↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
EDGE ―光と闇の約束―  作者: 岩梨
第八章 私を呼ぶ声
95/99

94. 狡い少年とその上司


 通りの一角で店の扉が荒々しく開き、誰かの身体が路上へ投げ出された。



「ちょ、ちょっと待ってくださいよぉ!」


 尻餅をついたのは、リシェイと同じくらいの年頃の少年だった。続いて料理人姿の大男が飛び出し、店先へ怒声を響かせる。


「金もねぇのに飯を食いやがって! いい度胸じゃねぇか!」

「だから、無銭飲食なんかじゃないんです!」

「じゃあ払え!」

「それが、その……財布が……!」



 カインたちは、そのやり取りだけで大方の事情を察した。

 人の入り乱れる貿易都市では珍しくない揉め事なのだろう。通行人もちらりと見るだけで、足を止めようとはしなかった。


「おい、行くぞ」


 カインが歩き出そうとすると、繋いでいた手が引かれた。


「でも……あの人、違うって言ってるよ。誤解されてるんじゃ……」

「事情は知らねぇけど、代金を払ってないのは確かだろ。揉めるなら警備隊に任せりゃいい」


 ここで騒ぎに関われば、人目を引く。レミを連れている以上、避けたい事態だった。


 だが少年は、とうとう路上で頭を下げ始めていた。


「すみません! 財布を落としちゃったんです! 探してきますから、勘弁してくださいよぉ!」

「そのまま逃げるつもりだろうが!」


 くすんだ金髪に、幼さの残る顔立ち。身なりは上等で、腰には長剣まで佩いているが、今はひたすら小さくなっている。


 店主がその胸ぐらを掴み上げ、拳を振り上げた。



 レミの手が、カインの指をすり抜けた。


「やめて!」

「おい、レミ!?」


 呼び止めるより早く、レミは二人の間へ飛び込み、少年を掴む腕へしがみついた。不意を突かれた店主の手が緩み、少年が地面へ転がる。


 だが、振り下ろしかけた拳は止まらなかった。


 レミが身を縮め、目を閉じたところで、鈍い音がした。



「……殴るこたぁねぇだろ」



 追いついたカインが、拳を片手で受け止めていた。


 店主は額に青筋を浮かべて押し込もうとしたが、その腕は動かない。カインが一歩前へ出て軽く押し返すと、体勢を崩し、尻餅をついた。


 レミが目を開くのを確かめ、カインはその頭を軽く小突いた。


「危ねぇだろ、馬鹿! お前が殴られてどうすんだよ!」

「ごめんなさい……でも、殴るのは……」


 俯いたレミが、小さく続けた。


「怖くて、痛くて……終わってからも、ずっと覚えてるんだよ」



 カインは言葉を詰まらせた。



 彼女が見ていたのは、代金を払ったかどうかではなかった。逃げ場を失い、殴られるのを待つしかない者の姿だったのだ。


 その気持ちを否定することはできなかった。

 けれど、彼女が次の標的になるところを見た恐怖も、すぐには消えない。


「……分かった。でも、次は俺たちを呼べ。お前まで殴られたら、こっちだって堪らねぇよ」

「うん……ごめんなさい」



 カインはその頭へ一度手を置き、立ち上がった店主へ向き直った。


「いくらだ。そいつの分、俺が立て替える」


 財布を出そうとした手を、レミが止めた。代わりに自分の金を取り出し、店主へ差し出す。


「私が払います。だから、もう殴らないでください」


 魔水晶を売って得た、彼女の手持ちの金だった。カインが口を開きかけると、レミは小さく首を振った。飛び出したのは自分なのだからと、その目が訴えていた。



 騒ぎに足を止めた人々の視線が集まる中、店主は差し出された金をひったくるように受け取った。見知らぬ少女まで殴りかけたことには気まずさを覚えたのか、目を逸らし、少年へ吐き捨てる。


「……次からは、食う前に確かめろ!」



 店へ戻った男が荒々しく扉を閉めると、フェイとリシェイも二人へ歩み寄った。


「怪我はないかい?」

「うん。大丈夫」

「もぉ、見てる方は大丈夫じゃなかったんだからね!」


 リシェイが頬を膨らませ、レミは申し訳なさそうに肩を落とした。



 見物していた者たちも、再び歩き始めていた。


 

