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EDGE ―光と闇の約束―  作者: 岩梨
第六章 癒しの代償
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74. 物騒な挨拶


 まずは、傷を癒すことが先決だった。


 レミの力でリシェイとフェイの傷は塞がり、カインに残っていた先日の怪我もようやく完治した。二人が身体を動かして調子を確かめている傍らで、フェイは木陰へ腰を下ろし、医療鞄を開いていた。


「……それで、レミちゃん自身の具合は?」


 包帯の残りを数えながら尋ねると、少し離れた木の根元に座るレミが顔を上げた。


「大きな傷は、もう大丈夫だよ。あとは打ったところを、少し……」

「少し、って顔じゃないケドねぇ」


 座り直す時、彼女が脇腹を庇ったのをフェイは見逃さなかった。傷口こそ消えているものの、衣服の下にはまだ打撲の痕が残っているのだろう。レミは気まずそうに目を伏せ、膝の上で手を重ねた。


「ごめんなさい。もう少しで動けるようになるから」

「いや、急かしてるんじゃなくてサ。傷を治したら、疲れも一緒に取れるのかと思ってたんだヨ」

「他の人には、少しなら。でも、自分の疲れは治せないの」

「なるほどね。使った分まで自分で取り戻せたら、休む必要がなくなっちゃうか」


 フェイが納得したように頷くと、レミも小さく頷き返した。


 身体を動かすための力を使って、傷を癒している。その消耗まで同じ力で補うことはできなかった。痛みが引いても手足の重さは残り、立ち上がれば、すぐに息が上がってしまう。


「だったら、傷が落ち着いたらちゃんと寝なよ。そっちはオレの薬より効くからサ」

「……うん」


 素直に返事をしながらも、レミは脇腹へ掌を当てた。


 自分のせいで、何度も旅が止まっている。誰も責めないからといって、このまま甘えていていいはずがなかった。せめて痛みだけでも早く消せたら、歩く時に迷惑をかけずに済む。


 その焦りに促されるように、掌の白い光が少しずつ強まっていった。



 少し離れた道から、リシェイの威勢のいい声が聞こえてくる。すっかり元気を取り戻した彼女は、カインに組み手の相手をしてもらっていた。


「ちょっと! 避けてばっかりじゃん!」

「当てられねぇからって文句言うな。ほら、脇が空いてるぞ」


 続いて、短い金属音が木立に響いた。


 レミが顔を向けると、ダガーを手にしたリシェイが、カインの周囲を忙しく動き回っている。カインはまだ自分から打ち込まず、彼女の動きを見ているようだった。


「……よかった。二人とも、もう痛くないみたい」

「おかげさまで、オレもね」


 フェイが包帯を仕舞いながら答えると、レミの口元がほっと緩んだ。


「私にも、できることがあってよかった」

「助かってるヨ。でも、治してくれた本人が倒れたら、また患者が一人増えるからねぇ」

「フェイのお仕事、増やしちゃうね」

「そうそう。たまには暇な医者にしておいてよ」


 おどけた頼み方に、レミは小さく笑った。



 研究所にいた頃も、こうして自分の傷を癒していた。痛みを消しても、次の日にはまた傷が増える。いくら繰り返しても終わらないその力を、好きになれたことはなかった。


 けれど今は、自分の手が誰かの痛みを取り除ける。リシェイが元気に駆け回り、フェイがいつもの調子で笑ってくれる。そのことが嬉しくて、掌に灯る光まで、以前とは違うものに思えた。


