73. 俺を選んで
レミは微塵の躊躇もなく言い切った。
フェイもリシェイも「えっ?」と目を丸くして固まった。
カインも表情だけはどうにか取り繕っていたが、胸の内側では、足場を失ったような絶望が一気に広がっていた。
──マジかよ。
『あり得ない』
しかも、そんなに迷いなく即答するか?
ほんの少しくらい、期待してもいいのではないか。
自分が彼女にとって、他の仲間とは違う存在になれる可能性があるのではないか。
そんな淡い夢を見ていた自分が、ひどく惨めだった。
レミが自分を肯定してくれたことも、褒めてくれたことも、結局は「私以外の誰かと幸せになってね」という意味だったのか。
自分は、別の誰かへ送り出されるだけの存在なのか。
他のどんな女性に好かれようが、どうでもいい。
レミにそう思ってもらえなければ、世界中のすべてから愛されたとしても、何の意味もなかった。
肩を落としたカインの耳に、レミの口から思いもよらない言葉が飛び込んできた。
「だってカインは、私が相手じゃ嫌なんだもの。無理だよ」
「「「はぁぁぁぁぁッ!?」」」
珍しく三人の声が、完璧に重なった。
カインがレミを嫌がる?
どうしてそうなる。
むしろカインの頭の中には、レミ以外の選択肢など一ミリも存在しない。彼女以外の誰かを思い浮かべようとしても、そこにはいつもレミの顔が浮かぶというのに。
「ち、ちょっと待て! どういう意味だそれ!?」
「えっ? 教会で訊いたでしょ?」
「え……!? あ、ああ……!?」
必死に記憶を手繰り寄せると、ある日の出来事を思い出した。
光神ハーヴェルを祀る教会で、救済の聖地へ行く以外に幸せになる道はないかと話した、あの時だ。
好きな相手と結婚する幸せもあるのではないかと、ものの例えで言うと、レミは「カイン、私をもらってくれる?」と、冗談めかして訊いてきた。
なのに、自分の気持ちを認めるのが怖くて、「やめとけ」と突き放してしまった。
更には「他の男にしておけ」とまで言った。
とんでもない過ちに一気に冷や汗が流れる。
「あの時、カインすごく困っていたでしょう? 好きな人がいるってことは、私じゃ嫌なんだなって思って」
「嫌だなんて、一言も言ってねぇだろ!?」
思わず声が裏返った。
誰が他の女なんて好きになるものか。
あの時は、自分の中から溢れ出した感情を認めたくなくて、言葉を濁しただけだ。
なのに、その曖昧な返事が、レミの中でははっきりした拒絶になっていた。
まずい。
自分の所業が、今になって特大のブーメランになって返ってくるとは思わなかった。
自分で突き放したせいで、レミは自分を選択肢から外している。
まだ何も始まっていない。
それどころか、始めるための入口にすら立てていない。むしろ閉め出しをくらい、立たされているのは窮地だと理解した。
「そうじゃねぇよ! 俺は……っ!」
「え……?」
「あの時の答えの訂正!」
この誤解を解かなければならない。そうしなければレミの中で、自分は「嫌がる相手」として固定されてしまう。
ほとんど告白兼プロポーズのような言葉になる。言った瞬間、彼女の顔から笑顔が消えるかもしれない。
それでも今ここで言わなければ、入口は永遠に閉ざされることだけは避けねばならない。
カインは、逃げ道を捨てるように腹を括った。
「レミが俺を選んでくれるなら、俺は絶対にお前を世界一幸せにする! 他の奴なんて選択肢に入れるんじゃねえよ!」
一気に言い終えた途端、胸の奥が大きく跳ねた。
心臓が狂ったように打ち鳴らされ、耳の奥まで鼓動が響いている。
怖くて、レミの顔をまともに見られない。
拒絶されたらどうする。
困ったように笑われたら。
それでも、もう引っ込めることはできなかった。
傍で見守るフェイとリシェイは、興味津々に身を乗り出して二人を交互に見つめている。
他人の恋となると、実に気楽な野次馬だった。
「じゃあ、カインが私を選んでくれたら、私はカインが幸せになれるように、精一杯頑張るね」
レミの返答は、あまりにも柔らかかった。
フェイとリシェイが、そろって固まる。
カインも、しばらく息をするのを忘れた。
拒絶ではない。
けれど、求めていた答えとも違う。
……これは、了承ということなのだろうか?
期待していいのか。
それとも、また自分だけが都合よく受け取ろうとしているのか。
「マ……マジで……!?」
確かめずにはいられなかった。
カインは思わず、レミの華奢な両肩を力任せに掴んでいた。
レミの青い瞳が驚きに見開かれる。やがて目を細め、愛おしそうに微笑んだ。
「うん! カインのお嫁さん候補の片隅に置いてくれるなんて、すごく嬉しいな。……でも、私のことは気にしなくていいからね?」
「いや……片隅じゃなくてだな……」
「本番で、その好きな女の人?に告白する時、頑張ってね」
「……はぁぁぁぁぁ……」
カインはその場にガックリと崩れ落ちた。
違う。
そうじゃない。
自分が言っている「好きな女」は、目の前にいるレミのことだ。
世界一幸せにしたい相手も、他の奴なんて選ぶなと言いたい相手も、最初から彼女しかいない。
なのに、レミは自分を応援している。
自分ではない誰かに告白するために、頑張れと微笑んでいる。
候補には入れたらしい。
だが、その相手が自分自身だとは、まだ夢にも思わないようだった。
フェイとリシェイが、ポンと彼の肩に手を置いた。
「……ドンマイ、頑張れヨ……」
「……不憫すぎて涙出てきたよ……」
「……そりゃどうも……」
投げやりに返しながらも、カインは拳を握った。
ここで諦めたら、本当に終わる。
レミが恋という概念を知らないなら、これから知ってもらえばいい。
自分が彼女にとって何なのか分からないなら、分かるまで傍にいる。
恋という概念そのものを知らない彼女に、この想いが届く日は来るのだろうか。
しかも、自分たちには聖地行きというタイムリミットまである。
ライフェン博士との宿怨を解決し、彼女が聖地へ行かずに済む道を見つけ、愛の意味を理解してもらう――難題は山積みだった。
それでも、諦める気なんてなかった。
聖地行きの問題を解決して正式に告白したとして、振られたって諦めない。
何度拒まれても、彼女が自分を恋愛対象として見られなくても、絶対に振り向かせてみせる。
カインは、胸の奥に残った痛みごと、強く抱きしめるように決意した。
少し拗ねてそっぽを向くカインの横顔を、レミは愛おしそうに見つめていた。
膝の上で小さな手を組み、レミは自分でも分からない感情を、ゆっくりと言葉にした。
「……どんな風に感じたら、自分の『一番』になるのか……私にはまだ分からないけれど……」
カインに、そんなにも深く想われる女の人は、本当に幸せな人なのだろう。
羨ましいと思う。
その羨ましさが、なぜ自分の胸に生まれたのか。
レミ自身にも、まだ分からなかった。
ただ、カインが誰かを想って苦しそうにしているのを見ると、胸の奥が少しだけざわめいた。
レミはその感情に名前をつけることなく、そっと胸の内へしまい込んだ。
続きは夕方ごろ更新します




