↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
EDGE ―光と闇の約束―  作者: 岩梨
第七章 星霜の灯火
85/91

84. カインの贈りもの


「うわぁ! 久しぶりだねぇ、こんな賑やかなの!」



 色鮮やかに飾られた街並み。大通りには人が溢れ、あちこちから威勢のいい声が飛び交っている。


 小さな街だが、年に一度の祭りには大勢の観光客が訪れていた。リシェイは嬉々として辺りを見回している。


 これまでは刺客を警戒し、華やかな街を避けてきた。久しぶりに人混みの熱気に包まれ、気分も浮き立っているようだった。



 買い出し当番のカインとリシェイは、大きな紙袋をいくつも抱えて歩いていた。

 保存食や応急手当ての道具、薬、予備の着替え。そして何より、レミの衣服と靴。服はリシェイに選んでもらった。


「好きな子が着てくれる服なんだから、カインが選べばいいじゃん!」


 そうからかわれたものの、女の子の服の趣味など、カインにはさっぱり分からない。本人が着てみせてくれれば、いくらでも感想は出てくるのだが。


「それにしても、この規模の街にしちゃ、やけに人が多いな」

「もうすぐ、お祭りが多くなる季節だもんね」

「ああ。リアンシティでもそろそろ開催されるし、来月にはリドゥ国でも大きなフェスティバルがあったはずだ」

「アタシ、それ一度行ってみたいんだよね! カインは行ったことあるの?」


「そりゃ何度かあるさ。俺は、リドゥ国の出身だからな」


 リシェイは目を丸くした。


 カインは生い立ちをほとんど語らず、生まれた国さえ教えなかったのだ。それを今、何でもないことのように話してくれた。


 少しは過去のことも話せるようになったのだろうか。

 そう思うと嬉しくて、足取りまで軽くなった。



 リドゥ国はエヴァルナ国の隣国で、今いる中央大陸から海を隔てた北の大陸にある。

 国土、人口、商業、武力のいずれも世界屈指の超大国であり、カインたちが目指している大陸でもあった。


「……と言っても、住んでたのは街から離れた田舎の森だけどな。王都には、たまの休みに家族で出かけるくらいだったよ」



 父親の肩に乗せてもらい、大はしゃぎしたこと。


 母親の温かな手を握っているだけで、安心できたこと。


 あの雨の日、自分自身を受け入れてから、おぼろげだった幼い頃の記憶が少しずつ蘇るようになっていた。



 かつての自分は両親まで憎まなければ耐えられなかった。だから、幸せだった記憶まで押し込めてしまったのかもしれない。


「祭りの時は、両親が必ず連れて行ってくれて……」



 口にした瞬間、胸の奥が痛んだ。


 あんなにも優しかったのに、なぜ自分の命を脅かすような仕打ちをしたのだろう?



 楽しかった記憶を信じたいほど、後の仕打ちとの食い違いが大きくなる。どちらも本当なのか、それとも何かを忘れているのか。

 不吉な恐れを振り払うように、カインは頭を振った。今思い出せた温もりまで、疑いたくはなかったから。



「まあ……楽しいこともちゃんとあったよ。思い出してみればな」


 苦しいことばかりではなかった。

 あの家族から、愛も楽しい時間ももらっていた。その事実まで、憎しみの中へ埋める必要はない。


 まだ分からないことはある。それでも、過去に囚われて、今あるものまで失いたくはなかった。


 ようやく自分の手の中に、何より愛おしい光を見つけたのだから。



「あぁぁ、これ可愛いー!」


 リシェイが露店の前にしゃがみ込んだ。

 カインも苦笑しながら隣に並ぶ。


「コンニチハ、お兄さん」


 黒髪の店主に一礼され、カインも頭を下げた。並んでいるのは、この土地では見かけない独特な装飾品ばかりだった。


「別の大陸の方ですか? もしかして……イェシャン大陸の方?」

「ハイ。共通語はまだ少し、勉強不足あるです」

「いえ、すごくお上手ですよ」


 店主は柔らかく笑った。

 極東のイェシャン大陸には、独自の言語や文化を持つ人々が暮らしている。ウィリスもそこの出身だが、彼は混血でどの国の言葉も流暢なため、一見しただけでは分かりにくい。しかし、目の前の商人の外見と口調は明らかにイェシャン人のものだった。


