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闇の声 光の子  作者: マン太


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18.魔獣

 アスールは、部下が襲われたと言う場所までやって来た。

 辺りの樹木は荒れている。枝が折れ血痕が飛び散っている様子からも、ここが襲われた現場なのだと知れた。


 いったい、どんな魔獣だ?


 無残な姿の鎧はあちこちに散らばっていたが、遺骸の一部もないところを見ると、すべて食いつくされた、と言う事か。この惨状は、城での様を思い起こさせる。


 この魔獣が、ガラノス様達を襲ったのか?


 ゾワリと冷たいものが背筋を走った。そのまま辺りを注意深く見て回る。ふと足元に白い欠片が見えた。周囲の泥の中にあってそれは異質だった。石ではない。

 注意深く指先でつまみ上げると、切れた鎖があとから続いた。泥にまみれているが、それは小ぶりな細工物のペンダントトップだった。


 これは──。


 愕然とする。見間違えるはずがない。

 真ん中は丸く円を描くように空いていて、周囲には三日月と星が彫り込まれている。

 それは以前にシアンへ贈ったものだった。同じものは二つとないはず。


 シアン様が──ここに? 生きているのか?


 が、ふと思う。

 泣いていた女、と言っていたが、シアンを知らなければ、女性と見紛うだろう。

 美しい金糸に白すぎる肌。色素の薄い青い瞳。王室の行事があっても、滅多に表へ顔を見せる事はなかった。下々の者が知らなくても当然だ。

 手にしたネックレスを握り締める。


 女が──魔獣に変化した…。


 報告した兵士の怯えた表情が思い浮かぶ。嫌な想像に身体が震えたが。シアンと魔獣がどう関わっているかは分からない。

 なんにせよ、生きているなら助け出す事が先決だ。

 もっと何か手がかりはないかと、周囲を見回したが、それ以上は何も見つける事が出来なかった。

 魔物が去った跡なのか、茂みが乱れている箇所がある。それは森の奥へと進み、途中で途切れていた。まるでそこから突然、空へでも飛び上がったかのよう。


 空を飛ぶのか?


 王等を襲った魔物も飛び去ったと聞いている。だとしたら、それ以上、後を追うことは困難だった。


 これ以上は無理か。


 ため息をつくとアスールはその場を離れた。



『アスール…』


 茂った木の枝に身を潜め、去っていくその姿を見下ろす。

 胸の内にほのかな温もりを感じたが、同時に切なさが襲う。


 こんなはずではなかったのに。


 君もとうとう、僕を見限るだろう。アスール。


✢✢✢


「アスール! 勝手な行動は取るな。行動に移す前に許可を得ろ」


 本陣の野営地に到着し、カリマへ報告に向かうと、開口一番に叱責された。

 その後、無事に帰還したアスールは、部下と共に帰途に着いたのだが、途中でカリマが差し向けた部隊と合流した。心配したカリマが兵を送って来たのだ。

 その部隊も伴って、本陣へ帰還したのだが。本陣で待っていたカリマの表情は険しい。

 部下をおいて単身で哨戒にでたのだ。はたから見れば無謀な行動に過ぎない。アスールは肩をすくめると。


「カリマ、そう心配するなって。無茶をしたわけじゃない。あれ以上、被害を出したくなかっただけだ」


「お前は副隊長だ。まとめ役に何かあったらどうする気だ」


 語気が荒い。周囲にいた兵士たちも心配げな様子で黙って事の成り行きを見つめている。その中にはルベルもいた。


「早々やられない。カリマに鍛えられたからな?」


 そう言って笑めば、カリマは声音以上にムッとして見せる。


「──茶化すな。とにかく、無事ならいい…。次からはこちらに指示を仰いでから行動する様に。──それで、何か分かったのか?」


「まあ、な。──後は俺の天幕で話そう」


 皆の前では話辛かった。カリマは皆に一時解散を告げると、そのままアスールと共に天幕へと向かった。



「それで?」


 天幕に入るとすぐカリマは、続きを促した。アスールはカリマの問いに、ローブの中、懐にしまっていたネックレスを取り出す。


「それは──」


 カリマも見覚えがあったらしい。アスールはそれをカリマに手渡しながら。


「兵士が襲われた場所に落ちていた。これは俺がシアン様に贈ったものだ。一点物で同じものはふたつとない」


「シアン様が──いたと?」


「分からない…。ただ、巡回していた兵士は襲われる前に女を見たと言った。その女が魔獣に変化したと…。シアン様を知らないものが見れば、女だと思うだろうな。本人の可能性が高い…」


