79. 恋の嵐と帰る約束
『皆さんのお帰り、楽しみにしています!』
少し改まっていた会話へ、メルの弾んだ声が割り込んできた。
いつも家の皆の生活を支え、春の陽だまりのように明るい彼女の声を聞くと、これまで張り詰めてきた皆の緊張が解けるのが分かる。
『この間、とっても美味しいパフェのお店を見つけたんです。リシェイちゃん、レミさん、戻られたら一緒に行きましょうね』
甘いものに目がないリシェイはパッと明るくなる。
「チョコのある?」
『チョコアイスにブラウニーまでのっていましたよ』
「行く!」
「判断早いネ」
即答するリシェイに、フェイが笑った。
『レミさんは、どんなパフェがお好きですか?』
「ぱふぇって……食べ物?」
研究所にいたレミは甘味を殆ど食べた事がない。戸惑う声に、メルは嬉しそうに説明を始めた。背の高いグラスへ、アイスや果物、生クリームを重ねたお菓子だという。
「そんなに沢山、一緒に入ってるの?」
『ええ。レミさんと一緒に食べたくて、どれがいいか見てきたんです』
「……ありがとう。私も、行ってみたいな」
レミの声が柔らかく弾んだ。
知らない楽しみを教わり、帰ったら一緒にと約束する。まだ見ぬ未来を思い描くレミの顔を見ていると、カインまで嬉しくなる。
通信の向こうからメルの明るい声が続いた。
『レミさんとは、まだあまり遊びに行けていませんから。戻られたら、色々なところへ行きましょうね』
「うん……楽しそうだね。そう出来たら、良いなぁ」
メルもリシェイも、こうして知らない楽しみを教えてくれる。また一緒に街を歩き、同じものを食べて笑い合えたら、どれほど嬉しいだろう。
レミがそんな想像に頬を緩めていると、メルが何かを思いついたように声を上げた。
『そうだ、合コンにも行きましょう! 外部の友達に、ずっと誘われているんです』
「ごうこん? 何だか強そう……。私に倒せるかな?」
通信の向こうで、誰かが吹き出した。
普段は落ち着いているルディナスとウィリスが本気で笑いを堪えているらしい。
フェイは顔を背けて肩を震わせ、リシェイに至っては、レミの隣で腹を抱えている。
「えっ……違うの?」
『強くないです! 戦ったりしませんから!』
「そうなんだ。カインたちのお仕事みたいなものかと思って……」
「ある意味、戦いではあるケドねぇ」
「余計ややこしくすんな」
カインに睨まれたフェイは、笑いを噛み殺しながら口を閉じた。
『色々な人と知り合える集まりですよ。ご飯を食べたり、お話ししたりするんです』
「お話会?」
『そうです! 友達が誘ってくれているんですけど、レミさんも来られたら、きっと喜ばれますよ』
「知らない人と話すのは少し緊張するけど……お友達が増えるなら楽しそうだね」
レミがそう頷きかけた瞬間、カインが割り込んだ。
「……喜ぶって誰が」
『参加する男の人たちに決まってるじゃないですか。レミさんなら、素敵な彼氏も――』
「行かなくていい!!」
『まだ説明の途中ですけど。レミさんも行きたそうじゃないですか!』
「お前が、レミが誤解する説明をするからだろうが!」
何も間違ってないと言って、メルはなおもレミを誘おうとする。
カインはレミから伝声水晶をひっつかんだ。
「余計なことすんな、馬鹿!!」
『な、何なんですか、急に! 今、私のこと馬鹿って言いました!?』
「言った!!」
『聞こえなかったわけじゃありません!』
今だって、気持ちを伝えるだけで一苦労なのだ。帰った途端、わざわざ競争相手を増やされては堪らない。
しかもこちらは本気で彼女を想っているのに、そんな軽薄な男どもが群がって来るなど、考えたくもなかった。
カインの隣では、フェイがとうとう膝へ手をつき、声も出せずに笑っていた。リシェイも口元を押さえているだけで、助け舟を出す気はまるでなさそうだった。
「あー……ごめんごめん。レミちゃんを合コンに連れてくのは、勘弁してやってヨ」
