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EDGE ―光と闇の約束―  作者: 岩梨
第六章 癒しの代償
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81. 安息へ導く誓い


 湖畔の荷物をまとめ、出立の準備が整うと、ゼロは再び刀を腰に差した。



「それでは俺は先に行く。お前たちの歩調に合わせるわけにもいかんのでな」

「ああ。……なあ、来た時にレミに何かしただろ。あれ、どうやったんだ?」


 冷えて眠っていたレミは、ゼロの処置で元気を取り戻した。

 自分にもできることなら、覚えておきたかった。何もできずに見ているだけは、もう嫌だった。


「あれは俺のエーテルを分けただけだ。術へ変換せずに取り出し、レミの体内の流れに沿わせて補った」

「俺にもできるか?」

「応急処置にすぎん。治癒術とは違うぞ」

「分かってる。それでも、教えてくれ」


 ゼロはカインの顔を見据え、短く頷いた。


「お前なら、要領を得るのは難しくない。来い」

「ありがとう。皆、ちょっと待っててくれ」



 二人は再び、仲間たちから離れた。



 ***



 エーテルの制御そのものは、修行で叩き込まれている。カインが掌へ意識を集めると、赤い光が灯り、僅かに熱を帯びた。


 その手首を、ゼロが押さえた。


「火に変えるな。放つ前の状態で留めろ」

「……いつもの癖だ」

「焦れば、慣れた使い方へ戻る。レミを相手に、それをするな」


 カインは唇を結び、集めた力を一度戻した。助けたいと思っているのに、その焦りが邪魔になる。



 深く息を吐き、今度は熱を生む前の流れを慎重に拾い直した。ゼロが差し出した手へ、少量ずつ送り込んでいく。


「……それでいい。後は相手の流れに合わせろ。無理に押し込むな」

「ああ」

「ただし、お前自身の消耗も大きい。注いだ量ほど回復するとは限らん。一時凌ぎだと思え」


「俺が倒れちゃ、何にもならねぇってことだろ」

「そういうことだ」


 手を離すと、カインは掌を見下ろした。


 これで少しは助けられる。それは嬉しかったが、彼女の身体が元に戻るわけではなかった。



「……どうしたら、あいつは治るんだろうな」



 限界で止まれず、力とともに命まで零れているのだとしたら。眠っている間さえ安心できない身体を、どうすれば元へ戻せるのか。


「仮にリミッターが壊れているとして、それを修復する方法など知らん。ライフェンなら知っているかもしれんが、奴とて壊すだけで、戻せん可能性もある」

「くそっ……」


 拳を握ると、ゼロは低く息をついた。



「少なくとも、余計な術を使わせるな。今、確実に減らせる負担はそれだ」



 カインは顔を上げた。


 壊れているのが限界で止める仕組みなら、限界へ近づけなければいい。そう考えかけたところへ、ゼロの声が続いた。


「だが、術の消耗だけを見ていれば済むとは限らん。心身の疲労も負担になるだろう」

「旅で歩き回るのは疲れるだろうけど……」


「レミは、何から逃げている?」



 言葉に詰まった。


 ライフェンから逃れ、捕まれば何をされるかも知っている。仲間を信頼し、笑って過ごしていても、その恐怖まで消えたわけではない。


「時間を稼ぎ、考えを変えさせたいのだろう。だが、行程を延ばすほど、追われる時間も長くなる」

「でも、このまま救済の聖地へ行ったって、幸せになれるか分かんねぇだろ!」


 北のラメント大陸のさらに果て、エヴァルナを経由して向かう孤島。そこでは、過去の罪を問われず、また、外界の干渉を受けずに暮らせるという。


 ライフェンですら手出しが出来ないのかもしれない。


 一方で、真の自由はないとも囁かれていた。内情を伝えるのは、百年以上前に脱出した重罪人の証言が主であり、今の暮らしを確かめる術はない。


「各地を歩く俺とて、あの場所の明確な情報は得られん」

「そんなの、分かってる」

「ならば、そこで生きる者が皆、不幸だと決めつけるな。出られなかった者も、出たくなかった者もいるかもしれん」


 カインは唇を噛んだ。



「何を幸せに感じるかは、人によって違う。……他人に、自分の幸せの定義を押し付けるな」



 言い返そうとして、声が止まった。



 聖地の暮らしを知らないまま、不幸に決まっていると考えていた。そこへ行かれたら、自分が二度と会えなくなるからではないのか。


 その疑いが胸を刺す。


 けれど、雨の中で聞いた声まで、聞かなかったことにはできなかった。



