78. 遠くの仲間の声
「ひとまず、お前たちの生存を確認できたのは収穫だ」
「野垂れ死んでたまるかってんだ」
再び湖のほとりへ腰を落ち着け、五人は輪になった。
ゼロはこの後、一足先に次の街へ入り、依頼をこなすという。
「一緒に行けばいいのに……」
残念がるリシェイへ、ゼロは首を振った。
「ただでさえ目立つ一行に、人数を増やしてどうする。それに、お前たちの分まで仕事があるのでな」
「……分かったよ」
知識も戦闘経験も豊富なゼロが同行してくれれば心強いのにと、カインも思ったが、これ以上デュロアルの人員を削るわけにもいかない。
「会えたなら丁度良い。これを預けておく。この状況下なら、お前たちが持っている方が良いだろう」
差し出されたのは、掌に収まる丸い道具だった。
カインは受け取り、角度を変えて眺める。
「伝声水晶じゃねぇか!」
薄いコンパクト状の中に、丸く加工された魔水晶が収まっていた。
従来の伝声機では、遠隔地や国外で連絡が途絶えてしまう。これは、あらかじめ登録した相手と、より遠くまで通信できるものだった。
高度な加工を要するため値が張り、誰とでも通話できるわけではない。それでも、各地へ人員を送るデュロアルには必要な道具だ。
「高いからどうしようって言ってたやつ? 買ったんだね!」
リシェイが興味津々に覗き込む。ゼロが「ああ」と頷いた。
「今回の件で、導入を早めた。今後を考えれば、いずれ全員に持たせる必要もあるだろう」
かつて魔水晶研究が盛んだったエヴァルナが健在なら、生産もさらに進んでいたかもしれない。だが、国の壊滅によって流通は落ち込み、こうした製品も高価なままだった。
カインが蓋を開くと、魔水晶がぼんやりと緑に光る。少しノイズの混じった音が響いた後に物音が聞こえる。
「もしもし? 誰か聞こえるか?」
『……おや? その声は、カイン?』
「ウィリス!」
僅かな雑音の向こうに、懐かしい声があった。
フェイもリシェイも、レミも、表情を明るくして身を寄せる。
「ウィリス。俺だ」
『やあ、ゼロ。本当に合流できたんだね』
「ああ。ルディナスはいるか。経緯を説明したい」
『お呼びします。少々お待ちください』
物音が聞こえ、しばらくして別の声が入った。
『ゼロ? カイン?』
「ルディナスさん!」
『元気そうで安心したわ』
落ち着いた女性の声は間違いなくルディナスだ。
次いで物音の後で「私も良いですか」と後ろから声が聞こえた。
『カインさん! 皆さん、ご無事だったんですね! 良かった……』
横から響いた明るい女の子の声に、カインは笑った。
「メル! 皆そこにいるのか」
デュロアルを離れて、一か月余り。
長期の仕事なら珍しくない日数だが、今回は一年も会っていなかったような気がした。
声だけでも、『家』の皆が揃っている。
それが嬉しかった。
カインは、これまでの旅を順に話した。
説明には時間がかかったが、今度は自分の恐れについても、言葉を濁さずに伝えた。吹っ切れたような声を、ルディナスとウィリスは静かに聞いていた。
明るく振る舞うようになってからも、どこかで一線を引いていたカインだったが、その壁の向こうから、今は自分で話しかけてきている。それが嬉しいと言ってくれた。
「帰ったら、ちゃんと顔を見て話すよ。色々、話したいんだ」
『ええ。待っているわ』
「ああ。そっちは大丈夫なのか? 何か変わったことは?」
通信の向こうで、短い間があった。
『レミを追っているらしい男が来たわ。青い髪に、顔に刺青のある男よ』
レミの肩が跳ねた。
「ヴァートさん……」
研究所で世話をしてくれた、優しかった人。
それでも、彼について戻ることだけはできなかった。
「ヴァートさんは……どうしたんですか?」
自分が去った後の仲間たちを、傷つけてはいないだろうか。
恐る恐る尋ねると、ルディナスは落ち着いた声で答えた。
『居場所を尋ねられたけれど、秘密は守ったわ。誰も怪我はしていないから、安心して』
「そうですか……ありがとうございます」
レミはようやく息を吐いた。
これまで追いつかれていないのなら、目的地もまだ知られていないのだろう。そう思いたかった。
「皆無事ならよかった。これからは連絡も取れるなら心強いな。何せ色々ありすぎて、情報を整理する間もなく進んできたところもあるし」
『ええ。ただ、通信は必要最低限にしましょう。こちらへの警戒が完全に解けたとも限らないわ。通話中に何か起これば、あなたたちも冷静ではいられないでしょう?』
「……了解」
特にレミは、自分のせいだと飛び出しかねない。
これ以上、彼女を追い詰めることは避けたかった。
「あのさ。ウィリスに、調べてほしいことがあるんだけど」
『何でしょう?』
交代した落ち着いた男性の声に、カインは一呼吸置いた。
思い出したくない。
けれど、避け続けていても何も分からない。
「私的なことなんだけど……真紅の瞳の一族と、そいつらが起こした事件について、記録がないか探してほしい」
本部の三人は顔を見合わせた。
これまで、自分の瞳に触れられることを嫌っていたカインが、自ら調査を頼んでいる。
『何かあったんですか?』
「ああ。ちょっとな」
シンとの衝突についてはフェイとレミにも詳しくは話していなかった。リシェイも、どう言えば良いのか分からないのだろう。敢えて二人には話していないようだ。
彼が何を見て、何を失ったのか。
あの場では互いに頭に血が上り、確かめる余裕もなかった。
しかし少なからずカインの出自に関わる事を知り、いずれ再会は避けられないならば、何も知らぬままではいられない。
「被害者に、シン=ディグって男と、レティシアって女の子がいないかも知りたい。故郷が壊滅したって言ってたから、そういう事件を……」
レミが目を瞬かせた。
「シン……レティシア……?」
聞き覚えがある。
そう思うのに、何も浮かばない。
「シン=ディグ……レティ、シア……」
頭の奥が、ずきりと痛んだ。
一瞬、何かが過ぎる。
「シン=ディグ……メリア……」
「レミちゃん?」
フェイの声に顔を上げた。
「え……? 私、今、何を考えてたんだっけ……」
「疲れてるのかい?」
「ううん。何でもないよ」
休んだばかりで、疲れは感じなかった。
ただ、何かを思い出しかけたような――。
レミが掴めない感覚に戸惑う傍らで、カインは通信を続けていた。通信の向こう側でウィリスがカインの情報を書き留めるためにペンを走らせている音が微かに聞こえてくる。
『分かりました。何か見つかればお知らせします』
「サンキュ。悪いな」
『いいえ。ほかにも必要な情報があれば、遠慮なくどうぞ。遠隔でもサポート出来る事はあるでしょうから』
声だけでも、いつもの穏やかな笑顔が浮かんだ。
デュロアルで家族として過ごしている皆は年齢も性格も違う。それでもこうしてお互いを理解し、相手の存在を当然のものとして受け入れてくれる。
改めてデュロアルで過ごしてきた日々がどれほど尊いものだったかを、この旅で痛感した。
あの日常に、また帰りたい。
いや、帰ってみせる。
レミも、一緒に。




