47. 救われた命、残された傷
シンに穿たれた全身の傷痕が、一歩踏み出すごとに激痛となって全身を奔った。
血と土に塗れ、街中を痛々しく歩くカインに対し、行き交う人々は驚愕と恐怖の混ざった横目を向けつつも、決して目線を合わせようとはしなかった。
身体の傷はあからさまに事故などではなく、人同士の凄惨な死闘によって刻まれた刃の痕であると一目で判るからだ。誰だって関わりたくはないだろう。
……だが、それでよかった。
(来るな。誰も……俺の内に踏み込んでくるんじゃねぇ)
拒絶を心の中で激しく呟きながら、カインは重い足取りを引き摺り続けた。
***
二人は、レミとフェイの待つ病院へと戻ってきた。
大通りの病院の入り口に辿り着いた瞬間、受付にいた中年の看護婦が二人を見るなり、悲鳴を上げて飛び出してきた。
「何て酷い怪我……! 先生、急患です!」
カインはリシェイの肩から静かに腕を外すと、入り口近くの冷たい壁にそっと身をもたれかけた。
自分の治療などどうでもいい。
一刻も早く彼女のもとへ――そう思いながらポケットを探り、一瓶の小さな薬瓶を取り出して医師へ手渡した。魔工師に調合してもらった解毒薬だ。
「俺は後でいい……。担ぎ込まれた……女の子に……。コレを……使ってやってくれ……」
差し出された小瓶を受け取った医師は、看護師と頷き合うと、即座に奥の病室へと走っていった。
──これで、レミは助かる。
安堵が全身を駆け抜けた瞬間、急速に膝から力が抜け、ズルズルと壁を伝って床へと身を沈めていった。流石にもう、立っていることすら限界だった。
意識が急速に深い闇へと沈みかけていく直前、看護師たちに両肩を支えられ、処置室へと引き摺られていく感覚を遠くに覚えた。
何もかもが、理不尽でやりきれない。
余計なことなど何も考えず、必死に過去を切り捨てて生き、ようやく人間らしい平穏を取り戻せたと思っていたのに。
(何なんだよ……一体……)
実の親には「ここに居てはいけない」と冷たい川底へ捨てられ、街行く人々からは恐怖の目で見下され続け、挙句の果てには見知らぬ男から一族の業として憎悪をぶつけられる。
(俺が一体、何をしたってんだよ)
***
病床で苦しみに喘ぎ、うなされ続けるレミに、フェイは手際よく解毒薬を投薬した。
国から発行された正規の医師ライセンスを持つ彼の手腕は確かだった。名医の弟子でもあるフェイは手際よく解毒剤を注射し、傍らに立つ看護師へ矢継ぎ早に専門用語で指示を飛ばしていた。
当然、リシェイにはその言葉の意味など理解できるはずもなく、ただ両手を胸の前で固く握り締め、青白い顔で苦しむレミを見守ることしかできなかった。
それから、約一時間が経過した。
少しずつ、レミの乱れていた呼吸が静かで規則正しいものへと戻り、土気色だった頬に微かな赤みが差し始めた。
腕を侵食していた青紫の斑点が薄れて消えていくのを確認する。フェイは脈拍と体温を測ると、笑顔をリシェイへ向ける。
「……すべて正常に戻ったヨ。もう大丈夫だ。じきに目を覚ますはずさ」
その言葉を聞いた瞬間、リシェイはその場にヘナヘナと膝から崩れ落ち、声を上げて泣き出した。大切な友達を救うことができた嬉しさが爆発したのだ。
もしこのまま目が覚めなかったらどうしようと、恐怖で胸が押し潰されそうだったのだろう。
「よ……よかったぁ……っ! 死んじゃったらどうしようかと思った……! レミぃ……ごめんね」
ベッド脇の椅子に腰掛けていたフェイは、泣きじゃくるリシェイにハンカチを差し出し、その背中を優しくさすってやった。
そして――もう一人の「深刻な患者」へ視線を向けた。
病院の医師に応急処置を施され、隣のベッドにポツンと座り込んでいるカイン。額や腕、体中に痛々しい包帯が巻きつけられている。
傷の痛みのせいで口数が減っているのだろうか、とフェイは思っていた。
だが、どれほど時間が経過しても無言のまま床を見つめ続ける重苦しい表情を見ていると、どうやら単なる肉体の怪我だけの問題ではないらしい。
「……相当な修羅場があったみたいだけどナ。この短時間に、一体何があったんだ?」
フェイの問いかけに対し、カインもリシェイも一切の言葉を返さなかった。
あの強靭なカインが、これほど完膚無きまでに心身ともに打ちのめされている姿など見た事がない。
フェイの知る限り、ゼロと初めて対峙した時以上の惨状だった。
やがてカインは無言のままベッドを降りると、誰とも目も合わせないまま静かに廊下へと出ていってしまった。
「……重傷の上に、精神的にも重症か。参ったな、こりゃ……」
フェイは深く深い溜息を吐き捨てた。
一緒に戻ってきたリシェイとの間にも、明らかに異様な緊張感と溝が生まれている。
事情が分かれば橋渡しができるのだが、二人とも何も語らない以上、掛けられる言葉が見当たらなかった。
「やれやれ……どうしたものかねぇ……」
続きは後ほど更新します。




