92. 願い星
陽が沈む頃、四人は山小屋の外にあるかまどで夕食の支度を始めた。
カインが薪を組み、フェイが火を起こすと、辺りに温かな橙色の光が広がった。レミは鞄から調理道具を取り出し、昼間に採ってきてもらった野草を水で洗った。
「夕飯、私に作らせて? 干し肉と野菜でスープを作るね」
「お、助かるネ。オレ、もう腹ぺこ」
「アタシも! 何か手伝うことある?」
リシェイが覗き込むと、レミは少し考えてからパンを差し出した。
「これ、四人分に分けてもらってもいい?」
「任せて!」
「四人分だからな。お前のだけ大きくすんなよ」
「まだ何もしてないのに!」
カインに釘を刺され、リシェイは頬を膨らませた。その手元をフェイがわざとらしく覗き込み、レミは笑いながら鍋へ向き直った。
デュロアルの『家』でメルに教わった通り、干し肉を細かく刻み、火の通りにくい根菜から煮込んでいく。まだ考えながら進めることも多かったが、切り揃えた野菜がまな板に並ぶと、それだけで少し嬉しくなった。
リシェイがくつくつと煮込む音につられて寄ってきた。
「上手になったねぇ。カインの、ごろごろ大きいのが入ってるやつとは違う」
「大きけりゃ食いごたえがあるだろ。お前はまず、食えるものを作ってから言え」
「アタシだって作れるよ!」
「どこがだよ! 前の紫色のやつ、覚えてるか? 何でお前が作ると最終的に紫になるんだよ!?」
リシェイは初回に食事当番になってから外された。何をしても明らかな危険物になるからだ。「いっそ味付けは塩だけにしとけ」と言われてやってみても、何故か紫の物体が出来上がる。
リシェイは味方を求めてレミを見た。
「今度、一緒に作ってね。レミがいれば大丈夫だから」
「うん。……でも、どうして紫色になったの?」
「そこから確認するんだ……」
困ったような返事に、三人が笑った。リシェイもつられて笑い出し、パンをちぎりながら、その時に入れたものを指折り数え始めた。
やがて鍋から湯気が立ち、干し肉とハーブの匂いが辺りへ漂った。
器も匙も揃いではなく、パンは少し硬かったが、四人でかまどを囲むと、十分なご馳走に見えた。
レミは皆が口をつける様子を、少し緊張しながら見守った。
「あー、美味しい!」
「うん、冷えた身体に染みるネ」
「ああ。めちゃくちゃ美味い」
皆の言葉に胸が温かくなり、レミはようやく自分の匙を取った。
干し肉の旨味に、根菜のほのかな甘さが混ざっていた。皆が集めてくれたものを、自分が料理して、一緒に食べている。そのことが嬉しくて、同じスープをもう一口、ゆっくり味わった。
「まだあるから、おかわりしてね」
「はい!じゃあ、おかわり!」
「お前、今よそったばっかだろ」
真っ先に器を差し出したリシェイを見て、また笑い声が上がった。
***
食器を洗い、火の始末を済ませた後も、四人は少しだけ外に残った。
小屋の明かりが届かない空には、驚くほど多くの星が瞬いていた。レミが顔を上げたまま立ち止まると、リシェイが隣へ並び、フェイとカインも丸太へ腰を下ろした。
「わぁ……空が星でいっぱいだね」
「街だと、ここまでは見えないもんね」
リシェイに倣って丸太へ座ると、レミの肩に毛布が掛けられた。振り返った先で、カインが自分の分を広げている。
「じっとしてると冷えるぞ」
「ありがとう」
毛布へ頬を寄せ、もう一度空を見上げた。町を避け、山道ばかりを歩くのは楽ではなかった。それでも、こうして足を止めたからこそ見つけられるものもあるのだと、レミは思った。
「みんなで温かいものを食べて、こんな空を見られて……今日は、いい日だったね」
その言葉に、カインも顔を上げた。
「……そうだな」
短く答えた時、空の端を一筋の光が駆け抜けた。
「あっ、流れ星!」
リシェイが指を差したが、レミがそちらを向いた時には、もう何も残っていなかった。
「今のがそうなの?」
「うん! 消えるまでに三回願い事を言うと、叶うんだって」
「三回も? 間に合うかな……」
「先に決めとかなきゃネ。いざ流れたら考えてる暇ないし」
フェイの助言に、レミは真剣に頷いた。リシェイも腕を組んで考え込み、やがて小さく何かを呟き始める。
「何、練習してんだよ」
「だって、三回言わなきゃいけないんだよ?」
「何を頼むつもりだい?」
「……美味しいものを、お腹いっぱい」
「それ、さっき叶っただろ」
カインに言われ、リシェイは自分の腹を見下ろした。
「じゃあ、明日も!」
