84. カインの贈りもの
「うわぁ! 久しぶりだねぇ、こんな賑やかなの!」
色鮮やかに飾られた街並み。大通りには人が溢れ、あちこちから威勢のいい声が飛び交っている。
小さな街だが、年に一度の祭りには大勢の観光客が訪れていた。リシェイは嬉々として辺りを見回している。
これまでは刺客を警戒し、華やかな街を避けてきた。久しぶりに人混みの熱気に包まれ、気分も浮き立っているようだった。
買い出し当番のカインとリシェイは、大きな紙袋をいくつも抱えて歩いていた。
保存食や応急手当ての道具、薬、予備の着替え。そして何より、レミの衣服と靴。服はリシェイに選んでもらった。
「好きな子が着てくれる服なんだから、カインが選べばいいじゃん!」
そうからかわれたものの、女の子の服の趣味など、カインにはさっぱり分からない。本人が着てみせてくれれば、いくらでも感想は出てくるのだが。
「それにしても、この規模の街にしちゃ、やけに人が多いな」
「もうすぐ、お祭りが多くなる季節だもんね」
「ああ。リアンシティでもそろそろ開催されるし、来月にはリドゥ国でも大きなフェスティバルがあったはずだ」
「アタシ、それ一度行ってみたいんだよね! カインは行ったことあるの?」
「そりゃ何度かあるさ。俺は、リドゥ国の出身だからな」
リシェイは目を丸くした。
カインは生い立ちをほとんど語らず、生まれた国さえ教えなかったのだ。それを今、何でもないことのように話してくれた。
少しは過去のことも話せるようになったのだろうか。
そう思うと嬉しくて、足取りまで軽くなった。
リドゥ国はエヴァルナ国の隣国で、今いる中央大陸から海を隔てた北の大陸にある。
国土、人口、商業、武力のいずれも世界屈指の超大国であり、カインたちが目指している大陸でもあった。
「……と言っても、住んでたのは街から離れた田舎の森だけどな。王都には、たまの休みに家族で出かけるくらいだったよ」
父親の肩に乗せてもらい、大はしゃぎしたこと。
母親の温かな手を握っているだけで、安心できたこと。
あの雨の日、自分自身を受け入れてから、おぼろげだった幼い頃の記憶が少しずつ蘇るようになっていた。
かつての自分は両親まで憎まなければ耐えられなかった。だから、幸せだった記憶まで押し込めてしまったのかもしれない。
「祭りの時は、両親が必ず連れて行ってくれて……」
口にした瞬間、胸の奥が痛んだ。
あんなにも優しかったのに、なぜ自分の命を脅かすような仕打ちをしたのだろう?
楽しかった記憶を信じたいほど、後の仕打ちとの食い違いが大きくなる。どちらも本当なのか、それとも何かを忘れているのか。
不吉な恐れを振り払うように、カインは頭を振った。今思い出せた温もりまで、疑いたくはなかったから。
「まあ……楽しいこともちゃんとあったよ。思い出してみればな」
苦しいことばかりではなかった。
あの家族から、愛も楽しい時間ももらっていた。その事実まで、憎しみの中へ埋める必要はない。
まだ分からないことはある。それでも、過去に囚われて、今あるものまで失いたくはなかった。
ようやく自分の手の中に、何より愛おしい光を見つけたのだから。
「あぁぁ、これ可愛いー!」
リシェイが露店の前にしゃがみ込んだ。
カインも苦笑しながら隣に並ぶ。
「コンニチハ、お兄さん」
黒髪の店主に一礼され、カインも頭を下げた。並んでいるのは、この土地では見かけない独特な装飾品ばかりだった。
「別の大陸の方ですか? もしかして……イェシャン大陸の方?」
「ハイ。共通語はまだ少し、勉強不足あるです」
「いえ、すごくお上手ですよ」
店主は柔らかく笑った。
極東のイェシャン大陸には、独自の言語や文化を持つ人々が暮らしている。ウィリスもそこの出身だが、彼は混血でどの国の言葉も流暢なため、一見しただけでは分かりにくい。しかし、目の前の商人の外見と口調は明らかにイェシャン人のものだった。
「いいなぁー、これ、すごく可愛いなぁー」
リシェイが手にしたのは、色とりどりの糸を編み込んだリボンだった。
「お前、リボンなんて買ったって、結べるほど髪の長さがねぇだろ?」
「ダガーの鞘に巻き付けるの。可愛いじゃん、そういう使い方も」
「好きにすりゃいいけどさ。自分で買えよ?」
「えぇ!? 買ってよぉ、お兄ちゃーん!」
白々しく甘えて『お兄ちゃん』などと言ってくる。
やはり、そのつもりだったか。
ぷうっと頬を膨らませる姿に、カインは肩を落とした。祭りに出ると、毎年何かしら買わされる。けれど、こうして素直に甘えてくる妹分を突き放す気にもなれなかった。
「……いくらですか、それ」
