八
「良一のお母さんも、さっちゃんの両親も。父ちゃんたちはさ、好きこのんで死んだ訳じゃないだろ? もっと生きたかったと思うんだ。だからおれたちは、死んだ親の分も一生懸命に生きようよ」
正太の言葉に、ぼくとさっちゃんは大きく頷いた。
「そしてさ、おれたちが親になったら、生まれてきた子どもをうんと可愛がって、できるだけ一緒に居てあげよう!」
ぼくとさっちゃんはまた頷いた。
「わたし、子どもができたらうんと大事にする。たくさんお話して、仲良し親子になる」
それいいね。とぼくと正太が頷くと、さっちゃんは笑い泣きをした。でも、またすぐに顔を曇らせる。
「でも、ここからどうやって帰るの? 落ちて来た穴は見えないし、わたしたち、このまま帰れないのかな……」
さっちゃんは、そう言ってまた泣き始めた。
「ぼくたちは必ず助かる。外にいる父さんたちも、きっと探してくれているはずさ。恐い物なんていない、泣かなくても大丈夫だよ。さっちゃん、ほらあそこに階段があるよ」
さっちゃんの気をまぎらわすためと、励ますつもりで、ぼくはそんな分かりやすい嘘をついた。
「本当だ!」
さっちゃんと正太は、ぼくの指差した方角を見て、二人同時にそう言った。
えっ? と思って、ぼくも指差したその先を見てみる。そこには、洞くつの壁にくっついた土でできた階段があった。ぼくは調子に乗って、階段の先を指差した。
「ほら、あそこには出口がある!」
そう言うと、さっちゃんと正太は瞳を大きく見開いて「本当だ!!」と同時に叫んだ。
ぼくは階段の先を見て、驚いた。何も無いはずのその場所には、出口らしき大きな窪みができていた。
ぼくがポカンとその場所を見ていると、正太が勢いよく立ち上がった。
「母ちゃんたちの元に、帰ろう!!」
そう言って、座ったままのさっちゃんとぼくに手を差し出した。さっちゃんはその手に掴まって立ち上がった。
さっちゃんは立ち上がって、ぼくの方を振り返り、ニッコリとほほ笑んで、何かに気づいたようにハッとした。
「ひざから血が出てたのね。ちょっと待って」
そう言って、さっちゃんはポケットからピンクのハンカチを取り出して、ぼくのキズ口に押し充てて、縛ってくれた。そしてぼくを立ち上がらせて「行きましょう」とほほ笑んだ。
階段の元に歩いて行くと、近いと思っていた出口はずっと高い場所にあった。
ぼくたちは、不恰好に掘って作られたような階段を上り始めた。
フクロウの親たちは、ぼくたちから近い位置を飛び回り、足元を照らし続けてくれている。
「がんばろうね。外にいる父さんたちも、きっと探してくれているはずだよ」
と、ぼくが言った途端、洞くつの広い壁や天井に、たいまつや懐中電灯を手にした消防団や、町の人たちが森の中を捜索する姿が映し出された。その中には、ぼくの父さんや正太のお母さんやさっちゃんのおじさんやおばさんも居て、その姿を見つけては指をさしながら、ぼくたちは階段を一歩づつ上がって行った。
「おれたちまた会えるかな」
正太は足元を見ながら、照れくさそうに言って「せっかく友だちになったんだから、また会いたいだろ?」と続ける。「また会いたいね」と言うぼくに「きっと会えるわよ」とさっちゃんも続けた。それを聞いて、正太は嬉しそうに笑った。
――――要らない子どもなんていない――――
――――みんな、大切な子どもたち――――
――――それぞれに役割があって生まれて来たのです――――
――――生きていれば必ずまた会えますよ――――
フクロウの親たちも、代わる代わるぼくたちを励ましてくれる。
広い洞くつ内には、ずっとぼくたちを捜索する人たちが映し出されている。
要らない子どもなんていない。みんな大切な子どもたち。ぼくたちはその言葉を胸に、フクロウの親たちと共に、狭い階段を上だけを見つめて登り続けた。
ようやく階段の一番上に到着して、ほらあなに入って行こうとするけど、フクロウの親たちは誰もついて来なかった。
ぼくたちは不思議に思い「どうして来ないの?」とフクロウの親たちに聞いた。
――――私たちはここまでです――――
――――もう一度会えて嬉しかった――――
――――もうここに来てはいけませんよ――――
――――元気に、未来を生きなさい――――
それを聞いて、ぼくたちは洞くつの中に戻って、ぼくはフクロウ母さんを抱きしめた。
「母さん、ありがとう。心配しなくても大丈夫だよ。父さんとも新しい母さんとも仲良くやっていくよ」
ぼくは、母さんを安心させるようにそう言った。正太もさっちゃんもそれぞれに親フクロウを抱きしめて、別れの言葉を交わしていた。
