14.来訪
そうしてルベル以下、皆にも認められここまでやってきた。
ルベルに思いを向けられたのは、驚き意外の何ものでもなかったが、今ではいい友人だと思っている。
とにかく、今はガラノスたちを襲った魔獣の手がかりが欲しかった。しかし、それらしき気配はどこにも見つからない。気ばかりが焦った。
と、天幕内で寒さと戦いながら横になっていると、外から声がかかる。
「アスール」
「なんだ?」
応じれば仲間の兵が天幕をはぐり入ってきた。
「食い物を持ってきた」
水筒と携帯食の硬いパンを手にしている。水と食べればそれなりに味がして美味しいのだが。アスールは首を振ると。
「──大丈夫だ。それはお前が食べていい」
「だが…。少しは食った方がいい。それに、どっか痛むんじゃねえのか?」
左腕をやられたのを見られている。心配なのだろう。
「ありがとう。これくらい寝ていれば治る。──大丈夫だ」
「…わかった」
諦めのため息をつくと、仲間の兵は下がって行った。
けれど、言葉とは裏腹にジンジンと左腕が熱を持って痛み出す。どうやら寝ているだけでは済まなそうだった。傷口は軽く水で流した程度。本陣に戻るまではそれ以上の手当はできない。
暫く左手は使えないな…。
このままでは動かすのもやっとになるだろう。
そうして、浅い眠りにつこうかと言う頃。唐突に天幕の入口がまくり上げられた。冷たい風がどっと吹き込んでくる。
誰だ?
そんな無遠慮なマネをする奴は、ここにはもういないはず──。
身体に巻き付けていた固い毛布の間から、そちらに顔を向けようとすれば。
「こんな所に…」
ため息混じりの声。聞き馴染んだ声にアスールは驚く。
妹の婚儀が迫る中、こんな場所にいていいはずの人間ではなかった。
「──カリマ…。どうして?」
懐かしい白銀の髪と銀灰の瞳。嬉しい反面、困惑もする。
「迎えに来た」
「迎え? どうしてだ? 手紙にも書いたはず──」
だが、カリマは問いかけに答えず、ズンズンとアスールのもとまで来ると、その身体を毛布ごと抱えあげた。
「っ!? 下ろせ! 俺の事はかまうな──」
「黙ってろ。こんなに軽くなって、魔物の血にまみれて…。怪我もしていると聞いた」
「こんなの、寝て起きれば治る!」
アスールは何とかカリマの腕の中から逃れようともがくが、どんなに暴れても拘束は強く解かれない。
その間にも天幕を出て、何事かと目を白黒させる兵士ら間を縫って、カリマは野営地の奥へと向かった。
別に張られた天幕の中には、湯あみ場が設けられている。いつ指示したのか綺麗な湯がはられていた。
そこへ有無を言わさず、アスールの着ていたものを身ぐるみ剥がすと、湯の中へ放り込んだ。湯の中には薬草が浮かんでいる。一度沈んでから浮き上がると、顔についた湯を払いながら。
「──つっ、なにするんだ! 乱暴だなっ」
カリマは表情を変えず、湯船の中のアスールを見下ろすと。
「急にいなくなって──。どれだけ心配したか分かってるのか?」
「…リンテウス団長には伝えた。カリマには手紙で伝えたはずだ。探すなと言った…」
すると何を思ったのか、湯船の縁に手をかけると、アスールの左手首を掴んできた。
「っ!」
痛めている方の腕だ。思わず顔をしかめれば。
「身体は泥と野獣の血にまみれ、ろくに飯も食わず休みもせず、挙げ句に怪我まで負って…。──死ぬつもりか?」
「っ…、大袈裟だっ、そんなつもりはない…っ」
言いながらも、投げやりになっていたのは事実だ。何かに打ち込まなければ、セリオンへの思いで胸がいっぱいになり、苦しかったのだ。
カリマはため息をつくと、ようやく腕を離した。アスールはほっと息をつき、左腕を抱え込む。噛まれた傷は腫れ上がっていた。もとよりそれに気づいていたらしいカリマは。
「──風呂で汚れを落としたら、手当てをする」
「…わかった」
渋々そう口にすれば、出ていくものと思ったカリマがスポンジを手に伸ばした。
「カリマ?」
「洗うのを手伝おう。その腕じゃ無理だ」
「い、いいって! そんなの自分でできる…っ」
幼い子どもではないのだ。騎士団を束ねる側のカリマに頼めることでなかったのだが。
「いいから縁に座れ。今さら恥ずかしがる事はないだろう。お前の裸なんか見飽きた」
「そう言うんじゃなくて──。…もういい。分かった…。好きな様にしてくれ…」
半ば投げやりになって縁に座れば、そのまま黙ってカリマは洗い出した。
✢✢✢
泡のついたスポンジが背中を滑る。
確かに左腕は熱を持って痛み出していたため、動かし辛い。洗ってもらって正解だった。
「──セリオンも心配していた」
カリマが唐突にそう言った。アスールは一瞬身体を固くしたが、すぐに力を抜くと。
「…もう、終わった事だ。セリオンは俺にかまけている場合じゃない」
后になるリノンやこの国の行く末を気に掛けるべきだろう。自分の扱いなど、その辺に転がっている石と同じで良かった。