「……一人ぼっちは怖いって、あいつは言ったんだ」



 ゼロが黙ってこちらを見た。


「あそこへ行けば捕まらずに済む。それは分かる。でも、本当は誰かと一緒にいたいなら……ほかに何もねぇって、諦めてほしくない」



 自分の願いと、彼女の望みを、都合よく重ねているのかもしれない。

 それでも、ほかの道を探すことまでやめたくはなかった。


 知らない楽しみを教わって笑っていた、先ほどの顔を思い出す。あんな時間が、彼女の未来にもあってほしかった。


「……今のレミに必要なのは療養だ。何者にも脅えず、身体を休められる場所。その意味では、彼女の望む聖地行きが適している可能性はある」

「ああ。だからって、そこへ送れば終わりだとは思えねぇよ」


 ゼロは僅かに目を伏せた。


「俺には、ほかの道を指し示すことなどできん」

「分かってる。何から何まで頼るつもりもない」

「当面は、聖地を目指すのだな」

「ああ。行き当たりばったりに動けば、余計に負担をかける。今は、そのつもりだ」


 手放したくない。その気持ちは変わらない。

 だからこそ、焦りに任せて彼女を振り回すわけにはいかなかった。



「……了解した」



 ゼロが踵を返した。仲間たちの待つ湖とは、違う方向だった。


「おい。何の挨拶もしないで行く気か?」

「別に、今生の別れではないだろうが」


 リアンシティへ帰れば、また会える。

 長旅のせいか、その当たり前を忘れかけていた。カインが口元を緩めると、ゼロは面倒そうに続けた。


「いちいち別れの挨拶などしたくはない。俺はこのまま行く」

「相変わらずだな。……久々に会って、色々むかついたよ。サンキュ」

「それは結構なことだ。俺も久々に会って、相変わらずの甘さに吐き気がした」

「そりゃ、どーも」


 ゼロの表情が、僅かに和らいだ気がした。



 だが、背を向けかけたところで足が止まる。振り返った隻眼は、もう笑っていなかった。


「……本人が気づかぬ程度のエーテル切れなら、先ほどの処置で多少は凌げる。だが、本人も気づかざるを得ないほどの決定的な症状が現れた時……それは身体からの最終警告だと思え」


 カインの喉が、小さく動いた。


「他人への治癒は、これ以上控えさせろ。それで消耗は減らせる。だが、使わなければ安全だとまでは思うな」

「……症状が出たら、もう補えないのか?」

「多少持ち直しても、失う分に追いつかなくなるかもしれん。落ち着いたように見えたからといって、それで済んだと思うな」


 教わった方法が、万能ではないことは分かっていた。それでも、目の前で効かなくなる時を想像すると、掌が冷えた。


「治療法は、俺にも分からん。肝に銘じておけ」


 カインは固唾を呑み、頷いた。



 ゼロはそれを見届けると、今度こそ振り返らずに去っていった。



 ***



「あれ? 怖い兄さんは?」



 湖へ戻ったカインを見て、フェイたちが辺りを見回した。


「あいつはもう行ったよ。別れの挨拶なんて面倒だからってさ」

「ゼロらしいネェ。まあ、引き止めたって困った顔しかしないだろうケド」


 リシェイも「言いそう」と笑ったが、レミは残念そうに肩を落とした。


「せめて、お礼とご挨拶くらい、したかったな……」


 その横顔を見て、カインは気づいた。

 ゼロは、帰れば会えると思って去った。自分もそのつもりで見送った。

 けれどレミだけは、これを最後の別れとして受け止めている。リアンシティへ戻る未来が、まだ彼女の中にはないのだ。



「……また会えるよ」

「え?」


 見上げてきた顔へ、カインは笑ってみせた。


「あいつ、ふらっと現れるからな。今日だってそうだっただろ」

「……うん。そうだね」


 レミの目元が、少し和らいだ。


 嘘ではない。それでも、その偶然を待つだけにするつもりはなかった。

 光溢れる花畑で交わした契約も、雨の中で心へ刻んだ誓いも、自分の中に残っている。


 彼女が望む安息の場所へ、必ず導く。


 それがどこなのか、まだ答えは出せない。だが、ほかの幸せを知らないまま、ただ一つしかないと思い込んで別れるのは嫌だった。


 また皆で笑い合える未来を、彼女と一緒に探したかった。


「行こうぜ。次の村まで、少しずつな」



 差し出した手を、レミが取った。



 その温もりを確かめながら、カインは仲間たちと湖を後にした。




続きが6章ラストなので、夜に更新できたらします。

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