至る。
当時の部下達も、都合がつくものたちは引き連れて行った。
中にはアスールやカリマの顔を知る者もいたが、気付いても黙っていたし、アスール達も早々顔を晒さなかったため、大ごとになることはなかった。
「トエルノに侵攻しようとしている国がある。ちょっと偵察に潜り込みたいんだ。俺とカリマだけじゃ手が足りない」
「ったく。相変わらず物騒な案件ばっかり…。相変わらずかわいい顔しやがって。──なあ、俺とひと晩過ごすってんなら、安くしてやってもいいぜ?」
と、アスールが答える前に、ルベルの目前に白刃が煌めいた。
「──冗談だろう? ルベル」
ルベルは声の主をジロと睨み。
「ったく。こっちも相変わらず気が短けぇな…。アスールが関わるとすぐこれだ。ちったぁ融通きかせてくれたっていいだろう? カリマ。こっちの寿命は短けぇんだ」
「そう言う問題じゃない」
「──わかったって。ちょっと言ってみただけだ」
両手を上げて降参して見せるルベルに、ようやくカリマは喉元に突きつけた剣を下ろす。
「…五人もいればいい。城に潜ませるのと城下を探らせるのと。城内には女も潜ませたいんだ」
「──わかった。午後にまた来てくれ。その時までに集めて置く」
アスールは笑顔になると、
「ありがとう。ルベル。いつも助かってる」
「礼はいい。お前らが元気な顔を見せてくれるならそれでいいさ」
「報酬はきちんと払う。顔は見せるようにするよ。──忘れられない様に」
「忘れるかっての。死ぬまで忘れねぇな」
ルベルは笑うと、アスールの胸元を軽く拳で叩いた。それから、傍らで佇むカリマに顔を向け。
「──あんたも。アスールのこと、くれぐれも頼んだぜ?」
「誰だと思ってる」
「はいはい。あんたが創造主だからな?──っと、これはやたらと口にしちゃいけねぇな」
ルベルには経緯を話してあった。身近にいて、全てを知る唯一の人物だ。カリマは僅かに苦笑すると、
「聞いたところで誰も信じない。──また午後に」
「おう!」
「じゃあ。たのんだ」
アスールはひらりと手を振って部屋を後にした。
カリマがその背を支えるようにして出ていく。出ていく頃には二人とも顔を布で隠していた。そんな民は幾らでもいる。誰も見咎めることはない。
ルベルは、光の差す中、出て行く二人の背を見送った。また、午後には顔をだすはずだ。
「これは、次にも引き継いでいかねぇとな…」
ルベルはひとりごちた。
もし、自分がこの任につけなくなった時。誰かがまた、あの二人を助けられるようしておくつもりだった。
どこからともなくやってくる二人に、いつまで付き合うことになるのか、今は分からない。
けれど、二人が生き続けるまで、顔を見せなくなるその日まで、続けていきたいと思った。
✢✢✢
セリオンの元を離れたことで、俺達の物語は一旦、終わった。
けれど、この先からはもっと長い。
どこまで行けるかわからないが、カリマと共に、この先もトエルノを、セリオンの生まれたこの国を支えて行けたらと思う。
それが、俺のできる唯一の答えだ。
俺を好いてくれた君への──。
「アスール、ルベルを待つ間、そこの川辺で休もう。疲れただろう?」
「そうだな…。昨日から移動ばかりだったものな。名案!」
カリマについて、街を流れる川辺に向かった。
まばらな木々の間を抜けて現れた川は、澄んだ碧い水を湛えていた。なだらかな草地と砂利の川辺に人影はない。
さすがに南部まで来ると日差しがきつく、湿気もあってさらに熱さを感じた。目の前の水は冷たく気持ちよさそうだ。
俺はうずうずしながら背後のカリマを振り返る。すると、すぐに意を汲んだカリマが。
「──浴びるといい。俺はここで見ている」
「なんだよ…。一緒に浴びないのか?」
すると、珍しく視線を彷徨わせたカリマは。
「──いつか、セリオンが言ったが。やはり好いたものと気軽に薄着になると、目のやり場に困るし、手も出したくなる。──いいから浴びるといい」
「って、なんだよ。それ」
今更の気もする。
日中から、しかも人目につきそうな場所で行動は起こせない、と言う事だろう。いちゃつく姿を人にみられるのもごめん、ということなのだ。
仕方なく一人、身支度を解き水に入る。
足を浸すとヒンヤリと冷たく心地いい。ほっと息が漏れた。
さすがにひと目は気になる。下は履いていた。それでも下履きだけだから、体が重くなることはない。
軽く泳いでから川辺に佇むカリマに目を向けた。カリマはそこへ腰を下ろし、こちらを見ている。
軽く手を振ってから、もう一度、今度は潜り水中を観察した。
川魚が泳ぎ、水草が揺れる。流れは緩やかだが、向こう岸に近い場所は深くなっていた。
そちらには近づかない方がいいと、方向を転じたところで、突然、視界がざぶりと泡に包まれた。誰かが飛び込んだのだ。
「?」
なんだと訝しむと同時、体が勝手に水の上に引き上げられる。
「っふ、って、何?」
目に入る水に顔をしかめながら、自分を引き上げたカリマに目を向ける。
着ているまま飛び込んだからびしょ濡れだ。白銀の髪から水を滴らせながら。
「溺れたかと──」
「はは! 大丈夫だって。ちょっと潜っただけだ。あっちが深くなってるから気をつけようと──」
と、その身体をカリマが抱きしめてくる。
「カリマ?」
「良かった…」
「ふ、大袈裟。相変わらず心配性だな? 俺は大丈夫だ」
大きな背中を抱き返す。
俺はすっかりこのカリマに守られ生きている。彼の父によって生かされ、彼によって生み出され。
この先も、命が尽きるその時まで、彼と共に生きていく──。
いつか大樹の前で誓ったことが現実となって目の前にある。何十年、何百年と生き続け。どんな世界が見えるのか──。
「ずっと傍にいるって」
「…もちろんだ」
それも、カリマと一緒なら、光に彩られた生き生きとした世界が広がるに違いない。
大樹のもとで未来に思いを馳せる過去の俺に、大丈夫だよ、と声をかけたかった──。
──きっと、願いは叶うから。
大樹の根元に佇む、小さな背中を見た気がした。
ー了ー