「300ガーツですよ。ありがとうございます!」
渋々代金を支払う。
「サンキュー、格好いいお兄ちゃん! 愛してるよー!」
「はいはい、分かった分かった」
リシェイはダガーの鞘にリボンを巻き、「ありがと!」と笑って隣の店へ移っていった。
彼女が元気だと、こちらまで明るくなる。
「優しいお兄さんですね」
店主が微笑ましそうに言った。
「本当の妹じゃないです。妹分みたいなもん。……最近、悪かったなと思うことがあったんで、そのお詫びも兼ねてってとこかな」
商品へ目を戻すと、小さな石が目を引いた。
手に取ると、細い革紐を二重に巻いたブレスレットだった。水晶のように透き通った水色の石が、光の中で濃い青と淡い水色の模様を描いている。
「それは天然石を加工したものです。幸運をもたらす縁起物ですよ」
「へぇ……縁起物。すげぇ綺麗ですね」
店主は故郷の言い伝えや風習も聞かせてくれた。
新聞で知る情勢とは違い、暮らす人の話には温かみがある。異国の話を直接聞くのは面白かった。
礼を言って店を離れると、リシェイは子供たちに混ざって路上のパフォーマンスを見ていた。歓声を上げる姿は、いつも通り無邪気だった。
リアンシティでも、毎年皆で祭りに出かけたことを思い出す。
露店を巡り、賑やかな催しに参加して。いつの間にか『家』の皆で出かけることが恒例行事になっていた。
カインはアームレスリング大会に出場させられた。強引なノリだったが楽しかったし、優勝すると皆が自分のことのように喜んでくれた。賞金がもらえたら、皆に奢れとたかられたが。
フェイはあちこちで女の子をナンパし、気が付いたら違う女の子を伴っている。
ウィリスは射的の出店でスナイパーのような射撃で高級景品を片っ端からさらった。
「頼むから勘弁してくれ」と泣きつく店主に、ウィリスは「こちらこそ、つい真剣になってしまってすみませんでした」慌てて頭を下げた。
結局、リシェイとメルの欲しがった景品だけをもらい、残りはすべて返した。そのやり取りを見て、カインとルディナスは大笑いしたものだ。
夜には花火が上がった。
漆黒の空に大輪の花が開き、光の粒となって散っていく。皆で肩を並べ、飽きることなく見入っていた。
デュロアルの『家』に流れ着いてから、楽しい思い出がいくつもできた。
血の繋がりがなくても、帰りたいと思える場所は作れる。そのことを、カインは仲間たちと過ごすうちに知った。
だからこそ、レミにもそんな時間を過ごしてほしかった。
(絶対に来たかっただろうな)
村で祭りの話を聞いた時、レミは興味深そうに目を細めていた。リアンシティで初めて街に出た時でさえ、あれほど感動していたのだ。この通りを一緒に歩けたら、どんな顔をしただろう。
けれど、今の身体で人混みに連れ出すわけにはいかなかった。
楽しませたいという気持ちだけで、危険に晒すことはできない。
レミはまだ十八歳だ。
同年代の友達と買い物へ出かけ、可愛い服を着て、おしゃれを楽しむ。そんな日々があってもよかったはずだ。
けれど彼女は、そうした楽しみをほとんど知らない。
楽しい未来を想像できるようになれば、聖地以外の道にも目を向けてくれるかもしれない。カインはそう願っていた。
通りのあちこちに、レミが目を輝かせる姿を思い描く。
その笑顔が見たい。
彼女の中にも、またこんな日を過ごしたいと思える記憶が増えてほしかった。
だからといって、目先の楽しさのために危険へ晒すわけにはいかない。
――でも。
リシェイへ向かいかけた足が、ある露店の前で止まった。
袋に入った商品が目に留まる。
(……そうだ。これくらいなら、いいよな?)
店へ寄り、その品を買った。
荷物はさらに嵩張ったが、仕方がない。
祭りへ連れて来られなくても、ここで見つけたものを渡すことはできる。この街の景色を知らなくても、少しだけ楽しさを分けてやれる。
これならきっと、レミも喜んでくれる。
少しずつ陽が傾き、街では夜の祭りの準備が始まっていた。露店や家々の軒先にランタンが吊るされ、日が沈めば通りは温かな光で満たされるのだろう。
自分がデュロアルの『家』に根を下ろせたのも、皆と過ごした時間があったからだ。楽しい思い出が増えて、これからも一緒にいられると思えたから、今がある。
両親から受け取った温もりも、仲間たちと作った思い出も、もう手放したくない。
過去に奪われたものを数えるだけではなく、今度は自分の手で、誰かの心に残るものを渡したい。
ほんの些細なことかもしれない。
それでも、自分も何かをしてあげたかった。
レミがいつか思い返した時、少しでも心が温かくなるような、そんな何かを。
夕方ごろ、続き更新します