 大切に使いたい。これからも、みんなの役に立てるように。



 そう願う気持ちの奥に、役に立てなくなった自分への不安があることには、まだ気づかないままだった。



 打撲の痛みが薄らいだところで、ようやく光を収める。木の幹へ背中を預けると、深い息が零れた。


「……少し、眠くなってきちゃった」

「結構なことじゃない。起きたら、何か食べようヨ」

「うん……ありがとう」


 見上げた先には、枝葉の隙間を埋める青空が広がっていた。


 皆には見慣れた景色なのかもしれない。それでもレミには、何の代償も払わずにこんな美しいものを眺められることが、不思議なくらい贅沢に思えた。


 葉擦れの音に、仲間たちの声が重なる。眠ってしまっても、目が覚めれば、また誰かが傍にいてくれる。


 先の楽しい話をして、同じものを食べて、こうして木陰で休む。こんな時間が続いたら、どんなにいいだろう。



 すべてを忘れて、ただ幸せに生きていけたなら――。



 遠くの打ち合う音が、少しずつ曖昧になっていった。



 しばらくして顔を上げたフェイは、木にもたれたまま眠るレミに気づいた。横から見える表情は穏やかで、先ほどまで強張っていた肩も緩んでいる。


 風は弱く、木陰にも柔らかな暖気が届いていた。今は起こさずにおこうと、フェイは鞄を閉じる音を抑えた。



「……そうそう。今は、それが一番」



 独り言を零し、続いて自分の武器の手入れに取りかかる。鋼線を指先で慎重に繰りながら、時折、眠るレミへ視線を向けていた。



 ***



「てやぁああっ!」



 リシェイが大きく振りかぶり、ダガーを斜めに振り下ろした。


 カインは半歩だけ身体をずらしてかわすと、すれ違いざま、左手に握った剣でその柄元を払った。弾かれたダガーが宙を回り、地面へ突き刺さる。


「あっ!」


 思わず目で追った、その隙に、剣先が眉間の手前で止まっていた。


「……ま、まいりましたぁ」


 がくりと肩を落とすリシェイに、カインは笑って剣を引いた。鞘へ収まる乾いた音が、短く響く。


「武器を落としても、相手から目ぇ離すなよ」

「うぅ……分かってるってば」

「分かっててやられるなら、世話ねぇな」


 悔しそうに唇を尖らせる彼女を見ながら、カインは先ほどの斬り込みを手振りでなぞった。


「あと、お前は振りがでかすぎる。勢いつけたいのは分かるけど、どこ狙ってるか丸見えなんだよ」

「だって、勢いつけなきゃ威力が足りないもん! 半端に当てて止められたら、アタシの方が危ないじゃん」

「だからって、当たらねぇ攻撃を繰り返してどうすんだ」


 言い返せず、リシェイは眉を寄せた。


 カインは彼女の前に立ち、軽く手を伸ばしてみせる。リシェイも同じように腕を出したが、指先の届く距離には明らかな差があった。


「俺と同じ間合いで、同じように力任せに振っても勝てねぇよ。お前は小回りが利くんだから、そっちを生かせ」

「……懐に入れってこと?」

「入るのも、抜けるのも速くなれってこと。ダガーでやるなら、近づいた後に何するかまで考えとけよ。勢いで突っ込んでから悩むな」

「そこまで考えなしじゃないもん!」

「さっき、突っ込んできただろうが」

「……さっきは、そうだけど」


 リシェイは地面のダガーを引き抜き、付いた土を払った。一度だけ宙へ放り、柄を受け止める。手に馴染んだ重さを確かめながら、先ほど自分の腕が届かなかった距離を思い返した。


 鍛えれば、今よりは力もつく。それでも、カインやゼロと力比べをして勝てるようになるとは思えない。


 ならば、同じことをしようとするだけでは駄目なのだろう。小さいから不利だと腹を立てるより、その小ささが相手を困らせる動き方を探した方がいい。


「……ちょっと、もう一回やってみてもいい?」


 顔を上げたリシェイは、そこで言葉を止めた。



 カインがこちらを見ていない。



 先ほどまでの笑みは消え、視線だけが木立の奥へ向いていた。左手が、再び剣の柄へかかる。


「カイン、どうし――」



 言い終えるより早く、銀の刃が横へ走った。


 鋭い金属音が立て続けに鳴り、カインに弾き落とされた何かが二人の足元へ転がる。リシェイは反射的に身構え、カインの隣から木立を睨んだ。



 地面に落ちていたのは、三本のくないだった。



 極東イェシャン大陸に伝わる、小型の刃物に似た武器。その見慣れた形に気づき、リシェイは目を見開く。


 これを好んで使う人物が、デュロアルには一人だけいる。


 カインも同じことを考えたらしい。剣は下ろさないまま、驚いたように眉を動かした。



 木陰から、人影が音もなく進み出る。


 その姿を認めた瞬間、リシェイは息を呑み、カインも呆然と声を漏らした。




「ゼ……ゼロ!?」



もう一本追加出来たら更新します。

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