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EDGE ―光と闇の約束―  作者: 岩梨
第七章 星霜の灯火
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88. 小さな花火と癒しの力

「うん、すっごく似合ってる! 絶対、こういうのがいいと思ったんだよね!」


 男二人を追い出した部屋で、リシェイは満足そうに頷いた。


 レミは鏡の前で、そっと身体の向きを変えた。爽やかな青のトップスに、動きやすいキュロットスカート。足元のショートブーツも窮屈ではなく、これなら長く歩けそうだった。


「リシェイの服とは、少し違うね」

「アタシはパンツの方が好きだけど、可愛い服も好きだもん。似合う人に着てもらえるなら、選びがいがあるじゃん!」


 そう言われると、自分も何か特別なものになれたようで、頬が緩んだ。


「せっかくだし、髪も結ぼうよ。人の髪を整えるの、得意なんだから」


 丸椅子へ座ると、銀髪に櫛が通された。引っ張られて痛くないか確かめながら、高い位置で一つにまとめ、買ってきたリボンを結んでくれる。


 鏡に映った姿へ、レミは思わず手を伸ばした。


 服も髪も変わっただけなのに、顔まで少し明るく見えた。


 ようやく部屋へ招き入れられたカインは、その姿を見て目元を和らげた。


「いいじゃん。よく似合ってるよ」

「……ありがとう」

「リシェイに任せたから、もっとボーイッシュになるかと思ったけどな」

「ちゃんと似合うもの選びますー!」


 言い返すリシェイの声を聞きながら、レミはもう一度服へ目を落とした。


 選んでもらえたことも、似合うと言ってもらえたことも嬉しかった。洋服一つで、こんなに心が弾むものなのだと、初めて知った。


 ***


 夕食を済ませた頃には、十九時を回っていた。


 部屋へ戻ると、レミは荷物の整理を手伝いたいと申し出た。眠ってばかりいた分、少しでも役に立ちたかったし、何より、何かしていたい気分だった。


 座ってできることだけにしようと念を押され、紙袋の中身を用途ごとに分けていく。


 最後の袋へ手を入れたところで、見慣れないものが指に触れた。


「……何、これ。ふしぎな棒……?」


 紙で巻かれた細い棒が、何本も束ねられていた。一本取り出して眺めると、カインが傍へ来た。


「ああ、花火。買っといたんだよ」

「はなび?」

「えっ、花火買ってきてくれたの!?」


 リシェイが駆け寄り、フェイも袋を覗き込んだ。


「手持ちか。いいじゃない」

「ねぇ、花火って何?」


 尋ねても、二人は楽しそうに顔を見合わせるばかりだった。皆が知っているのに、自分には棒にしか見えない。そのことが、もどかしくも面白かった。


「外も暗くなったし、裏でやろうぜ。女将さんには話してある」

「これで遊ぶの?」

「見れば分かるって」


 袋を手にしたカインが、扉へ向かう。


「祭りには連れていけなかったけど、これくらいならできるからな。たまには皆で遊ぼうぜ」


 その言葉に、レミは棒を握ったまま顔を上げた。


 昼間、窓の向こうに見ていた祭りの明かりを思い出す。行きたかったとは言わなかったのに、その代わりを考えてくれたのだろうか。


「……うん!」


 胸の奥が温かくなり、皆の後を追った。



 ***



 宿の裏手にある砂利の空き地で、リシェイが水の入ったバケツを置いた。フェイが袋から何本か取り分ける間に、カインがマッチを擦る。レミは驚いて目を丸くする。


「あ、危ないよ!」

「これから火ぃつけるんだって。先を人に向けるなよ。びっくりしても投げるな」


 棒を持つ手を慎重に伸ばすと、その先へ小さな炎が近づいた。


 チリチリと音がして、次の瞬間、眩しい光が噴き出した。


「わっ……!」


 腰が引けたが、投げるなと言われたことを思い出し、慌てて握り直す。散っていく火の粉は赤から緑へ、さらに鮮やかな黄色へと変わった。


「すごい……! カイン、何の術を使ったの?」

「ただの火薬だよ。おい、覗き込むなって」


 顔を近づけかけて注意され、姿勢を戻す。カインが笑うので、レミも可笑しくなった。



 フェイとリシェイの手にも火が灯り、暗い空き地へ幾つもの光が咲いた。


 白い煙が流れ、その向こうで皆の顔が明るくなったり、影に沈んだりする。リシェイが選ぶ次の一本は、先ほどとは違う音を立て、星のような火花を飛ばした。


 術ではないというのに、魔法のようだった。


 新しい一本に火がつくたび、思わず声が出た。綺麗だと振り返れば誰かが頷き、驚けば笑ってくれる。そのやり取りまで楽しくて、袋の中身が減っていくことを忘れていた。



 最後の一本を渡された時、レミは急に寂しくなった。


「……これ、使わずに取っておいたら駄目かな?」

「中身は火薬だからな。湿気たら使えなくなるし、持ち歩くには邪魔だぞ」

「そっか……」


 分かっていても、火をつけるのをためらった。


 何か残っていれば、今日が本当にあったのだと、何度でも確かめられる気がした。


 俯くと、頭へ掌が置かれた。


「そんなに落ち込むなって。また買えばいいだろ」

「また……?」

「ああ。また皆でやろうぜ。なあ――」

  


