75. ゼロとの再会
現れたのは、見間違えようもない仲間だった。
デュロアルの古株であり、カインに剣術や武術の基礎を叩き込んだ、師匠にも当たる男。
若さにそぐわぬ白髪と、大きな傷によって閉ざされた右目。長身も相まって、初対面の者なら思わず足を止めるような威圧感がある。
「腕は鈍っていないようだな」
低く、ぼそりと告げる声にも聞き覚えがあった。挨拶より先に刃物を投げつけ、その感想がこれなのだから、間違いなくゼロだ。
カインは呆気にとられたまま歩み寄り、その腕を掴んだ。
「何でゼロがここにいるんだよ!?」
ライフェンの一味にすら見つからず、デュロアルとの連絡も途絶えたままだった。それなのに、どうしてこんな場所に仲間が現れるのか。
ゼロは掴まれた腕を一瞥すると、懐から折り畳んだ紙片を取り出した。
「近隣に仕事で来ていた。その際、これを目にしたのでな。ルディナスからお前たちの予測進路は聞いていた。記事の内容と照らし合わせれば、見当はつく」
差し出された紙片を広げるカインの横から、リシェイも覗き込んだ。
掲載されていたのは、先日のエリザ村での事件だった。
この一帯で名を知られながら、長らく捕縛できずにいた賊が、一夜にして壊滅したという。大きな見出しの下には、手を下したのは『赤い瞳を持つ、悪魔のような男』との証言まで載せられていた。
「……マジかよ」
カインは頭を押さえた。
あの連中が、それほど知られた賊だったとは思わなかった。こんな辺鄙な村での出来事が、これほど大きく取り上げられるとも。
あの時は、相手の強さを測る余裕などなかった。極限まで暴走した力で、一方的に叩き伏せただけだ。その結果が今、こんな形で人目に晒されている。
地元の新聞とはいえ、一面扱いでは否応なく目立つ。赤い瞳という特徴に加え、進行方向と旅程まで知っているゼロなら、確信を持つのも無理はなかった。
「エリザ村に残っていた血痕の一部が、崖へ続いていた。降りた先には、これがあった」
ゼロがもう片方の手に持っていたものを放ると、白い靴が足元へ落ちた。
レミの靴だった。片方が脱げてしまい、探す時間を惜しんで、そのままにしてきたものだ。
「馬鹿者。あれだけの事態を引き起こしておきながら、痕跡を消さずに立ち去るとは」
カインもリシェイも、言葉に詰まった。
見つけたのがゼロだったからよかったものの、同じように追っ手が辿ってくる可能性もあったのだ。思慮が浅かったと言われれば、返す言葉はない。
ただ、正しいからといって、素直に聞けることばかりでもなかった。
ゼロは昔から、相手が傷つかないように言葉を選ぶ男ではない。必要なことを、必要な分だけ、容赦なく告げる。口数が少ない分、一言が重く響くのも厄介だった。
今回の発端が自分にあることは、カインも承知している。犯したことから逃げるつもりもない。それでも、ようやく仲間たちと向き合い、再出発しようとした矢先に傷口を突かれるのは、正直、堪えた。
カインは靴を拾い上げると、続きそうな指摘を遮るように顔を上げた。
「……それにしても、よくこんな遠くまで仕事の依頼が来たな」
「都市を避けているうちに、位置を見失ったか。この辺りはウェビス、オルケルグ、メキナといった大型都市の集中区から、さほど離れていない。依頼が増えるのも当然だろう」
「俺ら、そんなところまでルート外れてたのかよ。地図もなくしたし、この辺は流石に知らねぇんだ」
本来なら、都市部を避け、田舎や森林地帯を抜けて進むはずだった。ところが、方角を確かめながら歩くうちに、かえって大きな街へ近づいていたらしい。
このまま進むのはまずい。早いうちに地図を手に入れ、行程を組み直す必要がある。
カインが腕を組んで考え込むと、ゼロも同じように腕を組んだ。ただし、こちらは露骨に不機嫌そうだった。
「貴様がいないせいで、俺の仕事が山積みだ」
「何だよ、急に! そっちこそ、昔からふらっといなくなりやがって。ゼロの放浪癖はフェイ以上だぞ」
今でこそ本部にいることの少ないゼロだが、カインがデュロアルへ入った頃は、仕事の大半を彼がこなしていた。
カインが仕事を覚え、周囲とも打ち解けるにつれて、少しずつ任務を分担するようになり、いつの間にか、その割合は逆転していた。任せても大丈夫だと認められたのだろうとは思う。だが、ゼロが姿を消すたび、彼の分まで依頼を回される身にもなってほしかった。
もっとも、そのおかげで出会えた相手がいる。
そこまで考えたところで、カインの口元がふと緩んだ。
「……でも今は、その放浪癖にも感謝しなきゃな」
「何故だ」
「お前がいたら、俺はあの面倒なクライアントの護衛なんて引き受けなかった。そうしたら、俺は……」
レミに出会わなかった。
その言葉は、胸の内だけに留めた。
ゼロが不在でなければ、あの任務は自分に回ってこなかっただろう。あの場で別の判断をしていたら、研究所へ足を踏み入れることもなかったかもしれない。
どれか一つ違っていただけで、彼女と出会うことはなかった。その可能性を思うだけで、胸の奥が落ち着かなくなる。
旅は決して順調ではないし、皆を危険に巻き込んでもいる。それでも、レミと出会えたことまで悔やむ気にはなれなかった。
「……研究所に監禁されていた、銀の髪の娘か」
ゼロの声に、カインは顔を上げた。
「ルディナスさんに聞いたのか?」
「ああ。目的地も含め、あいつが知る限りは全てな」
ヴァートがデュロアルを訪れた際、ルディナスから最初に報告を受けたのはゼロだそうだ。ほかの仲間たちにどこまで知らされているかは分からないが、少なくとも、彼には一から説明する必要はないらしい。
「まあ、それなら話が早いけどよ」
「今、どこにいる?」
そう尋ねたゼロは、わずかに目を細めた。
「……俺は、会ったことがないのでな」
その一瞬の変化に、カインたちは気づかなかった。
言われてみれば、ゼロはレミが本部にいた間、一度も戻ってこなかったのだ。彼女にゼロの話をしたことはあっても、顔を合わせるのはこれが初めてになる。
会ってみたかったと、レミも言っていた。思いがけない再会だったが、ちょうどいい機会かもしれない。
「ああ、そっか。レミなら、フェイと一緒に向こうの木陰で休んでる」
カインがそちらへ顔を向けると、服の裾がくいと引かれた。
見下ろせば、リシェイが少々うんざりした顔で二人を見上げている。
「ねぇねぇ。ここで立ち話してないで、そろそろ戻らない?」
「ん?」
「二人とも背が高いんだからさぁ。ずっと上向いてると、首がしんどいんだってば」
百八十センチ超の二人に対し、リシェイの背丈は百五十センチほどしかない。話に入ろうと顔を上げ続けていたせいで、すっかり疲れてしまったらしい。
首の後ろをさする彼女に、カインは苦笑した。
「ああ、悪ぃ。組み手も一区切りついたしな。行こうぜ、ゼロ。レミも会いたがってたんだ」
踵を返したカインの後ろを、ゼロは黙ってついてきた。
もともと表情の変化に乏しい男だ。沈黙も、珍しいことではない。
だから、この時は誰も気づかなかった。
まだ見ぬ銀髪の少女に会おうとするゼロが、その胸の奥に、どれほど複雑な思いを抱えていたのかを。