 その人波の中に、冷ややかな目でこちらを見つめる影があったことには、誰も気づかなかった。



「いやぁ、本当に頭にきますね!」



 明るい声に振り返ると、先ほどの少年が服の埃を払っていた。レミは駆け寄って少年の無事を確認する。


「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」

「ええ! あなたも怪我をしなくて、本当によかったですね!」


 レミが安堵する一方、残る三人は揃って眉を寄せた。その言い方では、まるで偶然、同じ災難に遭った者同士である。


 少年は店の扉へ舌を出し、のびのびと背伸びをした。


「まったく、野蛮なんだから。財布を落としたと知っていたら、ボクだって食べませんよ! でも、こうして助かったんですから、神様はちゃんと見てるんですねぇ」


「……おい」


 カインの低い声に、少年は振り返ると顔色を変えた。

 ただでさえ背が高く、修羅場をくぐってきた鋭い目つきの男に本気で睨みつけられると、気弱な少年はビクリと肩を跳ねさせた。


「な、何ですか?」

「神様の前に、こいつに言うことがあるだろ」


 金を払ったのも、殴られそうになったのも、目の前にいるレミだ。彼女の助けを当然のこととして済まされては、黙っていられなかった。


 ところが少年は、納得したように手を打った。


「ああ、お金ですね! 邸に戻ったら郵送させますよ。住所を教えていただけますか? 謝礼も上乗せしておきますから!」


 カインの眉間に、深い皺が刻まれた。


「……そういう話じゃねぇんだよ」

「足りませんか?」


「ねぇ、一発だけなら駄目かな」


 リシェイが小声で尋ねると、フェイがにこやかに答えた。


「やめときな。今度はこっちが治療費を払うことになるヨ。気持ちはよーーーく分かるケド」

「そ、それも困るよ。ね、もう行こう?」


 レミが仲間たちを見回した、その時だった。



「あっ、テメェ! やっと見つけたぞ、ヤオ!」



 腹に響く声とともに、人波の向こうから大男が現れた。


 燃えるような赤い短髪に、鋭い青い瞳。目元と鼻頭には大きな傷が走り、分厚い身体の背には、布で包まれた巨大な得物を背負っている。


「ひぇっ! ジ、ジークさん!?」


 少年は逃げようとしたが、男は巨躯に似合わぬ速さで距離を詰め、あっさりと襟首を捕まえた。


「集合は十二時っつっただろうが! 俺様は時間にルーズな奴が大っ嫌いなんだよ!」

「それには、色々と訳があるんですぅ〜!」


 また変な揉め事が始まったとばかりに、カインは額を押さえた。男は少年を捕まえたまま、一行へ顔を向ける。


「ん? 何だ、アンタらは」

「俺たちは――」


「こ、この人を助けていたんです!」



 カインを遮り、少年がレミを指差した。


「……私?」


 自分を指したレミへ、少年は必死に頷いた。


「この人がガラの悪い男に絡まれていましてね! 見捨てるわけにもいかず、ボクが間に入ったんです。遅れるとは思いましたが、人助けを優先すべきだと!」


 ジークから見えない位置で手を合わせ、レミへ片目を瞑ってみせた。口裏を合わせてほしいのだと分かり、レミは困惑した。


「……そうなのか、銀髪の嬢ちゃん?」


 問われたレミは、少年を見た。先ほどとは別の理由で怯えきっている。嘘はいけないと思うが、ここで否定すれば、また酷く叱られるのだろうか。



 だが、その見苦しい態度に、カインたちの堪忍袋は今度こそ切れていた。



 レミが庇おうと口を開いたその瞬間、カインの手が伸びた。


「えっと、は……んんー!?」


 肯定の言葉になる前に、掌が口元をぴたりと覆った。レミが驚いて見上げても、カインは有無を言わせず自分の側へ引き寄せ、少年を睨んでいる。


「お前は黙ってろ。こいつの都合で、嘘までついてやる必要はねぇ」

「その通り。ここからは、オレが話すヨ」



 フェイが、極上の笑みを浮かべて前へ出た。



「オレはフェイ。旅の途中なんだけど、おたくと、その子の関係を聞いてもいい?」

「俺様はジーク=アルテイン。所属組織の用事で来てる。こいつはヤオ=エイジャ、まだ新米の部下だ」

「ふうん……部下ねぇ」


 フェイはゆっくり頷き、ヤオへ目を向けた。その笑顔を見たカインは、ようやくレミの口から手を離した。リシェイも黙って腕を組む。


 怒鳴るよりも殴るよりも、相手が一番困るところへ言葉を差し込んでいく。二人とも、この顔になったフェイを知っていた。


「じゃあ、責任者の方に会えてよかったヨ。本人とは、どうにも話が噛み合わなくてサ」

「……何?」


 ジークの眉が寄ると、ヤオは慌てて笑顔を作った。


「い、いえ、大したことでは! ちょっとした行き違いがありましてね!」

「そうそう。助けた方と助けられた方が入れ替わっちゃうくらいの、ちょっとした行き違い」


 即座に同意され、ヤオの笑顔が引き攣った。


「……ヤオ。どういうことだ」

「そ、それは……」


「順番に話そうか。その方が、間違いもないだろ?」


 フェイは返事を待たず、先ほどの店へ視線を向けた。



「まず、あの店からこの子が放り出されてきたところからなんだけどネ――」



もう1話、夜に更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。