ぼくたちは涙を拭い、フクロウの親たちにさよならを言ってほらあなに足を踏み入れた。
フクロウ母さんたちは体を光らせ、後ろから照らしてくれている。ぼくたちは振り返らずに真っ暗なほらあなを進んだ。
ほらあなの先に、チラチラと灯りが見え隠れする。出口かも知れないと、ぼくたちの歩みはだんだん早くなって、走り出していた。ぼくたちは、夢中で走った。右ひざの痛みなんて全く感じなかった。
ぼくたちがほらあなから駆け出すと、そこは真っ暗で、あちこちでチラチラと灯りが動いているのが見える。その灯りが突然ぼくを照らし出して「いたぞー」と大きな声が上がった。ぼくが眩しくて目の前に手をかざしていると、わらわらと大人たちが集まって来た。
「良一!!」
そう呼ばれて、ぼくは突然抱きしめられた。
「父さん、ごめんなさい。心配かけてごめんなさい」
ぼくは、泣きながら父さんに謝った。
疲れていたぼくは、父さんに背負われておばあちゃん家に戻った。
恥ずかしかったけど、父さんの背中は大きくて暖かかった。ぼくは、はっとして正太とさっちゃんを捜したけど、どこにも見当たらなかった。また会いたいなと思いながら、ぼくは父さんの暖かくて気持ちよく揺れる背中でうとうとして目を閉じた。
家に帰ると、心配していたおばあちゃんと高岡さんに抱きしめられた。ぼくが心配かけたことをあやまって、二人の顔を見ると目元に涙が浮かんでいた。
「ねえ。正太とさっちゃんは?」
ぼくは家に帰ってから布団に入るまでの間に、何度も父さんにそう聞いた。二人とも無事に家に帰ることができたのか心配だったから聞いたんだけど、父さんはものすごく驚いた顔をしていた。
次の日、起きた時に、夢の中で笑ってる正太とさっちゃんに会っていた気がする。
目が覚めて、布団に座りぼんやりしていると、様子を見に来た高岡さんと目が合った。高岡さんはすぐに父さんを呼びに行った。
ぼくはまだ高岡さんをお母さんと呼んでいない。
「良一、本当に無事でよかった」
父さんと高岡さんはぼくの側に座り、父さんの言葉に高岡さんも頷いた。ぼくはもう一度心配かけたことを謝った。
高岡さんが、たたまれたピンクのハンカチをそっとぼくに差し出した。その上には、正太にもらったあめが一つ乗っていた。
「ハンカチを広げてみて」
そう言われてハンカチを広げてみると、はじっこの方に『高岡咲子』と書かれてあった。ぼくは驚いて、高岡さんの顔をまじまじと見た。さっちゃんとどことなく似ている気がする。
「え? なんで? どう言うこと?」
ぼくが混乱していると、父さんが「おれの名前、言えるか?」と聞いてくる。ぼくは当たり前じゃんと思いながら「正太」と言った。
「正太? え? 正太とさっちゃん?」
ぼくは父さんと高岡さんを指差しながら、首を傾げてそう聞いた。二人は深く頷く。
「おれも、咲子も五年生のころに洞くつに迷い込んだことがあるんだ。このハンカチとあめを見て思い出したよ。でも驚いたな。良一は、昨日子どもの頃のおれたちに会ったのか。……不思議だな」
と言う父さんにもう一度「本当に正太とさっちゃん?」とぼくが聞くと、また二人とも頷いた。それを見て、ぼくは二人が無事だったんだと思ったら、涙が出た。
ぼくたちは洞くつでのことや、その後のことを話した。あの洞くつでのことがあってから、ぐんと三人の距離は縮まったけど、どうしても正太とさっちゃんに見えて、ぼくは困ってしまった。
父さんたちは、お盆休みが終わるのでマンションに帰ったけど、ぼくは、夏休みが終わるまでおばあちゃんの家で過ごした。
ぼくは高校生になった。五人兄妹の長男だ。
洞くつでの経験から、やっぱりぼくには、正太とさっちゃんが友達にしか見られなくて、正太は父さんだから父さんと呼んでいるけど、高岡さんのことはお母さんと呼べなくて、さっちゃんと呼んでいる。
ぼくは大学に通って、農業を学んで、おじいちゃんが残してくれた土地を守っていきたいと思う。おばあちゃんにそう言ったら涙を流して喜んでくれた。それに、洞くつに迷い込んだ時に探してくれた町の人たちに恩返しができればいいなと思ってる。
うろの洞くつに足を踏み入れたなら帰ることがむずかしい。
でも
君を大事に思う人が、必ず君を助けてくれる。
だから、きっと大丈夫だと信じること。
助かりたいと願うこと。
そうすればきっと、現実の世界に戻れるよ。
ぼくはこの土地に住んで、この話を語り継いでいこうと思う。
おわり
最後まで読んでいただき有り難うございます!
なんとか書き上げる事ができました。
アルファポリスの絵本、児童書大賞
8月31日までです!
宜しくお願いします(`∇´ゞ