あまりにも迷いのない返事に、レミは声を上げて笑った。フェイまで「明日の炊事担当、責任重大だネ」と言い出し、カインが肩をすくめる。
次の流れ星を待ちながら、レミは毛布の中で手を重ねた。
――大好きな皆が、幸せになれますように。
まだ光は見えなかったけれど、心の中で繰り返してみた。
隣からはリシェイの練習する声が聞こえ、フェイが「それだと四回目が入ってるヨ」と口を挟んでいる。
いつかこの旅を思い返した時には、今日のことも覚えていたい。皆で作ったスープの味と、暗い空を仰いで笑った、この時間を。
結局、次の流れ星を待ちきれずにリシェイがくしゃみをして、星探しはそこでおしまいになった。
***
小屋へ戻ると、敷き藁の上に毛布を広げ、四人で寝床を整えた。
隙間風の入る戸口側をカインとフェイが使い、レミとリシェイには奥を譲った。ただ、小さな山小屋なので、全員が横になると隣の毛布までは腕一本ほどしか離れていなかった。
「寝返り打っても蹴るなヨ、リシェイ」
「アタシ、そんなに寝相悪くないよ!」
「えー? 昨日、オレの荷物を枕にしてたのは誰だっけ」
「あれは枕が逃げたの!」
笑いながら毛布を引き上げていたレミも、やがて目を閉じた。外では風が梢を揺らしていたが、すぐそばに皆のいる小屋の中は、不思議と心細くなかった。
夜半、冷え込みが強まった頃、カインは隣で毛布の擦れる音を聞いた。
見回りから戻って間もなく、まだ眠りは浅かった。顔を向けると、レミが寝返りを打ち、こちらへ寄ってきていた。
肩から毛布がずれている。掛け直そうと手を伸ばしたところで、彼女の指がカインの袖に触れ、そのまま軽く掴んだ。
「……レミ?」
返事はなく、穏やかな寝息だけが続いていた。寒かったのか、さらに身を寄せてきた頭を、カインは咄嗟に腕で受け止めた。
思いがけない近さに、一瞬、動きが止まった。
花火の夜、胸元へ顔を伏せていた姿が蘇る。あの時とは違う。ただ眠っているだけだと分かっている。それでも、腕の中に伝わる体温を意識すると、胸の奥がわずかに騒いだ。
カインは視線を落とし、まず彼女の肩へ毛布を戻した。指先が髪に触れそうになり、途中で止まる。起こさないよう、毛布の端だけをそっと整えた。
「……冷えるなら、ちゃんとかぶってろ」
返事の代わりに、レミの指が袖を掴んだまま、ほんの少しだけ動いた。
「代わろうか〜?」
暗がりから声がして、カインは顔だけを向けた。フェイがこちらを見て、にやりと笑っている。
「見張りをか?」
「そっちが良ければ、そっちでも」
「いらねぇよ。何でお前に譲らなきゃならねぇんだ」
「腕、痺れるヨ」
「そのくらい、どうってことない」
強がりではなかった。少なくとも、今はこのままでいたかった。腕の中で静かに眠る彼女を遠ざけたくなかった。腕にかかる重みは幸せの重みだったから。
フェイが何か言いたげに口を開いたが、カインが睨むと、笑いながら寝返りを打った。
その時、レミが小さく身じろぎした。
「……カイン……」
名前を呼ばれ、カインはすぐに彼女へ目を戻した。目は閉じられたままだったが、袖を掴む指に、先ほどよりわずかに力がこもっている。
まさか夢に見られているとは思わず、顔が熱くなる。けれど、彼女の中に少しでも自分の存在があると感じられて嬉しかった。
「……いるよ」
返事をしてから、声が近すぎたことに気づく。けれどレミは安心したように息を吐き、頬を彼の胸元へ預けた。
カインはしばらく動けなかった。
離れたくないと思った。
眠っている彼女を起こさないように、ただ腕の位置をわずかに変え、頭を支え直す。
それだけのことなのに、レミが自分を頼っているように感じられた。
「……寝てろ。朝になったら、ちゃんと起こす」
約束するように呟くと、レミの呼吸がゆっくりと整っていった。
向こう側から、リシェイの寝言が聞こえた。
「……おかわり……」
カインは思わず息を漏らした。笑い声になりかけたものを、レミを起こさないよう喉の奥で抑える。隣ではフェイの肩も震えていた。
明日の朝は、スープを温め直してやろう。そんなことを考えながら、カインは腕の中のレミを見下ろした。
今夜は誰も、苦しそうな顔をしていない。
小屋の外で風が鳴り、四人の寝息が、その内側へ静かに重なっていった。
これで7章終了です。読んでいただき、ありがとうございます。
二人の関係が進展する平和な章でした。
また少しずつ物語の核心へと歩みを進めますので、引き続きよろしくお願いします^ ^