「セリオンは本気だった…。王なら妾くらい持つだろう。前王も持っていた」
確かに第一王子と第四王子までは今は亡き側室の子だった。元々愛妾だったのを正式に娶ったのだ。その女性は流行り病で亡くなったのだと言う。
第五のセリオンだけは、王妃の実子だった。
ようやく生まれた自身の子だったようだが、すでに後継は第一王子のアジュールと決まっていた。そのため、王妃は息子への関心が薄かったのだ。
それを知った時、幼い頃ずっと放っておかれていたセリオンの境遇に思い当った。だからこそ、セリオンは誰にでも好かれる天真爛漫な子に育ったのかもしれない。
「カリマ…。お前がそれを言うのか? リノンに対してそんな惨い仕打ちができるか…」
「リノンは受け入れる。そいう奴だ」
「…ありえない」
湯気が視界を覆う。
アスールは黒髪の美しい少女を思った。セリオンと並べば大層美しい王と后になるだろう。
国民に愛され祝福され。それを自分の様なものが邪魔する事はできない。
「俺は──お前の幸せも願っている…」
カリマはぽつりと口にした。背中にあったスポンジが胸元や首筋に添わされ滑り落ちる。
「…そう言ってもらえて嬉しいよ。でも、俺の幸せは──もう、セリオンと共にいる事じゃない…。──カリマなら分かるだろ?」
「分かる…。お前がどれほど、セリオンを思っているか、今も諦めきれずにいるか──手に取るようにな」
「とうに諦めはついている。確かに忘れたくて自暴自棄にはなっていたかもしれない…。けれど、そればかりじゃない…。俺はガラノス様たちを襲った魔物を倒したいんだ。──俺自身の手で」
アスールの幸せはガラノスたちの存在があってこそ。いつまでも幸せであって欲しかったのだ。
それを──。
目にした光景は今も目に焼き付いている。
あの惨状を、セリオンもカリマも目にはしていない。自分だけが目にしていた。せめて、その報いを一矢でも襲ったと言う魔獣に与えたかった。
自分の手で。
カリマはそんなアスールに暫く手を動かすことだけに専念していたが。
「…お前の気が済むまで俺も手伝おう」
「──カリマ?」
「俺だって、王や王子たちを襲った魔物を討ち取りたい思いは一緒だ。それで、お前の心が少しでも軽くなるなら、余計にな」
「リノンの婚儀に参加しないつもりか?」
振り返って咎めるようにそう口にすれば、カリマは唇を引き結び。
「──もとより、そのつもりで来た。セリオンにもリノンにも断りはいれてある。彼らもアスールの無事を願っていた。俺がいれば無茶はさせない」
「カリマ…。大事なものを見誤るな。俺なんかの為に、家族の大切な晴れ姿を見逃すなんて、どうかしている。リノンは王族に迎えられるんだ。しかも国の后として。一大事なんだぞ?」
すると、手を止めたカリマは、
「見誤ったつもりはない」
そう言って、まっすぐアスールを見つめてくる。ドキリとしたものの、そんな眼差しを受ける資格はないと思った。
「カリマ…。お前はいずれ、王家を支える立場として確固たる地位につくものだ。俺みたいないち平民に関わっている暇はないはず…。友情を感じてくれているのは十分わかっている。俺にはそれだけで十分なんだ。カリマやセリオンが正しい道で輝くことを望んでる。そうなってくれた方が、俺は幸せなんだ」
「…納得できない」
「カリマ。分かるだろ? どうやったって、お前たちと俺では、歩む道が違うんだ。子供みたいに駄々をこねず、進むべき道を進んでくれ──」
「わからない」
やや語気を強めてそう口にすると、ぐいとアスールの両肩を掴んで自分の方へ向かせた。
「カリマ?」
「俺は──出会ってからずっと、アスールだけを見てきた。セリオンよりも、先に俺は──」
ぐっと肩を掴んでいた手に力がこもる。熱い眼差しにいつもと違うカリマを見た。
「セリオンより、って?」
と、アスールの言葉に不意に我に返ったように、唇を噛みしめると。
「…なんでもない。すまない。少し興奮した。後は自分で洗えるか?」
「あ、ああ…」
洗いにくい背中や髪はすでに洗い終えていた。アスールが頷くと、スポンジを手渡し立ち上がる。
「着替えはそこにある。俺は天幕の外にいる。何かあれば呼んでくれ」
「わかった…」
「──アスール」
「なんだ?」
「俺の進むべき道は、自分で決めたいと思っている」
それだけ言うと、カリマは外へと出ていった。
アスールは一人になって、また身体を洗い出す。あとは泡を流すだけだ。カリマは何を言いかけたのか。あそこまで感情を露にするのは珍しい。
セリオンより先に。
熱い眼差しが何を語りたかったかを物語っている気もしたが、それは思い過ごしだと思った。
単に突き放そうとしたアスールに、怒りを覚えただけなのだ。
幼い頃から共に過ごしてきた。互いを無二の親友だと思って。それを身分の違いがあると言って切って捨てようとしたのだから怒りも当然だ。
でも、本当の事だ。
自分の居場所は分かっている。光り輝く場所に、立つことは無いのだと。