「──魔獣は、シアン様だと?」


「分からない…。けど、あそこにいた可能性は高い」


 それは、このネックレスが物語っていた。カリマはネックレスをアスールに返すと、


「…魔獣が出た場所を集中的に調査しよう。周辺への警戒も怠らずにな」


「それがいい。何か手がかりが見つかるかも知れない」


「アスール…」


 カリマが声を低くした。


「なんだ?」


「お前は特にシアン様を慕っていた。シアン様に何があっても冷静でいるように」


「…分かってる」


 カリマはアスールの弱点を見抜いていた。


『感情に流されるな』


 いつも剣術を習う時、そう言われた。いつでも冷静に。そうしないと、本来の力が発揮できないからと。

 確かにそうだと思う。興奮すると、冷静さを失い標的に突っ込むのが常だ。


 分かってはいるけれど。


 シアンがもし魔獣だったなら、冷静でいられる自信はなかった。


✢✢✢


 翌朝、現れた魔獣の調査に隊を二つに分けた。

 カリマの率いる隊と、ルベルの率いる隊。

 カリマたちは魔獣が現れた周辺の哨戒、ルベルは現れた場所の調査だった。

 アスールは隊を三つに分け、一つを自分に任せて欲しいと言ったが、カリマはうんとは言わない。そればかりか、自分と共に行動するように命じてきた。


「それじゃあ、偏りすぎだろ? それに効率が悪い」


 ルベル以下、隊の主だったものを呼んでの会議で、カリマはアスールの訴えを却下する。


「何があるかわからない。分けるより、集団で行動したほうが安全だ。ルベルの隊にもそれなりに人数を裂いた。──これでいい」


「広範囲を調査するには、これじゃ動きづらい。早く魔獣を見つけ出したいなら、別れて行動するべきだ」


「だめだ。危険すぎる」


「カリマ!」


 するとそんなやり取りを見ていたルベルが。


「隊長。何をそんなにびくついているんです? …アスールがそんなに心配ですか?」


 ルベルの言葉にカリマは鋭い視線を向けたが。


「──そう言う話じゃない。相手はどんな魔獣かわからない今、分散するのは相手のいいように立ち回られる可能性があるからだ。相手も少人数の方が襲いやすいだろう。ここへ派遣される兵士の人数は限られている。貴重な兵を減らすような行動は避けるべきだ」


「ふん。どうだか。顔にかわいいアスールが心配でしかたないって、書いてあるように見えますけどね」


「ルベル、会議中にふざけるな」


 アスールが注意すると、ルベルはそっぽを向いたが、


「なんなら、俺と交代しますか? 一度、現れた場所にまた現れることは少ないでしょう。残留物の調査が主な目的だ。安全な事この上ないですな。で、俺は別の隊を率いて調査する──これならいいでしょう」


 アスールもそれに乗った。


「俺はそれでもいい。手が増えるなら。ルベルには負担をかけるけど…」


「俺は別に。普段の哨戒と変わらんな。──どうする? 隊長」


 ルベルはニッと笑って見返す。カリマは嘆息しつつも、


「…分かった。ではその様に。俺の隊から半分、カリマの隊につけよう。好きに選ぶといい。だが、魔物を見つけても深追いするな。見つけたらすぐに、知らせるように」


「わかりました。呼笛をふきまくりますよ」


「そうしてくれ。では、準備が整い次第、出発だ」


 カリマの言葉に皆、各々の準備に取り掛かる。

 アスールが向かう先は先日軽く調査した場所だ。あれ以上、何か見つかるかは分からないが、もう少し詳しく見れば新たな発見があるかもしれない。


「──アスール」


 いよいよ出発の段となってカリマが声をかけてきた。カリマの率いる部隊の先発隊はすでに出発している。


「どうした?」


「お前も何かあればすぐに呼ぶように。──無茶はするな?」


「今更だろ? 大丈夫。気をつけるって。ほら、行けよ。隊長が遅れてどうする」


「アスール。もしシアン様を見つけても、無理に連れ戻そうとするな。何かある…。充分気をつけろ」


「分かったって。──ルベルじゃないけど、本当に心配性になったな? カリマは」


 アスールは笑う。カリマはムスッとした顔で。


「…もともとだ。前はずっと傍にいた。だからこうして気を回さなくとも良かった。だが今は離れて動くことが多い。…心配にもなる」


「俺は子供じゃない。危機があっても一人でなんとか乗り越えられる。俺を信じてくれ」


「アスールの力があることは十分わかっている。だが──それだけじゃない…」


「カリマ?」


 言いよどむ姿に、湯あみの時見せたカリマの様子と重なった。カリマはこちらをひたと見つめてくると。


「俺は──。いや、やはりいい…」


「うん…? じゃあ後でな」


 アスールは何処か去り難そうにするカリマの背を見送った後、自身も調査地へと向かった。



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