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EDGE ―光と闇の約束―  作者: 岩梨
第六章 癒しの代償
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70. 再出発


 時は少し遡り、エリザ村の事件翌朝――。



 再会を果たした四人は、次の街を目指して歩き出そうとしていた。



「さてと。一番近い街を目指すかナ」

「体調も気分もバッチリだし、いつでも行けるぞ」


 カインは大きく背伸びをした。

 仲間に受け入れられ、レミと共に生きたいという願いも、もう否定する必要はない。胸の内は、空と同じように晴れ渡っていた。


 ただし、行く先には問題がある。

 エリザ村には戻れず、この旧街道はカインにも分からない。地図も野営の道具も置いてきてしまった。財布だけは持っていたのが救いだ。


「レミを休ませられて、買い物もできる街があればいいんだけどな」

「何とかなるよ! 知らない場所を探検するのも楽しいじゃん!」


 腕を組む二人の間へ、リシェイが割り込んだ。


「早く次の街で休んで、レミも元気にならなきゃね」

「私なら、もう大丈夫だよ」


 慌てて手を振るレミだったが、大怪我を治癒した身体には、まだ疲労が残っていた。

 フェイは彼女をまじまじと見つめる。


「休ませたいのは山々だけど、その格好はマズイよネ」

「……格好?」


 衣服は血と泥に汚れ、手当ての際に裂かれている。羽織ったカインのジャケットも同様だ。治癒の力で服までは直せない。


「目立つし、衛生上も良くない。一度ちゃんと診察もしたいしナ」

「そうだよね……」

「ま、その格好も捨てがたいけど。特に胸元とか」


 視線を追ったレミは、赤くなって襟元を合わせた。大きなジャケットは胸元が開きやすい。


「いやぁ、その恥じらいも新鮮でイイねぇ。メルに同じようなこと言ったら、整備中の車で轢き殺されそうになったから」

「お前、それでも懲りてねぇのか……」


 カインは深々と溜息をついた。



 今の服は処分するしかなさそうだ。

 ポケットを確かめたレミの指に、硬いものが触れた。


「あ、よかった。割れてない」


 取り出したのは、魔工師にもらった魔水晶の指輪だった。レミのエーテルを吸った石が、ほのかな白光を帯びている。


「綺麗な指輪だな。どうしたんだ?」


 受け取る場にいたカインは、覚えていないらしい。


「オイオイ、マジかよ……」


 当時の彼がどれほど追い詰められていたかを察し、フェイは口をつぐんだ。


「宝物なの。失くしてなくてよかった」


 嬉しそうに笑うレミを見て、カインも口元を緩める。

 昨夜から、その笑顔を以前よりも強く意識していた。ただ笑っているだけなのに、目を離したくない。

 その横顔に、フェイの目が留まった。


「……ふーん?」


 一拍置き、にやりと笑う。

 レミの掌から指輪をひょいと取り上げた。


「これはオレが贈った『誓いの指輪』なんだヨ。なぁ、レミちゃん?」

「えっ?」


 返事を待たずにフェイがレミの左手を取り、薬指へはめる。「……は??」と目を丸くしながらカインはその光景を見つめた。


「オレと永遠を誓ったもんネー。なぁ? レミちゃん」


 横目でカインを見て、切れ長の紫の瞳をニヤリと細めると、そのまま恭しくレミの手の甲へ唇を寄せた。



「何やってんだテメェぇぇぇッ!!」



 カインが飛びかかり、フェイの胸ぐらを掴んだ。レミの手に触れた唇と、薬指に光る指輪が、やけに鮮明に目に焼きついている。


「ちょ……冗談、冗談だよ! 怖いんだよバカインッ! 離せってば!! ゲホッ、ゲホッ!!」


 解放されたフェイが咳き込む横で、カインはレミの手をひっつかんだ。


「拭け! フェイのアホ菌がつく!」

「痛いよカイン~! 指輪も、魔工師さんにもらった守り石だってば!」


 服で手の甲を擦っていた手が止まる。


「……なんだ、そうなのか」


 カインはフェイを睨んだ。


「変なウソついてんじゃねぇぞ」


 薬指から指輪を抜き、レミへ返す。


「左の薬指以外につけとけ」


 言ってから、カインはわずかに口をつぐんだ。

 なぜそこまで指定する必要があるのか、自分でも分かっている。左手の薬指に指輪をはめたレミを見た瞬間、胸の奥に生まれたざわめきが、まだ消えていなかった。

 レミは不思議そうに指輪を見つめ、今度は左手の中指にはめた。


「ここならいい?」

「ああ」

「へぇ~。薬指は駄目で、中指ならいいんだ?」


 フェイが楽しげに肩を震わせている。


「……何が言いてぇんだよ」

