38. アルダシティの魔工師
森を抜けた一行は、アルダシティへ駆け込むなり、大通りの病院へレミを担ぎ込んだ。
「誰か、早く! 毒を受けてるんだ!」
カインの怒鳴り声に、看護師たちが駆け寄る。
レミの身体はぐったりと力を失い、呼吸は浅く、途切れがちだった。肌には青紫色の斑点が浮かび、それは時間が経つほどにじわじわと広がっている。
診察を終えた医師は、険しい顔で首を横に振った。
「魔晶毒ですね。この病院には、専用の解毒剤がありません」
「……ないって、どういうことだよ」
「ここでできるのは、解熱剤で症状の進行を一時的に抑えることだけです。解毒剤がなければ、そう長くは――」
医師は言葉を濁した。
だが、その先を聞く必要はなかった。
「どこかに、薬を作れる奴はいないのか!?」
カインが詰め寄ると、医師は一瞬ためらい、それから街外れの方角を指した。
「魔工師が一人、森の入口近くに住んでいます。魔水晶や天然エーテルを扱う専門家です。彼女なら、特殊な解毒薬を調合できるかもしれません」
「かもしれない、じゃ困るんだよ!」
「他に手はありません」
医師は急いで地図を描き始めた。
その間にも、レミの容態は悪化していた。
解熱剤を飲ませた直後だけは、荒かった呼吸がわずかに落ち着いた。だが、熱に浮かされたように眉を寄せ、指先がシーツを弱々しく掴んでいる。
やがて、長いまつ毛が震えた。
「レミ、気がついたの!?」
ベッドを覗き込んでいたリシェイが、涙を浮かべた顔を近づける。
「ここ……は……?」
「病院だよ。今、薬を探してるから……!」
レミの視線が、ぼんやりと仲間たちの間をさまよった。そして、リシェイの顔を見た瞬間、かすかに眉を下げる。
「アタシのせいで……こんな毒を……っ!」
リシェイの声が震えた。
「ごめんなさい……また……みんなに、迷惑……」
レミは熱い息を吐き、目を伏せた。
その唇は青ざめ、呼吸のたびに胸が苦しそうに上下している。
「違うよ……!」
リシェイは首を振った。
「本当なら、アタシがそうなってたんだよ。ううん……死んでた」
脳裏に、毒を受けて一瞬で腐り落ちた木の幹が蘇る。あの高さにあったのは、自分の心臓だった。
レミが飛びついて庇ってくれなければ、命はなかった。守ると宣言した相手に、自分の未熟さの代償を負わせてしまった。
「だから、絶対に助ける。今度はアタシが……!」
レミの瞼が、再びゆっくりと閉じていく。
「レミ? ねえ、レミ!」
返事はなかった。
呼吸がまた荒くなる。青紫色の斑点が、首元から頬へ向かって広がっていた。
「先生! この子、また苦しそうに――」
「解毒剤を手に入れるまで、できる処置は続けます。ですが、急いでください」
医師の言葉に、カインは拳を握り締めた。
「行くぞ、リシェイ」
「うん!」
フェイがベッドの傍らへ残る。
「レミちゃんはオレが見てる。絶対に薬を持って帰ってきてヨ」
「頼む!」
カインとリシェイは、病室を飛び出した。
***
二人は街の雑踏を掻き分け、街外れへ向かって走った。
魔工師は、魔水晶を機構へ組み込む魔導具士とは違い、エーテルそのものを感知し、性質を変える専門家だ。
天性の感覚と高度な術式を必要とするため、成り手は極めて少ない。いわゆる錬金術師に近い存在だ。
腕は確かだが、一癖も二癖もある変わり者。
医師の忠告が、走るカインの脳裏をよぎる。
(頼むから、話の通じる奴であってくれ……!)
森の入口近くに、目当ての家が見えた。
素朴な造りの邸宅だった。広い庭には珍しい植物やハーブが整然と植えられ、煙突からは白い煙が立ち上っている。
「ここだ!」
二人は扉へ駆け寄り、拳が痛むほど叩いた。
「魔工師さん! 頼む、出てきてくれ!」
「お願いだから開けてぇぇっ! もしもしーっ!?」
返事はない。
ドアノブを回しても、鍵がかかっている。
「いるんだろ!? 煙が出てるぞ!」
カインが怒鳴る。
それでも沈黙は続いた。
リシェイが突然、胸いっぱいに息を吸い込んだ。
「お前は完全に包囲されているーっ! 大人しく出てきなさいーっ!!」
「アホか! 犯罪者のアジトじゃねぇんだぞ!」
その瞬間、扉が勢いよく開いた。
扉に張りついていたリシェイの鼻先へ、木板が直撃する。
「ぎゃっ! いったぁぁぁい!」
鼻を押さえて転がるリシェイの前に、小柄な老婆が現れた。
雪のように白い髪と、深く刻まれた皺。険しい目つきが、見るからに頑固な性格を物語っている。
「まったく、やかましい連中だねぇッ! 折角のはぁぶてーが台無しだよッ!」
「は、はぁぶてー……?」
老婆の肩越しに、湯気を立てるティーポットが見えた。
「……もしかして、『ハーブティー』のことか?」
「だったら何だい! 人の優雅な午後を邪魔しておいて、ただで済むと思うんじゃないよ! さっさと帰りな!」
フイッと顔を背け、思い切り扉を叩き閉めようとした瞬間――カインとリシェイは絶妙な連携で、己の足と肩を強引に隙間へ叩き込み、扉の閉鎖を寸前で食い止めた。
「な、何なんだいあんたらは! 新聞なら間に合っとるよッ!!」
「うぐぐぐぐ、閉めさせるもんかぁぁぁ~っ!」
「話を聞いてくれって言ってんだろ! じゃねぇと、このドアぶっ壊すぞ!」
木枠が軋む。
老婆は負けじと扉を引き、隙間に差し込まれたリシェイの足を重いブーツで踏みつけた。
「ぎゃっ! 足、踏まないでよぉっ!」
「なら、とっとと手をお放し!」
「嫌だ!」
リシェイは涙を浮かべたまま、扉を押し返した。
「絶対に嫌だっ! レミが……レミが死んじゃうんだよぉっ!」
その声が、家の中へ響き渡る。
「お願いだから、助けてよぉぉぉっ!」
渾身の力で押し込むと、扉が大きく開いた。
老婆は押し返すのをやめ、涙で顔を濡らしたリシェイを見つめた。
しばらくして、深い溜息を吐く。
「……まずは、そのやかましい声をどうにかしな」
***
「入口でいつまでも喚かれちゃ、敵わないからねぇ」
老婆は渋々二人を室内へ通し、木製の椅子を指した。
カインは腰を下ろす暇も惜しむように、レミが毒を受けた経緯を説明した。魔物の攻撃、リシェイを庇ったこと、病院で告げられた診断。そして、刻一刻と悪化しているレミの容態を。
話を聞き終えた老婆は、深く腕を組んだ。
「よりにもよって、魔晶毒持ちの魔物にやられたかい……」
「解毒薬はあるのか!?」
カインが身を乗り出す。
「この辺りじゃ、最近は見かけない奴だよ。別の深い森から流れてきた個体だろうねぇ」
「薬は!? 作れるんだろ!?」
壁一面の棚には、調合済みの薬品が入った小瓶や、色鮮やかな魔水晶が並んでいる。
ここなら、ここにいる魔工師なら、レミを助けられる。
そう思った瞬間、老婆は静かに首を横に振った。
「残念だけど、無理だね」
続きは夜更新します




