41. 魔剣士・シン
振り返った青年を前に、リシェイは言葉を失った。
腰まで流れる蜂蜜色の金髪と、前髪の隙間から覗く澄んだ青い瞳。
女性と見紛うほど端整な顔には感情の揺らぎがほとんどなく、その美しさは人を惹きつけると同時に、近づく者を拒む冷気を帯びていた。
金糸の刺繍が入った紺の長い羽織に白いシャツを着込み、胸元には金色のペンダントが揺れている。幾重もの革帯に包まれた身体は細身ながら引き締まり、傍らには五つの魔水晶を埋め込んだ剣が立てかけられていた。
鞘にまで細密な装飾が施されていたが、ただの飾り物ではない。
高純度の魔水晶が放つ圧力に持ち主の気配が重なり、静かに酒を飲んでいるだけなのに、無遠慮に踏み込むことをためらわせた。
老婆の話は、大袈裟ではなかったのだ。
「おい、何ボーッとしてんだ、リシェイ」
カインに頭を軽く叩かれ、ようやく我に返った。
「……何か用か? 邪魔だ」
青年はグラスへ口をつけた。カラン、と氷が鳴り、もうこちらへ目を向ける様子もない。その素っ気なさに構わず、カインは用件を切り出した。
「すまない。魔物の毒を消す『解毒魔水晶』を探してるんだ。心当たりはないか?」
「……なぜ、俺に訊く」
「魔工師のばあさんに、知ってるかもしれないって言われたんだ。先日、森で助けてやったっていう……」
男は僅かに瞼を伏せた。
「……そんなこともあったか」
「頼む、力を貸してくれ!」
頭を下げても、表情は動かなかった。
「俺には関係のない話だ。去れ」
「お願い! 場所だけでも教えてよ!」
リシェイも堪らず声を上げた。こうしている間にも、レミは毒に苦しんでいる。自分を庇わなければ、受けるはずのなかった毒だった。
「仲間が倒れてるんだ。一刻も早く解毒しねぇと命が持たねぇ。俺たちにできることなら何でもする。だから……!」
カインが再び頭を下げたが、返事はなかった。
このまま会話を終わらせようとしているのを感じ、リシェイは咄嗟に男の袖を掴んだ。
「……離せ。くだらない真似をするな」
真正面から向けられた青い瞳に、背筋を悪寒が走った。怒鳴られたわけでもないのに指先から力が抜けそうになったが、それでも放せなかった。
カインが地面に頭を擦りつけてまで掴んだ糸口なのだ。ここで断られたら、もうどうすればよいのか分からない。
「お願い……お願い、助けて……!」
涙が溢れ、声を抑えられなくなった。男が眉を寄せる一方、周囲からは、泣きじゃくる少女と袖を掴まれた男へ視線が集まり始めていた。
「連れて行ってやりなよ」
「可哀想に……」
店主までこちらを見ていることに気づくと、居心地の悪さは限界に達していた。男は額を押さえて黙り込む。
「……分かったから、袖を離せ。もう泣くな」
「本当っ!?」
飛び上がったリシェイの頭を、カインががしっと押さえた。
「ありがてぇ……! 悪い、こいつ責任感じてパニックになってんだ」
「……いい。さっさと終わらせる。出るぞ」
男は立ち上がり、傍らの剣を取った。長い得物を持ち上げても卓や椅子に触れることはなく、裾を翻して二人の脇を抜けていく。
「一緒に来てくれるのか?」
「場所だけ教えて、今度は『見つからなかった』と泣きつかれては敵わん」
カインがせめて飲み代を払わせてほしいと申し出ると、短い頷きが返った。
***
男は獣道を迷いなく進んでいった。
木の根が張り出す足場でも歩調は変わらず、枝を避けるたびに長い羽織が揺れるものの、ほとんど音を立てない。
レミが毒を受けた現場からさほど離れていない場所へ差しかかった時、茂みが大きく揺れた。
左右の木陰から五匹の獣型の魔物が躍り出て、先頭の二匹が正面から迫る一方、残る三匹は逃げ道を塞ぐように散っていく。
「ちっ、集団を相手にしてる暇なんか……!」
カインは剣の柄へ手を伸ばしたが、抜くより早く、男が二人の前へ出た。
「抜くな。そこにいろ」
先頭の魔物が跳び、鋭い爪を顔面へ振り下ろした。
男は一歩も退かなかった。
首を僅かに傾けて爪をかわすと、すでにその懐へ滑り込んでいた。すれ違いざまに肩で相手の軌道を外へ弾き、着地したところへ、横手から二匹目が噛みついてくる。
振り返ることなく半歩だけ下がり、その牙も空振りさせる。勢いを失った二匹が互いの進路を塞ぐように重なり、さらに奥へ三匹目が回り込んだ瞬間、男の指先に青い光が灯った。
振りかざすと、細く凝縮された水の閃光が走る。
重なった二匹をまとめて貫き、三匹目の胴まで一直線に穿つと、そのまま地面を深く抉った。土砂が噴き上がり、木の根が砕け散る中、三匹の魔物は悲鳴を上げる間もなく、青白い光の粒へ変わっていく。
カインの手は、柄を握ったまま止まっていた。