「カイン君、ずいぶん素直になったなぁと思ってサ」

「どこがだ!」


 指輪を眺めるレミへ、カインはちらりと目を向けた。大切そうにしている姿に、また口元が緩む。


「……なるほどネ」

「だから、何なんだその顔!」


 リシェイまで笑い出し、カインは呆れたように息を吐いた。そんな彼を見て、レミが微笑む。


「また自然に笑えるようになって、本当によかった」


 胸の奥が、ふっと温かくなった。こうして笑い合える。昨夜、取り戻したかったものが、今ここにあった。

 フェイも笑みを和らげ、リシェイと顔を見合わせ、カインは照れくさくなって背筋を伸ばした。



「よし、今度こそ出発するか」



 快晴の空の下、一歩を踏み出した、その時だった。



「っ……痛……!」



 レミが足を庇った。

 よく見ると右足の靴がない。昨夜、崖を飛び降りた際に脱げたのだろう。


「あれっ、レミの靴は? しかも血が出てるじゃん!」


 屈み込んだリシェイに、レミは慌てて首を振った。


「これは昨日ついた血で……!」

「じゃあ、座って見せてみろヨ。問題ないならできるだろ?」


 フェイが近くの岩を叩く。

 三人に見つめられ、レミは肩を落とした。


「次の街まで、頑張って歩くから……」

「こんな石だらけの道を、靴なしで歩けるかよ」


 治癒を繰り返して歩けば、余計に消耗する。

 カインは彼女の前で背を向け、屈み込んだ。


「ほら、おぶわれ。次の街まで背負ってやる」

「そんなの、申し訳ないよ!」

「元は俺のせいで失くしたんだ。これくらいさせてくれ」


 あまりにカインが申し訳なさそうな顔をするのでレミはためらい、それから小さく頷いた。

 ここで押し問答をすれば、彼を傷つけてしまう。


「それじゃあ……お願いします」


 気恥ずかしそうに近づいてくる。

 その姿に、カインは息を詰めた。



 可愛い。



 今までも、こんな仕草をしていたのだろうか。出会った時から眺め直したくなる衝動を堪え、背中へ促す。

 ひょいと背負って立ち上がると、歓声が上がった。


「わぁ、高いね! カインって身長どれくらい?」

「183センチ。昔はチビだったけど、途中から伸びた。ほら、力抜いて寄りかかってろ。その方が楽だから」

「うん。ありがとう」


 細い腕が首へ回り、身体が背中へ預けられた。


 カインは硬直した。


 伝わる体温。首筋に触れる銀髪。

 近すぎる呼吸に、足を出すのも忘れそうになる。

 昨夜の手当てでは、傷を治すことしか考えていなかった。だが今は、背中へ触れる感触の一つひとつが意識に入り込んでくる。

 そういえば、手当ての時に切った上の下着は――。


「……ごめん、レミ。やっぱ寄りかかるの中止……」

「えっ!? 私、重いよね……?」

「マジで重くねぇから!」


 むしろ、こちらの身体まで浮ついている。

 顔を覗き込もうとするレミから目を逸らすと、すかさずフェイが横へ回った。


「顔、赤くない?」

「何でもねぇ!」

「寄りかかれって、自分で言ったくせにネェ」


 楽しげな声に、カインは眉をひそめた。


「服越しだってのに、今更何照れてんだヨ。経験値くらいあるだろ」


 レミとリシェイが揃って首を傾げる。

 カインは奥歯を噛み締めた。


 確かに男女の経験はいくつもある。けれど、あれは生き延びるための取引だった。触れられても何も感じないように、心を切り離していた。


 レミは違う。

 近づかれるだけで心臓がうるさい。

 嬉しくて、落ち着かなくて、それでも離れてほしくない。


「うるせぇな! 他の女なんかどうでもいいんだよ! 俺はレミだから!!」


 言った瞬間、口をつぐんだ。

 フェイの顔いっぱいに、得意げな笑みが広がる。


「へぇー、『レミだから』ねぇ? そうかそうか、やーっと認めたワケだ」

「テメェ……」

「相手は相当な猛者みたいだし、精々頑張れよ~?」


 レミが首を傾げた。


「猛者って?」

「キミのこと。『鈍感純情姫』と『単純直情バカ』、旅が面白くなりそうだネ」


 一番知られたくない奴に、速攻で見抜かれた。年下のくせに、この口の達者さにはまるで敵わない。

 カインは赤い顔で、レミを背負い直した。恥ずかしくて堪らないのに、首へ回された腕が離れないことは嬉しかった。


「くそ……いつか絶対に目に物見せてやる……」



 笑い声を背に、今度こそ歩き出す。


 仲間との関係は元に戻った。けれど、嵐の夜に受け入れた想いは、これからもカインの心を騒がせ続けそうだった。



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