69. 惨劇の後を追う者
エリザ村の事件翌朝――。
豪雨の夜が明け、空には見事な青空が広がっていた。
普段は誰も寄り付かない滅びかけた村に、この日は大勢の警備隊員が出入りしていた。
「各部屋の物品を押収しろ! 書類は一通り鑑識に回すんだ!」
村の中央にある井戸の脇で、蓄え髭の立派な班長が指示を飛ばす。
古ぼけた民家からは高価な調度品が、農具小屋に見えた倉庫からは貴重な骨董品が、次々と運び出されていた。
貧困を装った村の実態は、人身売買を行う山賊の拠点だったのだ。
以前から怪しい噂はあったものの、強大な賊の勢力と裏社会の人脈に阻まれ、捜査は進んでいなかった。
その犯罪組織が今や、頭領もろとも重傷を負い、抵抗する気力さえ失っている。
一方、捕らわれていた孤児たちは全員無事に保護された。国の手配で受け入れ先も決まるという。
仲間の旅行者たちに励まされたおかげか、少しずつ話せるようになった子供たちは、口を揃えてこう証言した。
『怖かったけれど赤目のお兄ちゃんが、悪い奴らを全部やっつけてくれた』
しかし、犯人たちが語る『赤目』の姿は、それとは大きく異なっていた。
『赤目の悪魔に殺される』
周辺の街道を脅かしていた山賊の頭領までもが、ガタガタと震えて助けを請うばかりなのだ。
「モンスターに襲われたのか?」と問えば、「モンスターより恐ろしい人間だった」と青ざめる。
一体、この村で何が起きたのか。
地面に広がる血痕を前に、班長は困惑するばかりだった。
後日の捜査では、押収した証拠から警備隊や地方政府の内通者も次々と検挙され、事件は一帯を揺るがす大騒動へと発展した。
新聞の第一面を飾ったのは、犯罪組織の壊滅と、それをたった一人でもたらした謎の人物――『赤目の悪魔』の噂だった。
***
エリザ村の事件から三日後――。
家宅捜索の続く村の入り口には、「立入禁止」と記された黄色い制札が立てられていた。
それを覆い隠すように、大きな影がひとつ現れた。
男は制札など意に介さず、村へ足を踏み入れた。
中央の井戸の脇では、相変わらず班長が部下たちへ指示を飛ばしている。
その背後に、濃い影が落ちた。
「なんだぁ……?」
振り返った班長の目に飛び込んできたのは、分厚い胸板と異国風の装いだった。
「おいおい、一般人は立入禁止だと表に……」
相手の顔を見上げた途端、言葉が喉に詰まった。
ただの民間人とは思えない眼光と威圧感に、思わず息を呑む。
男は班長を一瞥することもなく、地面に残る赤黒い血痕へ歩み寄った。
「……馬鹿が……」
低く吐き捨て、点々と続く血の痕を目で追う。
それは崖の縁で途切れていた。斜面には土が大きく削れた跡もある。ここから滑り降りたか、飛び降りたのだろう。
ようやく我に返った班長は、男の背へ声を張り上げた。
「こ、こら! 勝手に歩き回るんじゃない! ここは捜査中で……」
しかし、すでにそこに男の姿はなかった。
「……あれ……?」
慌てて周囲を見回したが、どこにもいない。
目を離したのは、ほんの一瞬だったはずだ。
「うわぁぁぁぁぁッ! で、出たぁぁぁぁ!!」
血相を変えて民家へ飛び込んできた班長に、捜査中の部下たちは目を丸くした。
「何が出たんですか、班長?」
「ゆ、幽霊だよ! 真っ白な髪の男が、目の前で消えたんだッ!」
一瞬の沈黙の後、部下たちはどっと笑い出した。
「こんな真昼間に出る幽霊なら、可愛らしいものじゃないですか」
確かに見たのだと訴えても、誰一人として取り合ってはくれなかった。
***
エリザ村のちょうど真下に位置する、古い街道。
男は崖の斜面を滑り降り、張り出した木の枝を足場にして、音もなく街道へ降り立った。着地の衝撃に舞い上がった木の葉が、遅れて足元へ落ちる。
周囲を見渡した男の視線が、草むらの中で不自然に浮かぶ白いものを捉えた。
男は身を屈め、それを拾い上げると、血痕の付着した女性ものの片方だけの靴だった。
人の気配などとうに絶えた廃道に、真新しい靴がひとつだけ落ちている。しかも、乾ききっていない血が、白い革に黒ずんだ筋を残していた。
男の目が、わずかに細められる。
靴の周囲に乱れた草を見つけ、さらに街道の先へ視線を走らせた。
誰かがここを通った。
負傷しているのか、それとも――。
男は靴を握り締め、血痕の続く道の先を睨みつけた。
「……あちらか」