偶然並んだところを狙ったのではない。最初の二匹の進路を重ね、三匹目が射線へ入る瞬間を待っていたのだ。
だが、残る二匹は怯まず、左右から同時に跳びかかってきた。
片方は男の左肩へ、もう片方は、その背後にいたリシェイへ爪を伸ばす。
「リシェイ!」
カインが叫んだ時にも、男は振り向かなかった。腰の剣を鞘ごと抜き取り、身体の軸を捻って横薙ぎに振り抜く。
空気が爆ぜた。
衝撃波に叩かれた一匹が宙で折れ曲がり、木の幹へ激突して光の粒へ砕け散った。同時に反対側へ伸びた衝撃波も、リシェイへ迫っていた魔物を捉える。爪が彼女へ届く寸前、胴が横一文字に裂け、地面へ落ちるより早く崩れていった。
男はすでに剣を元の位置へ戻しており、遅れて小さな魔水晶が地面へ転がった。
ほんの数秒の出来事だった。
一度として二人の前を空けず、五匹を倒してなお、息一つ乱れていない。
「……すっげぇな。アンタ、もしかして『魔剣士』か?」
「……ああ」
男は答えながら、もう先の道へ目を向けていた。
エーテルを身体能力へ回す戦士と、術として放つ術師。その両方を高い水準で扱う『魔戦士』は少ない。二つを磨こうとして、どちらも半端に終わる者が多いからだ。
だが、今の動きには切り替えの間すらなかった。回避も誘導も、術も剣撃も、すべてが一つの流れとして繋がっていた。
鞘に収まったままで、あの威力なのだ。刃を抜けば、どれほどの力を見せるのだろう。
豪傑揃いのリドゥ国の騎士団でも、隊長を務められるのではないか。一度手合わせを願いたくなったが、カインはその衝動を押し込めた。
今は、一刻も早くレミのもとへ戻ることが先決だった。
「すごいね! 剣も術も、両方あんなに強い人、初めて見たよ!」
「……そうか」
素っ気ない返事にも構わず、リシェイは目を輝かせた。
「あっ、名前! そういえば、まだ聞いてないよ、カイン!」
言われて、カインも我に返った。切羽詰まっていたとはいえ、名乗りもせずに頼み事ばかりしていたのだ。
「そうだったな。バタバタしててすまない。俺はカイン=レッドバード。見ての通り、ファイターだ」
「アタシはリシェイ=フィズコール! 見習い戦士だよ。お兄さんの名前も教えて!」
男はかすかに眉をひそめたが、しばし二人を見つめた後、淡々と名乗った。
「……シン。シン=ディグ」
「シンね! よろしく、シン!」
リシェイは一方的に手を取り、勢いよく上下に振った。シンは何か言いかけたものの、握手を終えた彼女が満足そうに手を離す方が早かった。
……リシェイは人類は皆友達だとでも思っているのだろうか。
カインは呆れつつも、この物怖じしない社交性こそ、彼女の持ち味なのだろうと思った。
そこから少し進んだ茂みの奥に、紫色の天然魔水晶が群生していた。シンが足を止め、顎で示す。
「探しているのは、それだ。魔工師に薬へ加工させれば、毒は消える」
二人は顔を見合わせ、すぐに採取へ取りかかった。後に必要とする者の分にもなればと少し多めに集め、大切に包んだところで、シンが溜息をついた。
「これで良いのだろう。俺はここで失礼する」
だが、身を翻した途端、二人に服の裾を掴まれた。
「悪い! あと少しだけ付き合ってくれ!」
「断る」
「人助けだと思って!」
「もう助けた。飲食代金分の働きには十分だろう」
間髪入れぬ返答は、もっともだった。それでも二人は手を離さず、申し訳なさそうに頼み込んだ。
シンは二人の手を見下ろした。他人と関わりたくないから冷たくあしらっているのに、なぜここまで食い下がってくるのか。
しばらく黙っていたが、引き離す方が面倒だと判断したらしく、結局は諦めたように歩き出した。
リシェイは礼を言い、魔水晶を抱えて足取りを弾ませた。その後ろでシンと並んだカインは、ふと彼の横顔を見て、奇妙な感覚を覚えた。
何かが引っかかる。
初めて会った相手のはずなのに、どうにも説明し難い違和感があった。
「……何か言いたいことがあるなら言え」
視線に気づいたシンが、目だけをこちらへ向けた。
「いや、そんなんじゃないんだ。何ていうか……あー、出てこねぇな……」
「では早々に忘れろ。俺もどうでも良い」
取りつく島もない返事に、カインは口を閉じた。どうせ魔工師の家へ戻れば、それきりの相手だ。無理に考える必要もないだろう。
けれど、この時に覚えた引っかかりは、後になって思いもよらない意味を持つことになる。
今のカインには、知る由もなかった。
シンのキャラ紹介は活動報告の記事に掲載しています。
また、他の主要キャラ紹介も活動報告にまとめていますので、詳細を確認したい時はご参照ください^_^
本日後ほど続き更新予定です。