「いいなぁー、これ、すごく可愛いなぁー」


 リシェイが手にしたのは、色とりどりの糸を編み込んだリボンだった。


「お前、リボンなんて買ったって、結べるほど髪の長さがねぇだろ?」

「ダガーの鞘に巻き付けるの。可愛いじゃん、そういう使い方も」

「好きにすりゃいいけどさ。自分で買えよ?」

「えぇ!? 買ってよぉ、お兄ちゃーん!」


 白々しく甘えて『お兄ちゃん』などと言ってくる。

 やはり、そのつもりだったか。


 ぷうっと頬を膨らませる姿に、カインは肩を落とした。祭りに出ると、毎年何かしら買わされる。けれど、こうして素直に甘えてくる妹分を突き放す気にもなれなかった。


「……いくらですか、それ」

「300ガーツですよ。ありがとうございます!」


 渋々代金を支払う。


「サンキュー、格好いいお兄ちゃん! 愛してるよー!」

「はいはい、分かった分かった」


 リシェイはダガーの鞘にリボンを巻き、「ありがと!」と笑って隣の店へ移っていった。

 彼女が元気だと、こちらまで明るくなる。



「優しいお兄さんですね」


 店主が微笑ましそうに言った。


「本当の妹じゃないです。妹分みたいなもん。……最近、悪かったなと思うことがあったんで、そのお詫びも兼ねてってとこかな」



 商品へ目を戻すと、小さな石が目を引いた。


 手に取ると、細い革紐を二重に巻いたブレスレットだった。水晶のように透き通った水色の石が、光の中で濃い青と淡い水色の模様を描いている。


「それは天然石を加工したものです。幸運をもたらす縁起物ですよ」

「へぇ……縁起物。すげぇ綺麗ですね」


 店主は故郷の言い伝えや風習も聞かせてくれた。

 新聞で知る情勢とは違い、暮らす人の話には温かみがある。異国の話を直接聞くのは面白かった。



 礼を言って店を離れると、リシェイは子供たちに混ざって路上のパフォーマンスを見ていた。歓声を上げる姿は、いつも通り無邪気だった。



 リアンシティでも、毎年皆で祭りに出かけたことを思い出す。

 露店を巡り、賑やかな催しに参加して。いつの間にか『家』の皆で出かけることが恒例行事になっていた。


 カインはアームレスリング大会に出場させられた。強引なノリだったが楽しかったし、優勝すると皆が自分のことのように喜んでくれた。賞金がもらえたら、皆に奢れとたかられたが。


 フェイはあちこちで女の子をナンパし、気が付いたら違う女の子を伴っている。

 ウィリスは射的の出店でスナイパーのような射撃で高級景品を片っ端からさらった。


「頼むから勘弁してくれ」と泣きつく店主に、ウィリスは「こちらこそ、つい真剣になってしまってすみませんでした」慌てて頭を下げた。


 結局、リシェイとメルの欲しがった景品だけをもらい、残りはすべて返した。そのやり取りを見て、カインとルディナスは大笑いしたものだ。


 夜には花火が上がった。

 漆黒の空に大輪の花が開き、光の粒となって散っていく。皆で肩を並べ、飽きることなく見入っていた。



 デュロアルの『家』に流れ着いてから、楽しい思い出がいくつもできた。

 血の繋がりがなくても、帰りたいと思える場所は作れる。そのことを、カインは仲間たちと過ごすうちに知った。


 だからこそ、レミにもそんな時間を過ごしてほしかった。


(絶対に来たかっただろうな)


 村で祭りの話を聞いた時、レミは興味深そうに目を細めていた。リアンシティで初めて街に出た時でさえ、あれほど感動していたのだ。この通りを一緒に歩けたら、どんな顔をしただろう。


 けれど、今の身体で人混みに連れ出すわけにはいかなかった。

 楽しませたいという気持ちだけで、危険に晒すことはできない。


 レミはまだ十八歳だ。

 同年代の友達と買い物へ出かけ、可愛い服を着て、おしゃれを楽しむ。そんな日々があってもよかったはずだ。

 けれど彼女は、そうした楽しみをほとんど知らない。


 楽しい未来を想像できるようになれば、聖地以外の道にも目を向けてくれるかもしれない。カインはそう願っていた。


 通りのあちこちに、レミが目を輝かせる姿を思い描く。


 その笑顔が見たい。

 彼女の中にも、またこんな日を過ごしたいと思える記憶が増えてほしかった。


 だからといって、目先の楽しさのために危険へ晒すわけにはいかない。


 ――でも。


 リシェイへ向かいかけた足が、ある露店の前で止まった。

 袋に入った商品が目に留まる。



(……そうだ。これくらいなら、いいよな?)



 店へ寄り、その品を買った。

 荷物はさらに嵩張ったが、仕方がない。



 祭りへ連れて来られなくても、ここで見つけたものを渡すことはできる。この街の景色を知らなくても、少しだけ楽しさを分けてやれる。


 これならきっと、レミも喜んでくれる。



 少しずつ陽が傾き、街では夜の祭りの準備が始まっていた。露店や家々の軒先にランタンが吊るされ、日が沈めば通りは温かな光で満たされるのだろう。


 自分がデュロアルの『家』に根を下ろせたのも、皆と過ごした時間があったからだ。楽しい思い出が増えて、これからも一緒にいられると思えたから、今がある。


 両親から受け取った温もりも、仲間たちと作った思い出も、もう手放したくない。

 過去に奪われたものを数えるだけではなく、今度は自分の手で、誰かの心に残るものを渡したい。



 ほんの些細なことかもしれない。

 それでも、自分も何かをしてあげたかった。



 レミがいつか思い返した時、少しでも心が温かくなるような、そんな何かを。



夕方ごろ、続き更新します

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。