『その声は、フェイさん?』
「うん、フェイ君。元気だった?」
『今の笑い声で、そちらがお元気なのは分かりました』
呆れた溜息が返ってきたが、メルも二人の反応が気になったらしい。
『それで、どうして駄目なんですか? カインさんに怒られる理由が分からないんですけど』
「それはネ――」
「お前は黙ってろ!!」
即座に遮られたフェイは、にこりと笑った。その顔を見た瞬間、カインは嫌な予感がした。
「レミちゃん、悪いんだけど、五分だけ離れててくれない?」
「え? どうして?」
「ちょっと内緒話。すぐ呼ぶからサ」
レミは不思議そうに皆を見回したものの、やがて頷き、声の届かない木陰へ移った。ゼロも後へ続いたため、カインは思わず目で追った。
「……さっきみたいなこと、言うなよ」
「分かっている。少し話がしたいだけだ」
その返事を確かめ、カインは引き止めるのをやめた。レミもゼロを見上げ、何か話しかけている。二人が話したいというなら、口を挟むことではなかった。
『もしもーし? こちらは説明を待っているんですけど!』
伝声水晶越しのメルから催促され、カインは頭を掻いた。恋愛の話となれば、メルは途端に目の色を変える。何とか穏便に済ませられないものかと考えている横で、フェイが待ち構えていたように身を乗り出した。
「いやぁ、こっちは色々大変なのヨ。恋の嵐が吹き荒れててサ。主にカインが」
「ばっ、馬鹿か!!」
遅かった。
『えええっ!! カインさんが!? お相手は!? もしかしてレミさんですか!?』
「ほら見ろ! こうなるだろうが!」
「まだ誰もレミちゃんだって言ってないケド?」
「……っ!」
口を閉じたカインを見て、リシェイがとうとう噴き出した。
『本当なんですね!? いつからですか? もう告白したんですか!?』
「……頼むから、放っておいてくれ……」
『そんな声で言われたら、余計に心配になるじゃないですか!』
「心配なら黙っててくれ!」
通信の向こうでは、ルディナスまで楽しそうに笑っていた。
『なるほど。それで合コンは駄目なのね』
「……ルディナスさんまで」
次いでひとしきり笑ったウィリスがいつもの柔和な口調でメルを宥めている。
『それは失礼しました。メル、カインも困っていますから、その辺りで』
「ウィリス……!」
ようやく救いが差したと思ったのも束の間、穏やかな声が続いた。
『帰ってから、ゆっくり聞けばよいでしょう』
「帰りづらくすんなよ!!」
フェイとリシェイが揃って笑い崩れた。魔水晶の向こうでも笑い声が重なり、カインは深く項垂れた。これでは、どれだけ離れていても家にいる時と変わらない。
『でも、レミさんには、ちゃんと言葉で伝えないと駄目ですよ?』
「……分かってるよ」
「分かってても、なかなか伝わらないんだよネ。さっきも実に見事なすれ違いが――」
「実況すんな!」
『何ですか、それ! 詳しくお願いします!』
「詳しくしなくていい!」
話を広げる者ばかりで、収める者がいなかった。リシェイまで「アタシもびっくりしたんだよ!」と加わり、カインはもう反論するのも諦め、木陰へ目を向けた。
レミはゼロの隣に座り、穏やかな顔で話していた。先ほど処置を受けてからは顔色も普段と変わらず、こうして見ている限り、何も心配することなどないように思える。
自分の想いを、いつかは分かってほしい。
あの笑顔を特別な気持ちで向けてもらえる未来を、諦めるつもりもなかった。
けれど、その願いを叶えるためにも、まず彼女が生きていてくれなければならない。
皆の声を聞いて笑い、知らない食べ物に首を傾げ、また一つ楽しみを見つける。そんな何でもない時間を、これからも重ねてほしかった。
あの穏やかな顔が、二度と動かなくなる未来だけは、絶対に受け入れられなかった。
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