 カインが振り返った先には、誰もいなかった。



 ***



「……あんのアホ二人」


 宿の方へ目を凝らしても、フェイとリシェイの姿はない。揃って気配を消したところを見るに、用事を思い出して戻ったわけではなさそうだった。


 片付けまで任せる気かと呆れたが、レミは最後の花火を手に、不思議そうに辺りを見回している。


「二人とも、もう終わりだったのかな?」

「……そうみたいだな」



 説明するのも面倒で、カインは残った一本へ火を灯した。



 レミは目を輝かせ、消えるまでじっと見つめていた。最後の火の粉が落ちると、今度は自分から燃え殻をバケツへ沈める。


 残しておく代わりに、また遊ぶ約束を受け取ってくれたのならいい。


 カインは彼女と並んで、空き地の端へ腰を下ろした。


「疲れてねぇか?」

「たくさん眠ったし、たくさん笑ったもの。元気すぎるくらいだよ!」


 小さな拳を握ってみせるので、思わず吹き出した。


 顔色もいい。昼間、寝台にいた時より、ずっと表情が明るかった。


「遊ぶって、こんなに幸せなことなんだね」

「ああ。たまにはバカ騒ぎすんのも、悪くないだろ」

「うん。本当にありがとう、カイン」


 真っ直ぐな笑顔が、胸に沁みた。


 こんな時間を、また作ってやりたい。

 それでも、そのために話さなければならないことがある。笑顔を曇らせるのが嫌で先延ばしにしたら、今度こそ取り返しがつかなくなるかもしれなかった。



「レミ。……治癒の力のこと、話してもいいか」



 彼女がこちらを向いた。



 足元には燃え殻が沈むバケツがあり、風が薄れた煙の匂いを運んでくる。先ほどまでの賑わいが遠のいたように感じながら、カインは言葉を選んだ。


「今日、湖で寝てた時、お前の身体、すごく冷たくなってたんだ。呼んでも揺すっても起きなくて……ゼロに力を分けてもらって、ようやく目を覚ました」

「……そうだったの?」

「ああ」

「でも、そんなに疲れてなかったよ?」


 驚く顔に、やはり自覚はなかったのだと分かった。


「自分じゃ、限界に気づけてないのかもしれない。眠ったんじゃなくて、力を使いすぎて動けなくなってたなら……次も同じように起きられるとは限らねぇ」


 レミの笑みが消えた。


 怖がらせたいわけではない。だが、安心させるために曖昧にしていい話でもなかった。


「原因は、まだ分からない。フェイも調べようとしてる。だから、それまでは治癒を控えてほしい。怪我をしたら、まずあいつに診てもらおう」

「私、早く治した方がいいと思ってたの。皆の怪我も……」

「ああ。俺たちも頼りすぎてた。お前の負担を考えてなかった。悪かった」

「違うよ。私が、そうしたかったんだもの」


 レミは膝の上で掌を開いた。


「役に立てることがあるって、嬉しかったから……」



 その手が灯す光に、何度も救われた。ありがたいと思うばかりで、差し出す側の身体まで見ようとしなかった自分へ、腹が立った。


 それでも今、彼女の喜びまで否定してしまえば、話は届かなくなる。


「助けたいって気持ちまで、駄目だとは言わねぇよ。でも、お前が倒れるまで頑張る必要はないだろ」

「……うん」

「誰かが怪我したら、まず俺たちを呼んでくれ。一人で何とかしようとしないで、一緒に考えよう」


 レミは掌を見つめ、やがて頷いた。


「分かった。無茶は、しないから」


 真剣に聞いてくれた。そのことに安堵しながらも、目の前で誰かが苦しめば、彼女はまた手を伸ばすかもしれないと思った。


 念を押しかけ、口を閉じる。


 約束させるだけで済ませては、また彼女一人へ負わせることになる。



 カインは小さな手へ、自分の手を重ねた。レミが顔を上げ、その指をそっと握り返す。



 皆で、また花火をする。



 先ほど交わした約束を、ただの慰めにしたくなかった。


 次も彼女が隣で笑っていられるように、自分たちも変わらなければならなかった。



夕方か夜に続き更新します

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