40. 蜂蜜色の髪の旅人
癪ではあったが、カインの泥臭くも切実な本気が、偏屈な老婆の胸をわずかに打ったのだ。
二人は跳ね起きると、心からの感謝を込めて深々と頭を下げた。
これでようやくレミを救うことができると、安堵の表情を浮かべた。
……だが、当の魔工師は困ったように首を捻り始めた。
「って言ってもねぇ。肝心の材料がどこに生えているのやら……」
「はい?」
「森に生えてることくらいは分かってるし、現物を見れば判別はつくよ。でもねぇ、場所を特定できてるわけじゃないんだ。さっきも言ったろう? 需要がないから取りに行かないってね」
すぐに薬を作ってもらえると思っていたリシェイが、素っ頓狂な悲鳴を上げた。
「えぇぇ~っ!? じゃあどうすればいいの! あんな広い森をしらみつぶしに探してたら、レミの時間がなくなっちゃうよ!」
「それにねぇ、冗談じゃなくて本当に腰の調子が悪いんだよ。長時間歩くなんて御免だね。……もし『解毒水晶』の群生地まで分かってるってんなら、連れて行ってもらって鑑別してやってもいいんだがねぇ。……そうでなきゃ、先にアタシがくたばっちまうよ」
今度の言葉には嘘偽りがないことは分かった。
だが、どちらにせよ完全に行き詰まってしまったことに変わりはない。
カインは苛立ちのままに自分の頭を激しく掻き毟った。
「くそっ……! ここまで来て八方塞がりかよ!」
リシェイもどうすればいいのか分からず、俯いてしまった。
その時、魔工師の老婆が何かをふっと思い出したように、手をポンと打った。
「そういえば……あのお方なら、ご存知かもしれないねぇ!」
二人は老婆の言葉に弾かれたように顔を上げ、すかさず身を乗り出した。
まだ希望があるというのか。一縷の望みでもあるなら何にだって縋り付きたい。
老婆の肩を掴む勢いで迫った。
「『あのお方』って誰だ!? 地理を知ってる奴がいるのか?」
「確証はないけどねぇ」
「もう時間がない。打てる手は全部打ちたいんだ! 教えてくれ!」
「それじゃあ……」と老婆はゴホンと咳払いをし、二人は生唾を飲み込んで次の言葉を待った。
すると老婆は、うっとりとした表情で遠くを見つめ、お世辞にも甘いとは言えない不気味な声で語り始めた。
「そう……あれは突然の出会いだったねぇ……。高貴なあのお方との、愛のめもりある……」
その空気感から、無駄に長いノスタルジーが始まることを察知した二人は、青ざめて叫んだ。
「あんたの愛のメモリアルを全部聞いてる時間はねぇんだ。手短に話してくれ!」
「ショートカットで〜〜〜!!」
焦り狂う二人を見て「せっかちなガキどもだねぇ」と溜息をついた老婆は、要点だけを口にしてくれた。
「以前、魔水晶のストックが切れかけた時にね、私も重い腰を上げて森へ入ったんだよ。でも久しぶりだったもんだから、場所を忘れてしまってねぇ。魔物に襲われそうになり動けなくなっていたところを……」
身振り手振りを交えて語る老婆に、二人はイライラと足を踏み鳴らす。
「あのお方が、倒れていた私を鮮やかに救い出してくださったのさ! あのお気高く麗しいお姿は忘れられないねぇ……」
「……で、その人と魔水晶に何の関係があるんだ!?」
「最後まで聞きッ! ……群生地の場所を忘れたと言ったら、あのお方が正確な場所を教えてくださったのさ。森の地理にも詳しく、戦闘も魔水晶の知識もずば抜けて長けた御人だったよ」
「よし、そいつに聞こう! で、その人はどこにいるんだ!?」
「旅の途中で一昨日着いたと言っていたからねぇ。まだこの街の近隣には留まっていると思うんだが……」
魔工師は言葉を途中で切ると、何やら不気味な笑みを浮かべた。
「もしその魔水晶と一緒にあのお方をここに連れてきてくれたら、薬の精製代金はタダにしてあげるよ。運命の再会……胸がときめくねぇ」
「その条件、乗った!」と即答すると、老婆は満足そうにその人物の特徴を教えてくれた。
得た情報を頼りに、カインとリシェイは跳び出すように街の雑踏へ駆け出していった。
***
「ねぇカイン。その人、どこにいると思う!?」
大通りを走りながら、リシェイが隣を並走するカインへ問いかけた。己の長年の放浪経験から推測し、カインは素早く思考を巡らせる。
「放浪の旅をしていて、腕の立つファイターだってんなら……向かう先は宿か、ギルドか、それか酒場だな」
「酒場?なんで?」
酒場は街の中で最も生の情報が集まる場所だ。裏社会や訳ありの依頼に通じる情報網も集まりやすい。
どんな目的で旅をしているかは分からないが、何らかの情報を求めて酒場に足を運んでいる可能性がある。
「とりあえず、一番近い酒場へ向かうぞ!」
***
賑やかな大通りの一角に、樽と酒瓶が描かれた木製看板が掲げられていた。
レンガ造りの落ち着いた重厚な佇まいは、一目で未成年お断りの雰囲気を放っている。
リシェイが一人で入れば即座に摘み出されるだろうと判断し、カインが先に入って店主へ「酒は飲ませない」と筋を通すことで、二人で店内に足を踏み入れることができた。
酒場とは言っても、大声が飛び交うどんちゃん騒ぎのビアホールではなく、静寂と高級感が漂うオーセンティックなバーに近い。
昼下がりの今は客の数もまばらだった。
初めて足を踏み入れる大人の空間に、リシェイは興味津々で目を丸くして周囲を見回していた。カインは「落ち着け」と彼女の頭をぽんと軽く叩き、店内を観察した。
二人は客席の中から、魔工師の老婆から聞いた特徴を持つ人物を探した。
老婆の話によれば、こうだ。
背丈と年齢はカインと近い。
腰まで伸びた蜂蜜色の金髪は、まるで黄金の糸のように美しく輝いている。顔立ちは女性顔負けの気品ある美貌で、透き通るような鋭い青い瞳が印象的。
そして腰元には、高純度の魔水晶が贅沢に埋め込まれた美しい装飾剣を携えている――。
褒めちぎるような内容に、本当にそこまでの人物が存在するのか疑わしかった。老婆の思い出補正が相当にかかっている可能性が高い。
主観的な情報は割り引き、外見の特徴だけを頼りに視線を走らせた。
リシェイの視線が、店の最奥にある小さな丸テーブルへ注がれた。
中央の広い席がいくらでも空いているというのに、あえて陰になった端の席で、一人静かにグラスを傾けている客がいた。
後姿ではあったが、その髪は綺麗な蜂蜜色で、腰のあたりまでゆったりと伸びている。そしてテーブルの脇には、息を呑むほど美しい装飾剣が立てかけられていた。
(間違いない……! 絶対にあの人だ!)
確信を抱いたリシェイは真っ先に駆け出し、その人物の背中へ声をかけた。
「あ、あのっ……!」
不意に背後から声をかけられ、その客はグラスを置くと、優雅な動作でゆっくりと振り返った。
――瞬間。
その透き通るような鮮やかな青い瞳に、吸い込まれるような錯覚を覚えた。
本日、お昼頃に続きを更新します




